3-7 反逆の始まり
リンリンは突然、爆発をした。
今までも小さなイライラが積み重なっていたのだろうけど、迂闊にも、俺はそのことに全く気付いていなかった。
少しでも気配を察することができていれば、ランランとリンリンが、ピエロ&ドラゴンを巻き込んでの、あんな危険なギャンブルに身を投じることはなかったのかもしれない。
所詮は、短い付き合いの俺に止めることはできなかったか。
しかし、ことが起こった後ではもう遅かった。
俺は、ランランとリンリンの運命を、呆然と見守り続けるしかできなかったのだ。
********
注文していた宝くじが届いた日の夜のことであった。
店の営業時間が終わり、俺たちは5人全員で閉店作業を行なっていた。
使い終わった食器を運び、洗ったり、ギャンブルの道具を片付けたりとしていく。
「ランラン、担当してた”LUCKY 17”の売上相当よかったんじゃないか。俺がやってたんじゃ、あんな人だかりはそうそうお目にかかれないぜ」
「たまたまだよ。運よく人が集まってくれただけ」
そんな営業中にあったちょっとしたこと話したりとしながら作業を進めていく。
ジェスターが2階の住居スペースに、荷物を置きに行ったのか、取りに行ったのかのタイミングで事件がおきた。
「うしっ、うしっ、ほいっ!!」
リンリンが皿を始めとする食器を大量に積み重ねて、一気に運ぼうとしていた。皿のタワーのてっぺんにはビールのジョッキものっている。
仕事を早く終わらせようとの姿勢の表れだったのかもしれない。俺が1人で運んだとしたら、5往復はしなければいけないような量の食器類を抱えていた。
「大丈夫であるか?」
ロンロンが心配をして声をかけた。
「大丈夫、大丈夫、いけるって!」
リンリンはサーカスのショーのように、器用にバランスをとって食器を運んでいく。周りに配置されているテーブルを右に左にとフラフラと避けていった。一歩、二歩と足を進めていき、調理場に近づいていたときであった。
「リンリ―――」
俺は嫌な予感がして声をかけたのだが、間に合わなかった。
「と、と、と......っ」
「あっ...」
食器を洗っていたランランが顔を上げて、リンリンを見たタイミングのことである。その瞬間を見たランランは、小さく悲鳴をあげた。俺もはっきりと両目でそれを見てしまった。
「わひゃ!」
リンリンは左足のつま先を床に引っ掛けて、体のバランスを左方向に崩した。
コケるかっ、と思った。
全てがスローモーションで見えた。
届くはずもない距離なのに、その場でリンリンの方に少し手を伸ばしてしまう。
リンリンは右足を左側に大きく突き出し、なんとかその場に踏み止まった。息を呑んで見守っていた店内にいる全員がほっとした。
しかし、慣性の法則に従った食器たちは、リンリンの体とは逆方向の右方向へと傾いていく。
10度、20度、45度。
タワーのてっぺんに鎮座していたビールグラスが宙に浮いていった。
全員が、タワーを崩したリンリンも含めて、物理法則に従ったその現象を見守るしかなかった。
俺は最後まで見ていられずに、思わず顔を背ける。
ガッシャーン
食器たちが砕け散った音が店内に響いた。
どうしようもなくなってしまった悲劇的な状況に、皆が固まってしまっている。
「何があったの!?」
音は店の外まで届いていた。十数秒の静粛の後で、2階から大急ぎで駆け下りてきたジェスターが店内に顔をのぞかせた。
誰も説明しようとするものはいない。
見るだけで、全てがわかる。
沈黙するランラン、ロンロン、そして俺。青ざめた表情のリンリン。使い物にならなくなった食器類がそこには散らばっていた。
********
「何やってんのよ、リンリンは!」
リンリンに対して説教をしているのは、姉のランランであった。リンリンは、シュンとして、その話をただ聞いている。
「―――だから、普段から落ち着きを持って行動しろって、ずっと言ってるでしょ。普段、移動するときだって道でゆっくり歩けって言ってるのに、全力で走り回って通行人にぶつかりまくってみたり。そういえば、昔、私が大切にしていたコップも割ったことがあったよね。食事をするときも、落ち着いて食べろって言ってるのに、周りにソースを撒き散らしてみたりと―――」
