彼女の決意
「弥生ちゃん? 」
そこには天音のクラスメート、住田弥生ちゃんが佇んでいた。
「猪野先輩……」
天音が男の子宣言をした昨日、全力でかばってくれた
天音の親友だ。
でも何で、俺なんかを好きになってくれたんだ?
弥生ちゃんが、絞り出すようなか細い声で話し始める。
「来てくれてありがとうございました、
あの…… 」
その後の言葉が出てこない。
今にも、大きな両方の瞳に涙が溢れてしまいそうなのが分かる。
すごく勇気を出してくれたみたいだ。
言葉が無くても弥生ちゃんの想いが、こちらに伝わってくる。
暫く、二人の間に沈黙が流れる。
俺がその沈黙を破る。
「あのさ、弥生ちゃん、これから空いてる? 」
「えっ? 」
意味が分からず、弥生ちゃんがキョトンとする。
「ちょっと、付き合ってくれない」
思わず、弥生ちゃんの右手を掴む。
彼女の手に触れた瞬間、
パッと紅い花が咲いたように、弥生ちゃんが一瞬で照れるのが、
俺の左手越しに伝わって来た。
「は、はい!」
弥生ちゃんが答える。
屋上を後にして、急いで高校最寄りのコミュニティバスに乗りこむ。
息を切らせながら、二人掛けのシートに身を滑らせる。
「猪野先輩、どこへ行くんですが?」
「まあ、着いてきて」
バスは、隣町の大型ショッピングモールに到着した。
港近くの、再開発地帯に出来た複合商業施設で、
シネコンやカートコースまで併設している大型店補だ。
「ここは……」
弥生ちゃんが、不思議そうに周りを見渡す。
「買い物に付き合って欲しいんだ、男の俺だけじゃ分からない物だから」
弥生ちゃんは不思議そうな表情で俺を見上げる。
「行こう! 」
弥生ちゃんの手を取り、店内エスカレーターで二階に上がる。
店内には平日の夕方と言うのに、大勢の買い物客が居る、
俺たちはまず、大型の画材店に立ち寄った、
そこでポスター用の画用紙、POP用の画材、
その後、百円均一の店で小物を仕入れた。
弥生ちゃんの意見も取り入れて、華やかな物が作れる
内容でそろえる事が出来た。
「やっぱり、猪野先輩は優しいんですね…… 」
弥生ちゃんがポツリと呟くのが聞こえた。
「えっ? 何…… 」
「天音ちゃんの為なんですよね、この買い物って」
「ごめん、付き合わせちゃって…… 」
「いえ、いいんです、天音ちゃんが話していたとおりのお兄さんなんだなって」
弥生ちゃんが嬉しそうに答える。
「天音ちゃんからいつも聞かされてました、
今は本気を出してないだけで、自分なんかより、
ずっと、すごいお兄ちゃんなんだって」
天音がそんな事を……
ショッピングモールからの帰り道、駅まで直通のバスを途中で降りてみた。
まだ弥生ちゃんに聞いていない事があるからだ。
港の近くに、地元では有名な赤い橋がある。
その橋のたもとにある公園のベンチに腰掛け、ゆっくりと話し始める。
「手紙ありがとう、すごく嬉しかったんだ、こんな俺に好意を持ってくれて……」
疑問を思い切って、弥生ちゃんにぶつけてみた。
「でも何で俺なの? 」
先ほどの屋上よりも、ずっと打ち解けてきた弥生ちゃんが語り始める……
「猪野先輩は、もう覚えてないかもしれないけど、
中学の時、天音ちゃんの家に遊びに行った帰り道で、
私がうっかり落とした財布を、先輩は一生懸命探してくれて、
泥だらけになりながら見つけてくれましたね…… 」
俺はすっかり忘れていた、そういえば弥生ちゃんに見覚えが
あったのも以前、家に遊びに来ていたからだったんだ。
「その時、強く感じたんです、自分の事ではないのに
一生懸命行動してくれる人なんだなって…… 」
弥生ちゃんが一瞬、言葉を言いよどんだ後、
俺を真っ直ぐに見据えて、こう言った。
「先輩はあの時から、私の王子様なんです……」
弥生ちゃんが潤んだ瞳で俺を見上げ、答えを待っている。
その可憐な表情に思わず、小柄な肩に腕を回したくなる……
だけど……
俺は、しばし考えた後、決意してこう言った。
「弥生ちゃんの事は、ものすごく愛おしく感じる、
でも、今の自分は君が好きになってくれた頃の俺じゃ無い……
もう一度、格好良くなれるまで、俺に時間をくれないか?」
「今、俺は天音の大きな問題に取りくんでいる、
それが解決するまで返事は待ってくれないか?」
「……猪野先輩」
彼女の瞳から、堪えていた涙が溢れ出す……
「天音ちゃんからは、事情は聞いています、
何で男装したのか、これから何をしたいか、でも……」
彼女の頬から続く、顎のラインに涙が伝わって落ちる。
「もし良かったら、天音ちゃんと先輩の夢に私も乗せてくれませんか? 」
強い意志で彼女が涙を拭う。
「弥生ちゃん、俺は……」
もし、何も問題がなかったなら俺は彼女を抱きしめていただろう、
だけど、それが出来るほど、俺は大人じゃなかった……
次回に続く。
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