うそつきが好きよ
「ごめんなさい、 試したくなったんだ……」
彼、いや彼女が申し訳なさそうに呟く。
「本当にごめんなさい!」
彼女は俺に詫びつつ、シーツで裸身を隠しながら
慌てるようにベットを降りた。
着替えを手早く抱えながら部屋を後にした。
ベットに取り残された俺は、過去の回想を中断して、
今の状況に考えを巡らせた。
過去の彼女は間違いなく、女の子だった、
前日、出会った彼女は男の子に見えた。
何故、柚希は変わってしまったのだろう……
ベットサイドにきちんと畳まれた俺の服を見つけ、
何故、裸だったのかは深く考えず、
慌てて服を着ながら、部屋を見渡す。
ベット以外は、机、本棚と壁面に備え付けの
クローゼットがある位で、女の子らしい部屋では無い。
机の上にある写真立てに視線を止めた、
母親らしき人物と男の子の格好をした柚希が写っている。
微笑む母親と対照的に柚希の表情が、
無表情に見えるのは気のせいだろうか?
そうこうしている内に彼女がシャワーを浴びて、部屋に戻ってくる。
スウェットに着替えた彼女の胸が無いのに気が付いた。
前にもデジャブな光景だけど、もしかして……
「胸はサポーター?」
おずおずと彼女に伺う。
「宣人お兄ちゃん、よく知っているね、男装の基本なんだよ」
それは……
男装女子が身内に居るなんて、言えない。
天音の話はまだ打ち明ける前だから……
んっ、でも男装の基本って言ったよね。
柚希ちゃんも男装女子なの?
何という、シンクロニシティ。
これは良く確かめなければいけない。
「あのね、柚希ちゃん……」
「柚希でいいよ、お兄ちゃん」
「じゃあ、柚希、身体は女の子だよね、何で男の格好をしているの?」
いきなり核心に触れる質問をぶつけてみる。
「それは……」
柚希の表情が曇る、困った時の眉の動きは子供の頃と変わらない。
何か深い事情がありそうだ、
今はこれ以上詮索しない方が良さそうだ。
その時、俺の内ポケットで携帯電話が振動した。
慌てて画面を見ると、数え切れない位の着信とメッセージがある。
ヤバい、マナーモードのままだった……
着信の殆どは天音からだ。
まずい、完全な朝帰りだ。
「ごめん俺、家に帰らなきゃ。」
慌ててヘルメットと上着を取り、
お礼をしながら部屋を後にしようとする。
「また、ゆっくり聞かせてよ、お前が男の子になった訳」
玄関を出て、バイクに跨がりつつ、柚希に声を掛ける。
彼女は見送りながら、俺に顔を寄せてきた、
バイクの排気音で声が聞き取りずらいからだと思った。
次の瞬間、彼女が俺にキスをしてきた。
柔らかい唇の感触、あの日の桃色のリップが心に蘇る。
あっけに取られている俺を尻目に、彼女が囁く。
「宣人お兄ちゃんを好きな気持ちは、
あの頃から、全然変わっていないよ……」
何故か彼女は涙を浮かべていた、
キスをしたその時だけ、あの頃の少女に戻ったかのように見えた。
そのまま、何時までも手を振りながら俺のバイクを見送ってくれた。
バックミラーに写る彼女を、俺は視界の隅でいつまでも捉えていた。
彼女は何故、男装しているのだろう?
そこには天音とは違う、深い闇が横たわっているように感じられた。
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