4-26 勝利の風船【3】
「あいつらは、私の大切な人に手を出した。許せない。許すわけにはいかない。だったら、トドメを刺すのは私の役目。最後は私の手で決めさせて。大将戦はボーナスFPも一番多くて、一番大切な戦いだってわかってる。だからこそ、私にやらせて欲しい。そりゃ…、私はまだ、ピエロ&ドラゴンの臨時従業員だし、2人ほどの強い絆で結ばれてないし、信頼されていないのかもしれないけど…、私のわがままを許してもらうことはできないかな?」
ラビューは、俺たちに向けて真剣な眼差しでそう言ってきた。
「ラビューは、どうしても大将をやりたいのか?」
俺は、尋ねる。
「うん。どうしても」
ラビューは、答えた。
「ジェスター、ラビューに大将を任せてもいいか?」
「私は、………そうね、構わないわ。それでラビューが一番やる気が出るって言うならば、任せるわよ。私は中堅でいく」
ジェスターは、ラビューが大将になることを了承してくれた。
俺もラビューが大将で問題はない。
そう…、問題はないんだ。
最終的に、ゲームに勝利を収めることさえできれば。
「それでキン、どうするの?今回は、ジェスターが勝つ方に賭けるの?それとも、負ける方?」
「今回は、小細工なしでいく。ジェスターの勝利に500FPだ。ジェスターの魔法は、このゲームと相性がいいからな。ジェスター、真正面からぶつかって、普通に勝っていいぞ」
「わかったわ」
俺はプレートに念じて、「ピエロ&ドラゴン」と「500FP」と書き込んだ。
中堅戦は、ジェスターを信じて、ジェスターの勝利に賭けるのだ。
彼女ならば、それができると信じて。
ジェスターは、戦いのフィールドへと向かっていこうとする。
そこで、思い出したかのように口を開いた。
「そうね、ラビュー。大将戦でトドメを刺したいって言ってたわね。…ごめんなさい。その願いは叶わないかも。だって、中堅戦で勝負がついちゃうんだから。トドメを刺す役割は残されていない。そのときは、私のこと恨まないでよ」
そう言って、ラビューに向かって微笑んだのだった。
やる気、十分。
あらゆる手段を使って、勝とうとの気概が見えた。
こうなったジェスターは、まず間違いなく強い。
敵の中堅は、狐右。茶色い狐の獣人だ。
先鋒戦の結果、風船はジェスター側の陣地に、1つしか残されていない。
「その風船は、もういらん。割ってくれ」
紅葉の指示に従い、ジェスターは残された風船を割った。
紅葉は自分の手元で、風船を6個、膨らました。
口を使って、息を吹き込んだわけではない。何かしらの魔法を使ったのか?
紅葉は、それらの風船を3個ずつ、ジェスター、狐右の元へと送った。
風船は地上から、自動的に穴の底にいる2人の元へと向かっていく。
2人は、それを各々、自陣の好きな場所へと配置していった。
ジェスターは、先鋒戦と同じ配置。両サイドに1個ずつと、中央に1個。
狐右はと言うと、左奥に3つ全ての風船を固めていた。
割ろうと思えば、一気に割れる形。
この戦法はもしかして…。
推測はできるが、確信までは至らなかった。
中堅戦が開始されれば、すぐにでも明らかになるだろう。
ジェスターは、自分陣地の中央あたりに、狐右は、風船とジェスターの間を遮るような位置に構える。
「両者準備はいいな?」
返答はなし。オッケーのサイン。
「それでは、中堅戦……………、開始!!」
中堅戦が開始されてすぐ、両者は動かない。
いや、動かなかったわけではない。足が一歩たりとも移動しなかっただけだ。
ジェスターは、10本ほどのナイフを取り出し、宙に投げる。そして、魔法を発動した。
「『転移系 no.7 「
「『鋳造系 no.892「
2つの魔法。先ほども見た、ジェスターお得意のパターン。
10本のナイフは、100本に分裂し、宙に浮く。
ジェスターはこれらを、武器として使うようだ。
「『転移系 no.7 「
狐右が、そう魔法を唱えたのが聞こえた。
狐右もジェスターと同じ魔法を使うことができた。
この魔法は、何かを浮かして操るもの。
しかし、狐右が何を浮かしたのかは、確認ができなかった。
ジェスターは、狐右が何をしているのかの動作は無視して、宙に浮かしたナイフを、敵の風船めがけて放った。
無数のナイフが、狐右の、ひとまとまりに配置された風船めがけて飛んでいく。
ギンッギンッギンッ
その全てが、鋭い金属音を共に地へ落とされた。
「!!」
驚きの表情を浮かべるジェスター。
やはりか。
3つ全ての風船を固めた戦法。これは、明らかに防御を重視した戦い方であった。
狐右は、自分の背中に風船を隠し、ジェスターの攻撃全てを防ぐつもりでいた。
しかし、どのようにして、ジェスターのナイフを防いだのか、それを確認をする隙は与えられなかった。
パンッ! パンッ!
