七人

赤城 良

七人

 人は一人では生きていくことなどできない。だから、他人に寄り添い、励まし合い、愛し合っていく。

 一人ではいることができないから一緒にいてくれる人を求める。仲間を求める。恋人を求める。いつまでも探し続ける。そして見つけたら、掴んで離さない。


 例えそれが、死んでいたとしても同じことなのかもしれません。


 彼との出会いは大学一年の時に同じ講義を受講して、グループディスカッションをしたのをきっかけに知り合いました。


 お互いに地方から大学のために上京してきたのもあってか、私も彼も一人でいるのが寂しかったのかもしれません。


 それから半同棲生活になるまで時間はかかりませんでした。いつの間にお互いの部屋にお互いの荷物を置くようになり、本当にずっと一緒にいました。


 私よりも彼の方が一人でいることが辛いと思う人でした。彼には常に私か友達が傍にいたのです。束縛とは少し違う感じでした。常日頃から彼が口にしていたのは


「一人ぼっちは寂しい」


 でした。私はその言葉を言われて、最初の頃は「私もだよ。ずっと一緒にいようね」っと返事をしていましたが、付き合ってしばらくしても彼は


「一人にしないでね」


 っと目を合わせる度に言っていました。その度に私は「そうだね」っと空返事をするだけになっていました。私が目の前にいるのにそんなこと言わないで欲しかった。


 次第に彼との関係は恋人というよりは、母と息子のような、そんな関係性にも似たものへと変わっていったのです。

 一緒にいない度に「一緒にいたい」とか「離れないで」と言う彼の言葉にうんざりしてきたのです。

 そんな彼を見ていて、次第にときめきも刺激も、恋心でさえも、そう、百年の恋が冷めてしまった。そんな感じでした。


 月日が経って大学三年生の時でした。茹で上がるような暑い夏でした。私が彼氏と一緒に夏休み期間で登山に出かけた時のことです。

 彼が車の免許を持っていなかったので、私がレンタカーを運転して山へ登山に出かけました。


 高校時代、登山部に所属していた彼の勧めもあって、私は人生で初めての登山をすることになったのです。


 二年程付き合っていて彼の新しい一面を知れて、まだ私達は終わりじゃないと思いたかったのかもしれません。


 初めての登山はとても辛いものだろうと覚悟していたのですが、事前の準備や登るコースを熟知していた彼のおかげで特に苦を感じることなく登山を楽しむことができました。


 早朝から登り始め、ペースはゆっくりで、山頂にはお昼頃に到着することができました。それから昼食を食べて下山を始めたのですが、山の天候が変わり始めたのです。


 雲一つない空から一変して曇り空が山を覆い尽くし、激しい雨と雷を伴って降り注いできたのです。山の天候は変わりやすいとは聞いていましたが、こんなにも急転するものなのかとその時思いました。


 まだ山頂付近であったことと雨の影響で温度が急激に下がり、まるで冬のような寒さが私達を襲いました。それから近くの山小屋に一時避難したのです。


 山小屋には暖炉があり、薪も十分すぎるほど準備されていました。暖炉に火を付けて持ってきていた防寒着で体を温め、濡れてしまった服を乾かしました。そして彼は言いました。


「きっとすぐに止むよ」


 しかし、雨は弱まるどころかその激しさを増していきました。彼は


「日が沈むころには止むよ」


 しかし、日が沈む頃になっても雨が止む気配はありませんでした。結局彼は


「今日はここで休んで、雨が止んでから下山しよう」


 っと言いました。多めに持ってきていた食料でご飯を済ませました。そこで私は


「ねぇ、ちょっと怖い話でもしない?」


 っと彼に言いました。一人ぼっちになるのが怖い彼がこの話に乗るなんてありえない。彼が嫌だと言えば、私は無理矢理にでも怖い話を聞かせて怖がらせようと思いました。


 でも


 彼は


「良いよ。じゃあ、僕から話すね。良いよね?」


 っと言って語り始めたのです。


「何処の山にもそういった類の話があるけれど、ここは本物だ。


 昔、山の麓に村があった。それは小さな村で、のどかで争い事とは無縁だった。コースの途中に川があっただろう?


