4-7 カラーギャング

 そいつらは、いつの間にか店内にいた。

 5人組で、酒を飲んだり、ご飯を食べたり、ギャンブルに興じたりとしている。

 全員が同じ色のキャップだとか、バンダナだとか、シャツだとかを身にまとっているから、一目で仲間であることがよくわかった。


 黄緑色。


 彼らは仲間である証として、その色を使っているようだ。

 そして、染め上げた髪色、耳についた複数のピアス、しゃべり方、声の音量、座り方、あらゆる面からみても…、お客さんに対して「質」と言う言葉は使いたくないが、残念ながら「質」のいいお客さんだとは思えなかった。

 半グレ集団みたいな風貌である。


 しかし、今の所、他の店やお客さんに迷惑をかけるような行為はしていない。そのまま大人しく店内で時間を過ごしてくれるのならば、何の問題もないのである。

 俺の考えすぎ、で終わるのだ。


 ただし、俺は店を守るためにも警戒は怠らなかった。

 事実上の店のボディーガード役をしてくれているロンロンの方を見る。

 ロンロンは、店に来た酔っ払いなどの、タチの悪いお客さんを店から力技で追い出す仕事をしてくれている。

 ロンロンの腕っ節の強さに勝てるものはなかなかいない。彼らも、本気になったロンロンと戦っては、おそらく相手にならないだろう。

 ロンロンも、黄緑色の集団の存在に気づいていたようである。

 目が合った俺に向けて、黙ってコクリと頷き、任せろ、と合図を送ってくれた。


 ロンロンも注意を払ってくれるようだ。


 さて、彼らを見ると、大声で笑いながら、ガンガンと金を賭けていってくれていた。「最高賭け金」と同額ほどの金を何度も、である。

 かなり景気が良さそうであった。


 ピエロ&ドラゴンでプレイできるあらゆるギャンブルは、通常のカジノ同様に必ず店側に有利になるように設計をしてある。つまりは、賭け金が多ければ多いほど、確率的に考えると、店の儲けは増える。

 誰が相手であろうとも、魔法を使った不正さえしなければ、たくさんの金を賭けてくれる人はいいお客さんなのだ。


 しかも、彼らはかなり派手に負けまくっていて、どんどんと店に落としていく金額が増えていく。

 「質」の悪い相手どころか、店の経営という観点から見れば、めちゃくちゃ「質」のいいお客さんであった。


 …「質」が悪いとか言ってごめんなさい。

 人は見た目じゃないよね、と心の中で謝罪と反省をする。



と思いきや、俺が心の中で謝罪したことこそが間違いであった。


 人は見た目が9割。

 どうやら、これは間違いではないらしい。

 この言葉もまた、世界の真理の一端をとらえていたのだ。


 彼らが来店してから一時間ほど経った頃である。

 ある程度の金額、店に吐き出したところで、黄緑色の集団の1人が騒ぎ出したのである。


「この店、イカサマしてんじゃねえのか?全然、勝てねえぞ!」


 ランランがディーラーのテーブルで、ルーレットをしていたバンダナを首に巻いた男が、大声でそう叫んだ。他のお客さんにも聞こえるような声量で、店を威圧するようにである。

 明らかに、店側に迷惑をかけようとの意図が感じられる。


 警戒をしていた俺とロンロンはすぐに、男へと近づいていく。ディーラーのランランもやれやれ顔をしていた。面倒ごとが始まった、と。

 男が集団のボスなのだろうか、男が騒ぎ出したのを合図にして、集団の他のメンバーも集まり出した。


 息ぴったりの連携プレー。


 集団の動きから察するに、どうやら全ては計画通りに動いているようである。

 彼らは、はなから、いちゃもんをつけるために、ピエロ&ドラゴンにやってきたよのだ。そして、ある程度の金をすったところで計画を実行にうつしだした。

 目的は何かはわからない。

 しかし、いずれは勝手にしゃべりだすだろう。


「お客さん。どうされましたか」


 ロンロンは低めの声で、威圧するようにそう言った。

 どうせ無駄になるであろう話し合いをしていく。

 集団以外にも俺たちを見ているお客さんはいるのである。パフォーマンスだとしても、話し合う姿勢は見せておかねばならない。

 強制排除、はその後だ。


 武力行使をするためには、ある程度の言い訳が必要である。第三者から見ても、仕方ないと思わせるような何かが。


 相手もロンロンの迫力に負けていなかった。

 ロンロンに向けて、話しかけてくる。


「この店、いくら金賭けても、全然勝てねえんだよ。おかしいだろ。俺らが金持ってんの見て、金奪おうとしてイカサマしてんじゃねえのかって言ってんだよ。さっき、ディーラーの姉ちゃんの手の動きが怪しかったぜ。何かしらのトリックでも使ってんじゃねえのか?」

「トリック?もちろん、そんなものは使っていません。我々は賭けをする前に提示している条件通りにフェアな勝負をしています。手の動きが怪しかった程度のことを言われても反応に困ります。イカサマをしていると言うならば、何かもっと証拠のようなものを見せてもらえなくては…、応対のしようがありません」