それは、風船の弾ける音であった。
ジェスターの風船が2個破裂する。狐右は、ジェスターのナイフの攻撃を防ぐと共に、攻撃まで済ませていたのである。
恐ろしい早業。
一歩も動かないままで。
彼らが仕掛けてきたゲーム。
当然のごとく、自分たちが有利になるようにゲームのルールは設計されている。
動かずとも、風船を割るくらいの芸当は、カラーギャングチームの全員ができるのであろう。
ここまできて、俺はようやく狐右がなんの攻撃をしたのかを把握することができた。
風船を貫通して、壁に刺さった刃物。
黒い手裏剣。
闇夜に溶け込み、その姿を隠匿する暗器である。
果たして、どれだけの手裏剣を仕込んでいたのか。
よく目を凝らすと、フィールド全体には、ナイフに加えて、大量の黒い手裏剣が落ちていた。
相打ちした分であろう。
刃物の雹でも降り注いだような光景だ。
ジェスターの風船が2個しか割れなかったのは、『ボールでしか割れない風船』だったため。ルール次第では瞬殺だった。
……相手、有利の土俵で正面衝突は無謀だったか?
ジェスターに対して、少々申し訳ない気持ちを抱いてしまう。
が、そんな毒にも薬にもならないことを考えていたのは、外部から見守る俺だけだった。
今、この瞬間に戦っている者たちには、そんな余裕はない。
それに、ジェスターには、2個の風船が割られてなお、負ける気は一切なさそうである。
不利な状況ならば、不利な状況なりの手を打つ。
ジェスターは、サイドステップで残された風船の前に立ち、魔法を唱える。
「『転移系 no.7 「
持ち上げたのは大量のボール。ジェスターの陣地にあるものは、全てが彼女の手中に収まった。
狐右も、勝つためにはボールを操作するしかない。
自分の風船の近くにあるボールを除去しながら、自分サイドにあるボールを数個浮かせる。
操る量では、ジェスターが圧倒的に勝利している。
狐右は、ボールを飛ばす。
ジェスターがボールで防ぐ。
ボボボボボッ
……………。
一通りの攻防を終え、ジェスターの風船は割られずに、その場に残った。
対戦中の2人は、ほとんど動いていない。
しかし、それは決して2人が楽していることを表しているわけではない。
2人は、過度に集中した表情を浮かべ、ジェスターは汗だく。宙に浮く大量の物を己の脳で一気に制御することが、楽なはずがなかった。
「…はあ、…はあ」
ジェスターの荒く乱れた息遣いが、俺の元まで伝わってきた。
続いては、ジェスターの攻撃のターン。
ジェスターは、悲鳴を上げる肺を無視して攻撃を開始。大量のボールの嵐が、狐右を襲う。
狐右も、なんとか防衛しようとしたのだが、数の暴力にたまらずギブアップ。
ボール同士での戦闘をあきらめた。
しかし、それは己の風船の防衛をあきらめたことを意味しない。
狐右は、新たな魔法を唱えたのである。
「『防衛系 no.309 「
狐右の後ろの床から、草、蔦の類が生えてきて、壁を作る。
風船が割れた音は、…しない。
ジェスターのボールは一瞬、間に合わなかったのだ。
全てのボールが、壁によって進行を阻まれる。
しかし、ジェスターはボールを手放さない。床に落ちたボールには、バックスピンがかかり、ジェスターの陣地の方へと戻ってきた。
魔法の支配下にあるようで、何度かバウンドした後で、膝ぐらいの高さでフヨフヨと浮いていた。
両者ともに、攻撃の手を失った。
じっと睨み合う。
「……はあ」
静まり返った場には、ジェスターの息遣いのみが響いていた。
「お主、思ったよりもやりおるな。感心したでござるよ」
「……褒めていただいて、ありがたいけど、あんたなんかに認められたところで、これっぽっちも嬉しくないわね」
ジェスターは、冷淡な様でそう言った。
