3-8 始めてのベットイン

 怒り狂っている、と俺からは見えてしまうリンリンは、俺の手首は握ったままだけどその存在を無視した状態でグイグイと進んでいく。


 俺は荒々しいけれども、寂しそうな背中を見て抵抗をすることができなかった。


 夜道を黙って歩いていく。


 外は少し冷えてきていて、この冷気を浴びていれば、かっかしたリンリンの頭も覚めてくるだろう。


 そんな計算もあった。


 しかし、あまりにも無言の時間が長いので、痺れを切らした俺はリンリンに声を掛けてしまう。


「おい、リンリン。そろそろ説明してくれてもいいだろ。どこ行くんだよ」


 リンリンは俺の手首を離さずに、歩みを止めずに返事をする。


「別に、どこだっていいじゃん」


「よくないよ。行く先もわからずに深夜にひたすら歩かされる身にもなってくれよ」


「もう、うるさいなぁ」


「うるさいって、なんだよ」


 何も説明をしてくれないリンリンに対して、俺もついつい喧嘩口調になってきてしまう。その声のトーンに反応をしたリンリンは足を止め、俺の手首から手を離した。


 強く握られ続けた俺の手首を月明かりを頼りに照らしてみると、少しだけ赤くなっているのがわかった。


「結局、キンもランランの味方なの?だったら店に戻ればいいじゃん!」


 リンリンは、涙でウルっとした目で俺を見つめている。


 その目を直に見てしまったことで、言葉が詰まる。


「......いや、別に、ランランの味方ってわけじゃねぇよ」


「じゃあ、私の味方なの?」



―――ランランと私、どっちの味方なの?



 結局は、この問いに対して俺も答えることになった。


「......もちろん、リンリンの味方だよ」


 ランランに、リンリン以外の誰にも聞かれていな状況ならばこう答えるしかない。それに現状で中途半端な答えを言うことで、リンリンを1人にしておくことはできなかった。


「そうなの、キンは私の味方なんだね。なら何の問題もないじゃん」


 リンリンは目をごしごしと擦りながら、そう言った。


「じゃあ、行こっか」


「だから、行くってどこにだよ」


 先ほどから、そればかりを聞いている。そして、俺はついにその問いの答えを手にしたのであった。


「それは、もちろん―――」


「もちろん?」


「私の家にだよ」



********



 ランラン、リンリン、ロンロンたち兄妹は、幼い頃に両親を亡くしている。ずっと3人だけで支え合って暮らしをしてきたそうだ。


 頼れる人がいなかった兄妹は、自分たちだけで家を借りて住み続けてきた。


 今、俺はその住居の中にいる。


 その建物の造りはアパートと言うよりかは、宿屋に近いような形をしていた。建物の中に部屋がたくさんあり、その中で様々な年齢、種族の住人たちが暮らしている。


 リンリンたちは、その中の一室を借りていた。


「おじゃまします......」


 鍵を開けたリンリンに続いて、俺は遠慮がちな声を上げつつ室内に入る。


 この部屋はリンリンだけではなくランランとロンロンも住んでいる。残りの住人2人にも許可を取らなくてもいいものかとも思ったのだが、リンリンが大丈夫だと強く主張をし俺はその意見に押し切られてしまった。


 そして、現在の状況にいたる。


 部屋の中には、もちろん誰もいない。


 部屋の間取りは1LDKのようであり、キッチン付きのリビングに加えて、もうひと部屋ある。


 どうやら、その部屋は寝室として使っているようであった。


 リビングと繋がった扉の先に、部屋のサイズのほぼ全てを占有するほどの、巨大なサイズのベットが置いてあるのが目に入った。


 室内は綺麗に整頓はされているのだが、ほっぽってあるパジャマが見えたりと生活感がある。今朝も含めて、ずっと人が使い続けている場所なのだから当然といえば当然である。


「適当な場所に座って」


 そう言われた俺は、他にも座れる場所があったのに、何故か床に着座をした。


 リンリンは部屋の隅で、ガサゴソと何かをいじっている。


「なぁ、今は部屋に2人だけど、いずれはランランとロンロンが帰ってくるんじゃないのか?そしたら何だか気まずいぞ」


「2人は今日は帰ってこないよ。私たちが家に向かったことはわかってるでしょ。今日は顔を合わせないために、ジェスターの部屋に泊まるよ。昔から3人で何度か泊まったこともあるし」


「泊まったことがあるのか」


「うん、あるよ」


 リンリンは、それが何か、との表情でこちらを見てた。


「だから、今晩はこの部屋はキンと私の2人っきり。気まずくなることなんて何もないよ」


 何もないのか。


「それで、キンどうするの?」


「どうするって何を」


「もう、キンは質問ばかりだね」


 それは、リンリンが全然説明をしてくれないからだ。


「先に入るのか、後に入るのか」


「入るって、どこに?」


「キンは、寝る前にシャワーを浴びない派なの?」



********



 俺は寝る前にシャワーを浴びる派だ。そして、先に浴室を使うことを選ばしてもらった。リンリンが使った直後だと、何だか色々と余計な想像をしてしまいそうで嫌だったからだ。


 普段のピエロ&ドラゴンでも、可能な限り、ジェスターよりも先に浴室を使うようにしていた。


 どうせジェスターは先だろうが後だろうが、何も思うところはないのだろう。そんなことは百も承知である。それでも悲しい男のさがで、ドキッとしてしまうことは止められなかった。


