4-6 バニーガールs【準備編】
「この店には、もっとお客さんを増やすポテンシャルがある」
店の営業時間中のこと。
ちょっと、店内で手が空いて、ディラーをしているリンリン以外のみんなが集まっていたところで、ラビューがそんなことを言い始めた。
「そりゃ、あるかもしれないけど…。そんなに簡単にうまくいかないから、店の経営は難しいんだろ」
俺は、そう反論した。
「ううん。難しくないことで、だよ。ちょっと準備をするだけで、すぐに実行に移せる簡単なこと。これさえやれば、店の経営は一気に右肩上がり!店の天井を突き破るような勢いで大儲けだねっ!」
ラビューは、明るく元気にそんなことを言ってきた。
そんな方法があるって言うのならば、ぜひとも聞いてみたい。俺たちが全く思いつかなかった、そんなにすごい方法が。
「それはね―――」
「それは?」
ラビューの話を聞いている全員が、ラビューの次の言葉に集中をした。
「ずばり…、”コスプレ”だよ」
ラビューは、そう言ったのである。
「コスプレ?」
ランランはすっとんきょうな声をあげて、そう反応したのであった。
「うん。だって、この店で働いている女子は、ジェスターもランランもリンリンも私もみ〜んな可愛いじゃん―――」
ラビューが自分のことを可愛いと言ったのはスルーする。
確かに、可愛いけども。
自分では言って欲しくない。
「それなのに、カジノディーラーの制服を着ているだけじゃ、めちゃくちゃもったいないよ。この制服も十分に可愛いけど…、いつも同じ服を着ているだけじゃなくて、もっと他の服装もしなくちゃ!資源の有効活用をしないとね。コスプレデーとか作って接客するんだ。そうすれば、売上はアップしまくり、お客さんも店側も大ハッピーなイベントができるよっ!」
満面の笑みで、そう提案してきたのであった。
「…具体的には、なんのコスプレをするんだ」
俺は前のめりでそう聞いてみる。
脳内で、ジェスターたちのことを着せ替えながら。
「まずは、王道はバニーガールだね!この店、カジノなのにバニーガールがいないなんておかしいよ!」
「バニーガール!」
頭の中の妄想で、女性陣全員がバニーガール姿になる。
…悪くない。いや、いい!
「後は、ナース」
「ナース!!」
ナースがカジノで働いている姿が目に浮かぶ。
全然、店の雰囲気にはあっていないがこれでいい。むしろ、これがいい。
お注射しちゃいますよっ、てか。
「他にも、メイドとか、魔女とか、お姫様なんてのもいいかもね。あえての執事とかも」
「メイド!魔女!!お姫様!!!執事!!!!」
いい。全部いい。
やろう!今すぐにやろう!!
俺は、ラビューの提案に対してノリノリになっていた。
「…うむ。素晴らしい。ランランとリンリンのコスプレ姿…。見てみたいぞ」
ロンロンもコスプレに乗り気のようであった。
妹にコスプレさせてみたいようである。
ナイス、シスコン!
この際、理由なんてなんだっていい。ラビューの提案に賛同さえしてくる仲間ならば。
店の売上を伸ばすため、だとの言い訳もあるし。
男たちの意見は固まったとして、問題となるのは女性たちの方である。
コスプレをしようと言い出したラビューはいいとしても、他の人たちの反応はどうなんだろうか。
最初に口を開いたのは、ランランであった。
「私は……、ありかな。うん。仕事でどうしてもって言うなら仕方がないし…。たまには可愛い格好も悪くないかな」
少し頰を赤らめて、そう言っていた。
ちょっと乗り気である。
ランランは、コスプレすることに賛成してくれていた。
素晴らしい。素晴らしすぎる。
思わず抱きつきたくなってくる。
双子のランランが賛成してくれると言うことは、リンリンもきっとオッケーだろう。ちょっと嫌がったとしても、強く押せば、賛成してくれそうだ。
ピエロ&ドラゴン、コスプレ化計画が達成されそうであった。
俺は残された最後のハードルの存在を忘れたわけではなかった。
ちゃんと、覚えていた。そのハードルの高さ、超えにくさを自覚していたためにあえて、その存在を無視していたのかもしれない。
その存在とは、もちろん、ジェスターである。
まだ、コスプレに賛成をしていないのはジェスターだけであった。
「それで、ジェスターはどう思う?」
俺は恐る恐る、そう聞いてみた。同調圧力を掛けつつ。
「死んでも嫌」
ジェスターはそう答えたのであった。強烈な拒絶。場の空気を読むつもりとか全くないようだ。
その答えは、想定の範囲内である。俺はなんとかしてジェスターの首を縦に振らせようと思い、説得を開始した。
「ジェスター。これはラビューも言っていた通りに、店の売上を向上させるための策なんだよ。お客さんがかなり増えることが見込まれるイベントデーだ。ジェスターがコスプレが嫌なのもわかるが、ここは店のことを思って、一歩譲ってくれないか」
俺は、そう言った。
まずは、泣き落とし…、のような作戦。
”店の売り上げ”のため、との言い訳を作って、なんとか賛成をさせようとする。
「キンは本当に店のことだけを考えてるの?下心がゼロだって言える?どうせ、私たちにコスプレさせたいだけでしょ」
ジト目で見つめながら、そう言ってきた。
ドキリとさせられてしまう。下心がゼロどころか、下心が百である。
ランラン、リンリン、ラビューに加えて、ジェスターのコスプレ姿も見てみたい。
むしろ、嫌がるのなら、なおさら着せてみたいくらいである。
しかし、ここで本音を言ってしまったら、ジェスターがコスプレしてくれる可能性は地平の彼方まで飛んでいってしまうだろう。
本当のことは絶対に言えない。
