春までなんぼ

「――歴史研究会で合宿をやるぞ!」


 顧問の八代先生に職員室に呼び出され、いきなりの号令だった、

 俺は先生の言葉に耳を疑った。


「えっ、合宿ですか……」


 俺は意味が解らなかった、まだ部員が揃っていない、

 この段階で何故、合宿なんだろうか?


「八代先生、お言葉ですが、まだコンテスト参加条件の、

 最低人数に満たない事はご存じですよね……」


「勿論だ、君達なら今後の部員確保は心配要らないと思って、

 校長のバックアップの申し出を、先に受けたんだ」


 八代先生がトレードマークの長い髪を掻き上げる。


「八代先生、マジですか……」


 思わず本音が、口をつく。


「大マジも大マジだ、校長の圧力に、一介のサラリーマン教師の、

 俺は屈するしか無かったんだ、こんな俺を笑えば笑え……」


 サラリーマン哀歌を叫ぶ八代先生の事を、俺はとても責められない。


「で、六人目の部員はどうなった?」


 サングラス越しの、血走った目で俺を見据える先生。

 俺は少し時間をください、と言うのが精一杯だった。

 確かに校長先生は部員確保の為には、

 最大のバックアップをすると約束してくれた。

 でも何故、合宿なんだろうか?

 何処で泊まるんだろう……

 本校には宿泊施設は併設していない。


「今回は部員の父兄の多大な協力を得て、合宿の開催場所が決定した、

 目的は部員の親睦と今後のチームワーク育成、

 一つの目標に向かう心構えを共有化したいと思う」


 そこまで話が進んでいるのか……

 それなら八代先生の意向に合わせて、参加人数を揃えるだけだ。

 俺が再確認のため、現状を説明する。


「現在、歴史研究会の部員は五名、参加条件達成まであと一人、

 その一人の目処も付いております」


 実は口から出任せだが、俺は空気を読んで、

 つい嘘を言ってしまった……

 あと一人が決まらずにいた……

 このままでは、コンテスト優勝の案件も、制服自由化への

 必須条件なのに、振り出しに戻ってしまう。

 制服自由化についても、学園の風紀の乱れを心配する、

 反対意見が父兄の役員会で出ている事を、

 八代先生は教えてくれた。


「特にPTA会長の反対が強くてな……」


 八代先生が神妙な顔つきになる。


「今の所は役員会のお偉方を、校長が何とか押さえているが、

 教育委員会に情報がリークでもしたら、何かと面倒だぞ……」


 八代先生は俺達、部員側に立ってくれている。

 面倒な事になる前に、

 最後の部員集めを急がねばならない……


「先生、ちなみに合宿の開催場所は何処なんですか?」


 他の部員に説明する為に、確認しておく。


「コンテスト優勝を目指して複数回の開催を予定している、

 ただし、開催日時は教えられるが、

 場所は開催当日まで秘密にさせてくれ」


 えっ、開催場所はシークレットなの?


「事前に伝えると、君たち部員に無用な先入観を与えてしまう、

 とっさの対応力を鍛える為の訓練と考えてくれ」


 かなり本格的な合宿になりそうだ、天音達に何と伝えたら良いのだろうか。

 俺は今から憂鬱な気分になった……

 さらに六人目の部員探しも急務だ、

 前回の勧誘作戦は、ほぼ失敗してしまったし、同じ手は使えない。

 花井姉妹が入部してくれた事は、不幸中の幸いだったが……

 職員室を後にして、肩を落としながら歴史研究会の部室に向かう、

 部室棟に繋がる渡り廊下を歩いていると、

 俺に声を掛ける一人の女生徒がいた……


「猪野先輩、こんにちは」


「君は……!?」

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