「証拠?そんなもの知るか。俺らがイカサマだって言ったらイカサマなんだよ!」


 ロンロンは冷静に対応をしていたが、全くもって話しは成立をしていなかったし、それで当然であった。

 なぜなら、やはり相手側は話をするつもりがないからだ。

 コミュニケーションは、お互いの協力が必要である。

 片方が非協力的な状態で、話を成立させるなど、神様でも不可能だ。


 ロンロンと話をしているリーダーっぽい男以外も、ああだ、こうだと何かを言って騒ぎ立てていた。

 これ以上、店内で騒がれるのは…、さすがに嬉しくなかった。


「とにかく、要求は今日、この店で賭けた分の料金を全て返却すること。飲食代もタダ。プラス慰謝料として100万Dドリーム払えってことさ。後は用心棒代もだ。毎月50万Dドリーム用意しな。そうすれば、この店のことを守ってやるよ」


 男は、ようやく店に対する要求を言ってきた。

 金目当てのゆすりのようである。

 そして、用心棒代とか言い出したということは、この辺りの地域を自分たちの縄張りにしようとでもしているのかもしれない。

 みかじめ料やショバ代のつもりだろう。

 同じ色の衣服を身にまとっていると言うことは、カラーギャングでも気取っているのかな?

 今目の前にいる集団のことは、見たことも聞いたこともない。新興勢力かもしれない。最近、組織を作ったばかりの。


「は?話しになりませんね。我々は、全ての要求を聞けません。大人しく料金を全て払って消えてください。後、店には出禁です。二度と来ないように。これ以上騒ぐようならば、治安維持兵を呼びますよ」


 ロンロンは、話しを一切聞かずに、そう言い放った。

 他のお客さんの手前もあるので、まだ敬語は崩していない。店側が伝えたいことは全て伝えてくれた。マニュアル通りの対応。

 これ以上騒ぎを続けるようならば、もう一段階上の措置をしなくてはいけない。


 だが、まだ強制排除には早い。もう少し、段階を踏む。


「はあ?呼びたければ呼びやがれ!それに、金を払わなかったら、今後店がどうなっても知らねえぞ!」


 そう凄んできた。誰でも最初に思いつくような、テンプレのような脅し文句であった。しかし、俺たちはすでに、元冒険者のロンロン、ランラン、リンリンという十分な「力」を手にしている。

 力で脅されたところで、よほどのことがなければ、その脅しには屈することはない。


「わかりました。では妥協案として、ここではとりあえず料金を払ってもらって、閉店後にもう一度店に来てください。そこで話し合いをしましょう。閉店時間も近いですし、その方がお互いいいでしょう。周りには人もいませんよ」


 ロンロンはそう提案する。

 これが店側からの最後通知である。俺たちは客商売をしていた。十分の理由があったとしても、やはり店内や店の近くで、健全なお客さんたちが見ている状況で、できる限り喧嘩のようなことはしたくはないのだ。

 怖い店だと思われて、客足が遠のいてしまっても困る。


 誰も周りで見ている人がいなければ、ぶっ飛ばすなりなんなりは、こっちの好きなようにできる。

 お客さんがいなければ、遠慮はない。

 閉店後、来なければさらにハッピーである。面倒ごとが一気に減るのだから。


 まあ、相手さんがここで引くとは思えない。

 これだけイキってしまったのである。

 仲間の前でのメンツの問題もあるだろう。多分、このまま殴り合いになり、ロンロンが他のお客さんに迷惑がかからないように即排除する流れだ。

 まずは、店から外に出すことを第一優先とする。

 店の備品を壊されたくないから。


 店内で戦闘力の高いランランやリンリンの双子も、戦闘に参加する。

 彼女らも、いつ殴り合いが始まってもいいようにと、少し構えたのがわかった。


 ところが、この場で戦闘は起きなかった。

 集団たちは、予想外の反応をした。

 リーダーっぽい男が、ここで引いたのである。


「わかった。その条件でいい。おい」


 そう言って、集団の一人の男に声をかけた。男は、2万Dドリームほど現金を取り出してテーブルの上においた。

 彼らが飲み食いをした分の料金としては、十分な金額である。


「俺の名前は、ブリュード。覚えておけ。その条件で、閉店後もう一度ここに来る。首を洗って待っていな」


 ブリュードはそう言うと、仲間を引き連れて、そのまま店の扉から出て行ってしまった。

 俺やロンロンたち全員は、呆気を取られる。

 過去にも似たようなことをしてきた連中はいた。しかし、こんな反応を示されたことは今までに一度もなかった。

 あまりにも、あっさりと引きすぎであった。


 これではまるで、閉店後に話し合いをしよう、とのロンロンの言葉を引き出すことこそが目的のようにすら感じてしまう。

 何かが変だ。


 嫌な予感を抱えつつも、彼らが消えた後で、店側にできることは何もなかった。

 俺たちは通常営業の体制に戻り、ギャンブルをして、閉店時間を迎えることになってしまったのであった。

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