ようこそ! 歴史研究会へ

「一年A組 猪野天音、二年B組 猪野宣人、

 両生徒は職員室まで至急、来てください」


 緊急の校内放送が流れる。

 やっぱり俺たち二人を呼び出しだ……

 校門での一件で、学校中は瞬く間に大騒ぎになっていた。


 天音を何とか、一年A組の教室まで連れて行き、

 仲良しの住田弥生ちゃんに事情を話し、お願いして来た。


「任せてください! 天音ちゃんは親友ですから」


 キラキラした瞳で弥生ちゃんが快く引き受けてくれた。

 いい子だな、その笑顔に暗い気持ちがかなり救われた。


 職員室に行く前に自分の教室に立ち寄る、


「天音ちゃん、大変だったみたいね……」


 お麻理こと及川麻理恵が、心配そうに声を掛けてくれた。


「うん…… あいつなりに事情があってな」


「そう、話せるようになったら聞かせて」


 お真理は普段厳しそうに見えるが、人一倍優しい所がある、

 子供の頃から天音のお姉さん的存在だったな。


 天音を迎えに行き、職員室に急ぐ。

 職員室に入ると、校長先生を始め、俺と天音の両担任が勢揃いしていた。

 開口一番、校長先生がこう言った。


「猪野天音くん、君は我が校一番の模範的な生徒だったのに、

 何でそんな大それた事を……」


「当学園では性転換した生徒の受け入れは認めていない」


 教頭先生が口を挟む。


「ちょっと待ってください、先生方は大きな勘違いしています、

 妹の天音は、性転換なんかしていません、体は女性のままです」


「そうなのか? 天音くん」


 校長が天音に問いかけた。


「歴史研究会での活動で、大会競技参加を一か月後に目指しており、

 優勝するためには、男性の所作を完璧に習得する必要があります……」


「その為の男装なの?」


 天音の担任である花井はない先生が、心配そうに声を掛ける。


「はい……」


 天音が真剣な眼差しで力強く答える。

 それを聞いて、俺の担任の下田しもだ先生も助け船を出してくれた。


「校長先生、いかがでしょうか?

 最近、都内の高校では制服の自由化が進み、女子でもスカートではなく、

 スラックス着用が認められる事例があります、

 当校も千葉県の先駆けとして、制服の自由化を取り入れてみたら」


「そうです! 女子がスカートじゃなきゃ駄目なんて、画一的過ぎます」


 花井先生も援護してくれた。

 校長先生は、しばらく考え込んでから口を開いた。


「分かりました、いきなり制服の自由化は難しいですが、

 来期の議題に上げる事を約束し、そのモデルケースとして、

 猪野天音くんの男子制服での登校を認めましょう」


「あっ、ありがとうございます!」


 良かった! 俺も天音も頭を下げる。


「ただし、その大会での優勝が必須条件ですぞ」


 えっ!何だか話が大きくなってきたぞ……

 校長先生が構わず続ける。


「我が中総高校も以前ほど、部活動での実績が出せていません……

 高校の定員割れが叫ばれ、このままでは高校の統廃合もあり得る事態です。

 安定した生徒数を確保するには、大会での成果は最優先課題で、

 それが出来なければ制服の自由化も認められません」


 校長先生が、俺たちに厳しい視線を送る。


「よろしいですな、八代やしろ先生」


「はい!」


 呼びかけられた八代先生は、歴史研究会の顧問だ。

 教師に見えないボサボサのロングヘヤーにサングラスと言う怪しい風貌だ。


「わかりました、部員からは大会に参加したい旨はすでに聞いております」


 八代先生がひょうひょうとした口調で続ける、


「ただし問題があります…… 歴史研究会はコンテストの参加最低人数に、

 現在部員数が足りていません、早急に部員を揃える必要があります」


 そういえば土偶男子は六人組だった。

 部員は何人必要なんだろう?


「部員は探せるのかね?」


「それは……」


 八代先生が口ごもった。


「部員は私たち兄弟で何とか探します!」


 天音がいきなり話に割って入る

 えっ、兄弟って俺もなの?


「では優勝目指して頑張りなさい、出来る限りのバックアップは約束しましょう!」


 校長先生の鶴の一声で解散となる。

 職員室を出て、教室に続く渡り廊下を歩きながら、

 先ほどの発言の真意を天音に聞く。


「何だか、大変な事になっちまったな……」


 心配そうに俺を見上げる天音。


「お兄ちゃんも協力してくれるよね?」


「……」


 即答は出来ない理由が俺にはある。


「そうそう! 天音、クラスのみんなは大丈夫だった?」


 慌てて話をすり替えるように聞いてみた。


「最初はとても驚いてたけど、天音ちゃんはどんな姿でも仲間だよって、

 弥生ちゃんがみんなに強く訴えかけてくれて……」


「そう、それは良かったな……」


 安心した、天音が晒し者にされてないかと心配していたんだ。


「そういえば昨晩、紹介したい人がいるってお兄ちゃんに言ったよね」


 天音かいたずらっぽく、俺の顔を覗き込む。


「放課後、部室棟に来てくれない?」


 そうだった、お風呂で天音と約束したんだっけ、

 そこで天音と別れ、授業中の教室に急ぐ、

 お真理にも心配かけたな、今回の事情を説明しなければ。


 放課後、グラウンド脇の部室棟に向かう。


 そこには各部活の部室が立ち並んでいる。

 その一角に、「歴史研究会」の立て看板が見える。

 おそるおそるドアをノックする。


「どうぞ!」


 天音だけではない、別の女の子の声がする

 古ぼけたドアを開けて中に入ると、

 中から一斉に声が掛かる。


「ようこそ!歴史研究会へ!」


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