「モチロン、ゼロダトモ。俺は、店の売上のことしか考えていない。それとも、なんだ?俺がジェスターにコスプレを着させたいとでも思っているのか?そいつは、さぞかし、自分のルックスに自信がおありなんだな」
今度は、挑発をしてみる。
押してダメなら引いてみる、と言った具合にだ。
引きずりまくって、奈落の果てまで落としてしまおうとの作戦だ。
「そりゃ、あるわよ。当然でしょ。美しすぎるカジノディーラーとして特集を組まれちゃうくらいにはね。だからこそ、素のままの私で十分なの。コスチュームで着飾る必要なんて少しもないわ。可愛すぎるんだからね」
そんな、自信たっぷりの返事をしてきた。
挑発は失敗。
「そうさ。俺は可愛すぎるジェスターにどうしてもコスチュームを着て欲しいんだ。きっと、バニーの姿が似合うんだろうな…。美人なんだもん。ここは従業員からの一生のお願いとして、夢を叶えてくれないか?一生の思い出として、その姿を心に刻みたいんだよ」
続いて、ほめ殺し。
さあ、効果はあるのだろうか。
「そう。キンが私のことを大好きなのはわかったけど、私はあんたのことが大っ嫌いだからその願いは永遠に敵わないわね。残念でした。私をコスプレさせることができなかった悲しみや後悔とともに死んでいき、地獄の業火に焼かれなさい」
そんなことを言ってきた。
俺がいくら褒めたところで、意味はなさそうである。
ほめ殺しも失敗。
いつもならばここであきらめるところだが、俺はまだ引かない。
この戦いには、ジェスターをコスプレさせる以上の意味合いがあったのだ。それは、俺のドM疑惑を払拭させることである。
皆は、何だかんだ言って、ジェスターの言いなりになっている俺の姿を見て、マゾだと勘違いをしてしまったのである。
それならば、何があっても引かない俺の姿を見れば、きっと考えを改めるはずである。
ここは、引けない。
俺にとっては、男としても尊厳をかけた戦いになっていた。
ジェスターに絶対に、コスプレをさせる。
どんな手段を使っても。
「どうしても、自分の意思でコスプレしないって言うんなら、無理矢理でも着替えさせてやるよ…。ジェスター、その細い腕で男の俺に力比べで勝てると思ってるのか?その生意気な口から、どんな言葉が発せられようとも、俺は負けないぜ」
「…………キン、あんた何言ってるの?」
「だから、こっちの説得を聞かないならば、無理矢理縛ってでも、力技で脱がせて、コスチュームを着させてやるって言ってんだよ!」
俺は、ジェスターのことを脅迫した。
男の尊厳をかけた戦いで、男の優位な部分をフル活用してやろうと思ったからだ。
力勝負。
俺が本気で、ジェスターと向かい合えば負けるはずがない。
それに力技というのは、マゾからかなり遠い要素な気がする。
縛られるのではなく、縛るのだ。
これは、マゾではない強烈なアピールになるだろう。
マウントを取って、ボコボコにしてやる、くらいの勢いである。
鼻息が激しすぎるくらいに、激しかった。
ジェスターは、どんな反論をしてくるのかと思ってその姿を見てみると、両手で自分を抱きしめるようなポーズをとり、カーッと顔を真っ赤にしていた。
あれ?反応がおかしい。
いつもは饒舌すぎるほどに、饒舌なジェスターが何一つとして言葉を発しようとしない。
俺が、ジェスターに口論で勝ってしまっていた。
意図せずに、初勝利を飾ってしまったかもしれない。
「…キン殿、いくらなんでも、それはあんまりではないか…?」
そう言ってきたのは、横で話を聞いていたロンロンである。
ん?どう言うことだ?
「キン、サイテー」
ランランも軽蔑したような目で俺の方を見てくる。
「キンはドMな上に、ド変態だったんだね。すごいなぁ…」
ラビューもそんなことを言ってきた。
あれ?あれれ?
「キン、一応言っておくけど。もしあなたが、私に対して強姦まがいのことをしようものなら、私は舌を噛んで死んでやるわよ」
明らかに敵意を持ったような口調で、そんなこと言ってきた。
ここまで言われて、俺はようやく自分の発言のヤバさを自覚することになる。
俺は女の子に対して、縛って、力技で服を脱がして、別の服を着させると脅迫していた。
それは確かに、Mっぽさはない発言だ。
だがしかし、それは同時にとんでもない犯罪性を秘めた言葉であった。
強姦、と言われてしまうのもよくわかる。
通報されても、何一つとして文句は言えなかった。
「ち、違う。誤解だ!俺はジェスターにみんなと同じ服を着て欲しかっただけで…。そんなつもりはなかったんだ。もちろん、無理矢理コスプレさせようとなんてしない。ジェスターの自由意志を尊重する。人間には皆、生まれたときからコスプレを拒む権利があるんだ。俺は変態じゃないんだ!」
必死になって、そう弁明をしていた。
「とにかく、今後一生、私に指一本触れてみなさい。もう、急所をちょん切るくらいじゃ済ませないわ。あんたには全裸に首輪のコスプレをした状態で、国中を散歩させてやるわよ」
ジェスターはそう脅してきて、この話題を終わらせたのであった。
ふんっ、と自分の仕事へと戻ってしまう。
もうジェスターにコスプレをさせる、うんぬんの話どころではなくなっていた。
皆も仕事に戻り、散会となる。
「キン、それでどうするの?コスプレは?」
変態の汚名を浴びせられ、放心状態の俺に対して、ラビューがそう聞いてきた。
「……とりあえず、バニーガールを”3人分”…」
俺は力なくそう返事するのが、やっとだったのである。
ジェスターにコスプレさせる夢は、完全にあきらめていたのであった。
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