 そこで村の人達は飲み水や米、野菜を洗ったり、子供達は川遊びをしたり、ちょっと上流の方では女達が川で身体を清めていた。


 ところが、この山に山伏の集団がやって来た。女達が川で水浴びをしていた時、山伏は彼女達を襲った。


 女達は山伏達がその身体に飽きられるまで汚され、顔に大きな刀傷を付けられ殺された。そして、山伏達は麓の村の襲撃を企てた。


 山伏達が麓に降りている時だった。川から女達の声が聞こえてきた。


 山伏達は村の女達が水浴びをしていると思い、快楽のためにまた襲おうとした。


 でも、川に来てみても女達の姿は何処にもない。しかし、女達の笑い声だけが辺りに木霊していた。


 山伏の一人が、笑い声が川の中から聞こえていることに気が付き、川面を覗き込んだ。


 川面に映ったのは自分の姿ではなく顔に大きな刀傷を付けた女だった。


 川面から女の手が伸びて男は川に引きずり込まれた。


 山伏達は急いで逃げようと山から出ようとしたが、一人、また一人と消えて行った。


 そして、最後の一人がやっとの思いで麓の村に着いて助けを求めたが、村の人達に嬲り殺された」


「全然怖くないじゃん」


 私がそう鼻で笑うと彼は神妙な顔で答えた。


「殺された女達はね、七人だったんだ。そして、山伏達も七人だった」


「それが何なの?」


「それからこの山で毎年行方不明になる登山者は七人なんだよ」


「それで?」


「殺された女達の人数、山伏の人数、毎年行方不明になる登山者の人数、全部七人なんだよ」


「だからそれがどうしたの?」


「今年の行方不明になった登山者は六人なんだ」


 突然世界が光り輝き、瞬時に轟く雷鳴を聞いた私は窓の外を見ました。そこにはこちらをじっと見つめる六人の男女がいました。私は咄嗟に彼にしがみ付いて


「今見た!? ねぇ!?」


 引きつった表情の私とは対照的に彼は


 笑っていたのです。


 今まで見たことがないほど


 満面の笑みを浮かべていました。


 彼はしがみ付いた私を振りほどいて


 小屋の扉の前に立ち振り返りました。


「一人ぼっちは嫌なんだ」


 そう言って彼は小屋の外へと出て行ってしまったのです。


 それから黒い雲は激流のような速さで駆け抜け、月が顔を出し、先程までの雷雨が嘘のような透き通った星空が輝き出しました。


 太陽が顔を出して、私は彼を必死で探しましたが、自力で彼を見つけることが出来ず、下山して遭難届を出しました。


 彼の両親にも連絡がいき、私達は彼が無事でいることを祈っていましたが、捜索に協力していた地元の方々の話を聞いてしまったのです。


「今年は終わったな」


「良かった。もうこれで安心して山に入ることができる」


「これで七人」


 三日と経過した時でした。疲弊した私を見た彼の両親がアパートへ帰って連絡を待って良いと言われ、帰宅することにしました。


 部屋に戻ると郵便受けに彼からの手紙が来ていました。私は急いで封を開けて中を見ました。


 これを君が読んでいる時、僕はもう一人じゃないんだね。


 今までありがとう。さようなら。


 十日目に捜索は打ち切られたと彼の両親から連絡が来ました。でも、私は思ったのです。もう彼は一人じゃなくて、寂しい思いなんてすることがないんだって。


 あれから月日が経ちましたが、私は毎年、そう今年もあの山の登山者の行方不明者が何人なのかを数えるのです。


 あと何人で七人になって


 寂しくなくなるんだろうって

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