 俺は、普段とは使い勝手の違う浴室に対して少しだけ苦戦しつつもシャワーを浴び終えると、そこにはロンロンのものと思われる男物のパジャマが置いてあった。


 ここまできてしまったら遠慮をすることは何もなく、ありがたく使わせてもらうことにする。


 パジャマを着てみると、ロンロンの体は俺よりも一回り大きいために袖や裾があまり、少しダボついたようなみっともない着方になってしまう。


「シャワー借りたよ。ありがとう、リンリン」


「ほいほ〜い」


 雑誌のようなものを読んでいたリンリンが、力の抜けた返事をしてきた。


「じゃあ、次は私だね」


「......うん」


 リンリンは何のためらいもなく、俺が使いたての浴室へと入っていった。しばらくすると水が流れ出る音が聞こえてくる。


 その間の俺はというと、色々な思考を巡らした結果、結局は床で正座をして待つことを選んだ。


 異世界生活をしばらくしているのだが、シャワーを浴びている女子の待ち方に関しては、何の進化も成長もしていなかった。


 ジェスターの部屋に初めて泊まり、ジェスターがシャワーを浴びていたときと同じ姿勢である。


 俺はずっと先送りにしていた問題に対して目を向ける。


 本当はシャワーを先に浴びるのか、後に浴びるのかなんてどうでもいいんだ。


 真の問題はこの後に起こる。


 今晩はこの部屋に泊まる。


 それは、いい。


 リンリンと2人っきりで。


 それも、いい。


 問題なのは俺がどこに寝るのかだ。


 ジェスターとのときは同じベットで寝られるのでは、あわよくば、それ以上のイベントをこなせるのではと期待をして大失敗をした。


 大恥をかいた。


 その失敗は、もう2度と繰り返したくはない。


 「シャワーを浴びている女子の待ち方」に関しては、何の進化も成長もしていなかったとしても、「女子の部屋に初めて泊まる場所の選び方」では、進化と成長を遂げていたかった。


 どうせ俺は床に寝ることになる。


 そう思いながら待つことにしよう。


 しかし、この部屋に足を踏み入れてから、ずっと疑問に思っていたことがある。それは、寝室に置いてある不相応に巨大なベットである。


 このベット、本当に大きいのだ。


 まず間違いなく1人で寝る用ではない。2人で寝る用のダブルベットよりも、もう一回りほど大きなサイズである。


 リンリンを待っている時間で、このベットの謎を紐解きたいと思う。



 この部屋には、ランラン、リンリン、ロンロンの兄妹が住んでいる。ランランとリンリンはジェスターや俺と同世代で女子高生くらいの年齢、ロンロンは成人ほどの年齢である。


 そして、巨大なベットが1つ置いてある。


 これらの2つのピースを食い合わせると、恐ろしい答えが導かれはしないか?



「ふっろ、でったよ〜!」


 いつの間にか、すっかりと上機嫌に戻ったほくほくのリンリンが浴室からでてきた。服装は、モコモコのパジャマに着替えている。


「普段は家に帰ってシャワーを浴びて、その後どうしてるんだ?」


「ただ寝るだけだよ。夜も遅いしね」


 俺とジェスターと変わらない生活習慣である。


「なぁ、リンリン―――」


 俺は巨大なベットの謎の答えを求めて質問をする。


「普段は、3人でどういう配置で寝ているんだ」


「3人一緒になって、そのベットに寝ているよ」


 リンリンは当たり前でしょ、と言わんばかりに答えてきた。



 あのシスコン兄貴!!!



 俺は叫びそうになったが、グッと気持ちを抑えた。


 ずっとおかしいとは思っていた。ロンロンは何かにつけて妹、妹と繰り返していたのだ。


 最初は、ただ妹が心配なだけの”いいお兄ちゃん”だと思ったいた。


 しかし、その愛は過剰すぎるのである。あらゆる場面で妹が最優先、妹以外が目に入っていないような振る舞いを見せ続けていた。


 妹、妹、妹、妹、と、口にすることのほとんどが「妹」関連の何かなのである。


 そして、このベットである。証拠を見つけた。


 妹とずっと一緒のベットで寝てるなんて、こんなのはもう、”いいお兄ちゃん”では済まされない。妹溺愛者。完全なる「シスコン」だ。


「ベットの寝方は、ロンロンを真ん中にしてランランは右、私が左だね」


 しかも、妹に挟まれて寝ていた。これはもう言い逃れができない。


 完全なる変態である。


 俺は知りたくもなかった兄妹の秘密を知ってしまい、なんとも言えない複雑な気持ちになる。



「それじゃあ、キン。さっさと寝ようか」


「......寝るってどこにだよ」


「それは、そのベットの中にでだよ」


「2人でか」


「2人でだよ」


 そう言うと、リンリンは1人で先に布団の中に入っていってしまった。ベットの上には一枚の大きな布団だけが置かれている。


「俺が、そのベットに寝ていいのかよ」


「別にロンロンがキンに変わるだけだよ。問題ないでしょ」


 問題だよ。あらゆる意味で、問題だらけだよ。



 そう思いはしたのだが、俺は結局は吸い寄せられるようにして、リンリンの待つベットの中に入ってしまった。


 こうして、俺はランラン、リンリン、ロンロンが3人で寝ているベットの中で、リンリンと2人っきりで一夜を明かすことになってしまうのだった。


 この選択によって、俺は殺し合いに身を投じることになってしまうのだが、この時点ではまだそれを知る由もない。

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