3-12 リンリンの傷

「ランランは生まれた瞬間から、私の一歩前を進み続けていたんだ」


 リンリンは、消え入りそうな声でそう言った。


「私は何をやってもダメなんだよ。失敗ばかり」


「......そんなことはないだろ」


 俺の言葉に反応をして、リンリンは首を横に振る。


「そんなことはあるんだよ。


ランランが言ってた通りなんだ。私はいつも張り切るたびに失敗してばかりなんだ。何故だか、大切なときに限ってやる気が空回りしちゃうの。


冒険者をやってたときだって、ロンロンだけじゃなくてランランにもサポートしてもらってばっかだったし、ピエロ&ドラゴンで働くことになって毎日の仕事が新鮮で楽しかったのに、こんなことになっちゃうし。


いっつも、どうしても肝心なことは上手くいかないの」


「俺はそうは思わない。リンリンたちが店に入ってくれたおかげで、店の売上は上がっていた。そこにリンリンの貢献がなかったはずがないさ。肝心なところで成果を出してくれた。


それは、たかだか1回くらい食器を割っただけじゃ帳消しにはならないさ。ジェスターだって間違いなくそう思っている」


「キンは優しいね。......でも言ってることは、嘘ばっかり」


「...嘘じゃないよ」


 本音でそう思ってる。


「もし、今言ったことが真実だとしても、私は昨日のこと以前にキンとジェスター、ランラン、ロンロンの前で大きな失敗をしている」


「大きな失敗?」


 リンリンの失敗とは何か。俺は本当に心当たりがなくて、素朴な気持ちで聞き返してしまう。


 失敗に対する、リンリンの心の傷の深さも理解せずに。


「クレイジーラン。


そこで、私は走るはずだった。重要な大役を任されて。


そこにキンの企みがあったにせよ、私がピエロ&ドラゴンの看板を背負って1位でゴールするはずだったんだ。キンたちはロンロンでも、ランランでもなく”私”を選んでくれた。