「しかし、体を動かす力、魔法を操る力、共に限界なのではござらんのか?膝ほどの高さで浮いているボールがその証拠。もう、飛ばす力もなかろうよ」
狐右は、冷静な口調でそう断じた。
もしそれが真実であるならば、ジェスターにはすでに勝ち目はない。
ジェスターは攻撃を加えようにも壁に阻まれているし、向かい合う相手には、まだ余力が残されていそうだからだ。
スタミナ切れが原因での敗北だ。
「ええ、そうね―――」
ジェスターは、狐右の言葉を認める。
「―――確かに、結構疲れたわ。腕を上げるのもしんどい。私、体育会系のキャラじゃないのよ。それなのに、今日は、二度も激しい運動をさせられたんだもの。せめて、何か得られるものの一つでもないと割りに合わないわね」
ジェスターは、やれやれと言った表情でそう言った。
「そうか、ではギブアップを―――」
「心配無用。もう終わったから」
ジェスターがそう宣言した瞬間、狐右の作った草の壁の向こう側から、2つの破裂音が響いた。
パンッ! パンッ!
風船が、2個割れた音。まず、間違いない。
「なっ!」
完全に不意を突かれた狐右が、驚愕した表情を浮かべる。
壁に穴が空いているわけではない。では、なぜ。
狐右が現在考えていることは、そんなところだろう。
「あんたの作った壁は邪魔だったわ。私の放ったボールが全部防がれそうだったもの。だから、私はボール1個だけを壁にぶつかる前に止めた。それで、他のボールが壁にぶつかって床に落ちていくところで、上に、上に浮かせて、壁を乗り越えさせたのよ。壁は正面からの攻撃は防げるけど、上からの攻撃は防げないじゃない。後は壁の向こう側で、ボールを大暴れさせるだけ。風船が見えずとも、風船を割ることができる。ボールが風船にぶつかりさえすれば、勝手に割れてくれるわ」
「くっ」
狐右は、壁を越えようとするボールに注意を払っていたはずだ。
しかし、ジェスターは、壁が出現したとほぼ同時にそれをやってのけた。
自分のボールが、全て防がれる前提で。
気づかれないように、時間をかけてゆっくりと。
その策は見事に成功をし、ボールの攻撃が有効な2つの風船をとらえた。
「だが、まだ終わったわけではない。後ひとつ、『ボール以外で割れる風船』が―――」
パンッ!
狐右の言葉は、破裂音で遮られる。
それは、残された最後の風船が割れた試合終了の音だった。
「なぜっ…」
呆然とした様子で狐右は、自分が作った草の壁の魔法を解除する。
そこにあったのは、割れた風船の残骸と、ナイフの刺さったボールだった。
「そりゃ、壁の向こう側に送るのはボールだけじゃないでしょ。それじゃあ、全部の風船が割れないからね。私は最初っからボールの群の中に、ナイフ付きの物を紛れこましていたのよ。そのボールをピンポイントで送り込んだだけ」
ジェスターは、達成感溢れる表情でそう言った。
ナイフが刺さったボール。
『ボール以外で割れる風船』は、ボール以外の物ならば、なんでも触れるだけで弾ける仕様である。
それが、ナイフの柄の部分だったとしても。
ジェスターは、壁の向こう側で、ナイフ付きのボールを滅茶苦茶に動かしまくった。
ナイフに当たる場所は、ボールの表面積よりも小さいので、その分だけ接触までの時差が生まれただけの話であった。
ジェスターは、雑談しているふりをして、ずっとボールを操作し続けていたのだ。
穏やかな口調で話をしつつ、頭の中は大暴れ。
中堅戦は終わった。
ジェスターは、かなりしんどそうにしながら、なんとか梯子を上がって、地上まで戻ってきた。
ジェスターは、見事に己に課せられた仕事をやりきってくれたのだ。
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