これは、少女二人の戯曲

第一回

 エスなんて素知らぬ顔をして──姫子は廊下ですれ違った上級生にすれ違いざまに小さく折りたたんだ手紙を、その手に忍び込ませるようにして手渡された。そして、上級生はそのまま姫子とは反対側に、まるで何事もなかったかの様に去って行ってしまった。手紙を手元に残された姫子の方も周囲を気にしながらその場を逃げるように去ってゆく。


 ○秘密の場所・放課後


 「どうしたものかしら姫子ったら。もっと堂々としていなさいよ。悪いことをしているわけでも、人様に迷惑をかけているわけでもないでしょうに」

 名前で呼んだ上級生は不満を漏らす。

 「それは……お姉さまが突然人前で、お手紙をお渡しになるから」

 周囲を気にするように姫子が言うと──

 「アラ、私がイケないのかしら」

 わざとらしく驚いてみせた上級生は姫子に詰め寄る。

 「そんなことはありませんけど……」

 「『けど』なにかしら?」

 「恥ずかしいじゃァありませんか。人前であんな」

 「何を恥じることがあるのかしら、どこに出しても恥じることのない立派な淑女レディよ。私の姫子は」

 「また、そんな事ばかり仰って。けれど、私はお姉さまと違って華族でもありませんし」

 「マァ、姫子こそまだそんな事を言っているのね。貴女あなたと私の間に身分なんて関係無くってよ。それに、華族なんて損するだけだわ」

 カット、カットと茶化す者はここには誰も居らず、いつまでもこのは続いて行きそうだったが、それでは困ると姫子が先に切り出した。

 「それで、こんな所でなんの御用でしたのお姉さま」

 「アラ、お気に召さなかったかしら? 『こんな所』では」

 「もうッ、その様な話をしているのでは御座いません。御用は何でしたの、とお訊きになりましたでしょ」

 姫子が少し怒った様な、たしなめる様に言うと、そんな事はお構いナシ! と言わんばかりにに上級生は続ける。

 「貴女と私が会うのに理由なんて必要か知らん」

 「また──」

 姫子が言いかけた言葉を遮って続ける。

 「今夜クリスマス会を催しましょう」

 と言うと──

 「でも、それはお姉さまの御誕生日会とご一緒に行われるはずでしたでしょう?」

 「もう、貴女こそ『でも』や『けど』なんて言葉が多いわ姫子。その後で貴女と私の二人だけで行いたいと言っているのよ」

 「でも私、父に門限までには必ずうちに帰るようにお言い付けをされていますの」

 「姫子はお嫌なのかしら?」

 不安そうに上級生が尋ねると

 「そんなことは……姫子もお姉さまともっと沢山一緒に居たいです」

 「そうだわ。なら、こうしましょうよ。私のお父様にお願いして姫子のお父様にお許しを頂くの。それが良いわ。そうしましょう姫子」

 「父が何と仰るか……」

 「お願い姫子。後生よ」

「お姉さまがそこまで仰られるのなら、家に帰ったら一度父に伺ってみます」

 「マァ、嬉しいわ姫子。有り難う!」

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