もちろん使える魔法の相性がよかっただけだってわかってるけど、それでも友達に頼られて嬉しかったんだよ。何としてでも仕事を完遂しようと思っていた。


それなのに、私ができたことは何もなかったんだよ。


ただ眠っている間にレースは終わっちゃってたんだ。ロンロンも、ランランも、キンだって、命がけでレースに参加して戦っていることを知らずにぐっすり寝てたんだ。


こんなの笑い話にもならないね」


 ”クレイジーラン”。カジノの建物と土地を賭けたレースで、リンリンは敵の策略に陥れられレースの出場権を失ってしまった。


 しかし、それはリンリンに責任があるわけではない。まさか、敵チームがそこまで卑劣な手段を使ってくるとは、俺も含めたチームの全員が予想もつかなかったのだ。


「目を覚まして、死にかけた3人を見たときは震えたよ。この傷は全部私のせいだって思ったんだ。


3人の意識がなかったのは、不幸中の幸いだったかもね。取り乱した惨めな私を見せて、余計な気遣いをさせずにすんだ。治療に専念できたもの。


そのときは、ジェスターが慰めてくれたよ。今のキンみたいにね。


これは5人全員の勝利だって言ってくれたさ。


きっと心の底からね。


でも私には、どうしても”5人”の勝利だとは思えなかった」


 そんなことはない。


 あの勝利は紛れもなく、5人の勝利であった。リンリンがいなければ、そもそもジェスターが”クレイジーラン”の参加を受諾することはなかった。


 俺が策を生み出せたのもリンリンがいたおかげだ。リンリンが代表選手ならば、レース中に策を使っても不自然だと疑われないだろうと思った。


 妹のリンリンは策に陥れられてしまったから、ランランとロンロンは激怒して、自分たちの能力を超えた力を生み出して戦うことができた。


 最初から4人しかいなかったら勝つことができたとは思えない。


 リンリンの貢献は間違いなくあったのだ。


 このことはリンリンは、すでに伝えている。だから俺は改めて同じ説明を口にすることができなかった。



 リンリンは俺たちの気持ちを理解した上で、”5人”の勝利だとは思えないと言っているのだ。



「今回だって怒って店を出てきちゃったけど、本当は、全部悪いのは私だってわかっているんだ。


クレイジーランの件があったからこそ、みんな以上に店に貢献しようと思ったさ。私が店をリードしてやろうくらいの気持ちでね。


でも結局は、また失敗。


ランランに私自身が思っていたことを全部言われて、悔しくって頭にきちゃったんだ。私の頑張りなんてものは誰にも伝わらないんだって。


頭が真っ白になって気づいたら、キンの手を引っ張って外に出てた」


 リンリンは苦しそうな口調でそう言った。


「ランランはすごいんだ。私とは大違い。ここぞと言う本番で力を発揮できるタイプなんだ。


練習とかのときは、私と対して変わらない成果くらいしかださないのに、本番では期待以上の結果を持って帰ってくるんだ。


双子なのに大違い。どうして、こんなに差がでちゃうんだろうね。


生まれた順番が違うだけで、こんなことになっちゃうのか。それとも、私がこんなだったから生まれた順番も遅れたのかな?」


 へへ。


 リンリンは小さく変な笑顔を浮かべた。



「―――ランランが羨ましい」



 リンリンが今まで発してきた、どんな言葉よりも小さな呟きを、俺は聞き逃さなかった。


「ごめんね。キン」


「俺に謝ることなんて何もない」


「一緒に店辞めるとか言っちゃって。本当は辞めたくないでしょ」


「......それは、まぁ、そうだけど」


「1人で店に戻っていいよ。これ以上の迷惑はかけられない」


「そしたら、リンリンはどうするんだよ」


「私はまた冒険者でもやればいいさ。ランランたちの力を借りずに、1人で受けられる依頼もあるよ」


「そんなことは、ロンロンが許してくれるわけないだろ」


「だったら、家出でもしようかな。私も自立してても全然おかしくない年齢だし、同い年のジェスターだってずっと一人暮らしだったじゃん。この国じゃない国に行ってみるのもありだね。


新しい国での新生活なんてワクワクしないか?」


 リンリンは声色だけは、元気いっぱいでそう言った。


「......俺は嫌だよ」


「どうして?」


「だって、5人が4人になっちゃうだろ。せっかく仲間が増えたのに」


「違うよ。2人が4人になったんだよ。私のことは試用期間で辞めていった、ダメな新入従業員くらいに思ってくれればいいさ」


「そんなこと思えない。俺にとっては、もう”ピエロ&ドラゴン”は5人で働くカジノになったんだ。


1人でも欠けちまったら、それはもう、俺が働きたい”ピエロ&ドラゴン”じゃない」


「......」


 リンリンは困ったような表情で黙ってしまった。


「もう、店で働きたくなくなったっていうんなら別だけど、リンリンはまだ店にいたいたいんだろ」


「......」


「本当のこと言ってくれよ。俺以外誰も聞いてないぞ」


「......働きたい」


「だったら一緒にいようぜ。リンリンが一緒にいたくて、俺が一緒にいたくて、他のみんなもそうなんだから、別れ離れになるなんてバカらしいさ」


「...みんながそう思ってるとは限らないじゃん」


「じゃあ、俺とだけでいいから一緒に働いてくれよ。俺が一緒にいたくて、リンリンもそう。それだけでもいいじゃんか」


「......」


 その場では、リンリンの返事を聞くことはできなかった。


 あたりはだんだんと暗くなってきていて、いつの間にかカラスたちもいなくなっていた。


「帰ろっか」


「...うん」


「実は今日は、ジェスターに休みをもらってたんだ」


「いつの間に?」


「ロンロンが朝一で、心配して来てくれたんだよ」


「あのバカ兄貴」


 リンリンは、吐き捨てるようにそう言った。


「明日から忙しくなるぜ。「Dドリームミリオンズ」販売開始まで、後2日しかないぞ。店のピンチだ。リンリンにも頑張ってもらわなくちゃな」


「......うん」



 俺は2人でリンリンたちの部屋へと戻り、昨日と同じようにベットに入った。


 心なしか、昨日よりもリンリンが俺に抱きつく力が強かったように感じた。


 1日がっつりと遊びまくり、1日労働した以上に疲れ切っていた俺は、店で働くジェスターたちに対する罪悪感を覚えつつも、いつもよりもかなり早い時間に眠りについたのであった。

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