ランランの説教の時間は、すでに10分を超えていた。
割れてしまった食器類を片付けた後で、店主のジェスターは仕方がないことだから気にしなくていいと言ったのだが、いくら怒っても収まりがつかないランランの話は終わる気配がない。
ランランは、姉として常日頃からリンリンの行動に対してヤキモキしていて、その分を含めての説教のようである。
話の内容は皿を割った話からはかなり脱線をしていた。
俺とジェスター、ロンロンは、2人を取り囲むような配置で見ているだけである。
リンリンは、何度かの謝罪の言葉を言ったとき以外には、ほとんど口を開いてはいない。
店内には気まずい空気が流れ続けている。
俺はリンリンは十分に反省しただろうしもういいだろうと思い、ランランを止めようとしたときであった。
ここ数分間、言葉を発していなかったリンリンが奇声を上げた。
「ウキイイイイイッッ!!!!」
ソプラノを超えたような高さの金切り声が響いた。耳にキンキンと響く。
自分に非があるリンリンは、甘んじてランランの言葉を受け止めていたのだろうが、その長すぎる説教に対して、ついに我慢の限界を超えてしまったようであった。
「うるさい、うるさい、うるさいっ!!確かに私は、お皿とかを割っちゃったかもしれないけど、それはランランには関係ない話じゃない!ジェスターに怒られるんだったらまだしも、ランランにそこまで言われる筋合いはない!」
「は?逆ギレ?私は妹が人様に迷惑をかけるのが許せないから「姉」として怒ってるのよ。これ以上、リンリンに皿でもなんでも壊されたりしたら、リンリンの評判だけじゃなくて、私とロンロンの評判だって落ちるのよ」
「たかが数分、早く生まれたくらいでお姉さんづらしないでって。別に、お皿なんて何枚割ろうとも、割らなかろうともランランの評判なんてもには1ミリも響きませんよーっだ。もっと、おしとやかにした方が、モテるんじゃないの?ねぇ、キンもそう思うでしょ」
えっ、俺?
できれば、俺を巻き込まないで欲しい。
リンリンの言葉に反応して、ランランがカッとなったのがわかった。
「モテるかどうかなんて、それこそ今は何の関係もない話じゃない!」
2人はついに、喧嘩を始めてしまった。今にも掴み合いでも始めそうな勢いで激しい言い合いをしている。
ランランはリンリンに対して何かを投げつけようとでも思ったのか、周りに何かないかとキョロキョロ探した。しかし丁度いい物がなく、何も投げることができなかった。
リンリンは、ベーっと舌を出してランランを挑発する。
ランランは一歩、リンリンの方へと踏み出した。いつ手が出てもおかしくない。
2人の間に長兄のロンロンが挟まり、これ以上の喧嘩を止めようとする。
その行動を見て、姉・ランランの怒りの矛先がロンロンへと向いた。
「何よ、ロンロンまで私の敵なの?そもそも、一番上の兄貴のロンロンがここは叱る場面じゃないの?変わりに私がやって上げてるんじゃないっ!」
「そうだな、ランランが言っていることは正しい。我も、ランランは立派にお姉ちゃんをやってると思うぞ...」
その返事に今度は、もう1人の妹が怒った。
「何よっ!なんだかんだ言っても、結局はロンロンはランランの味方なんだね!」
板挟みにされる兄貴も大変だ。片方を立てれば、もう片方が立たずで、ロンロンは何を言っても、どちらかに敵認定されてしまう過酷な状況に陥っていた。
「我は、どちらの味方でもないぞ。強いて言うならば、妹たち両方の味方だ」
「もういいっ!」
リンリンは、ロンロンの煮え切らない返答に対して、怒りの感情をさらに増長させたようである。そして、その怒りの火の粉が次にターゲットにしたのは...、何とジェスターであった。
「ジェスターは、ランランと私、どっちの味方?」
どちらを答えても不正解の酷い質問である。
ランランも怖い形相で、じっとジェスターを見つめていた。
少し考えるような仕草をした後で、ジェスターが口を開く。
「......私は、店主としては店の備品を壊されまくるのは困るわね」
ジェスターの言葉に対して、リンリンは絶望したような表情を浮かべる。ジェスターに拒絶されたように感じたのかもしれない。
ジェスターの返答は、店を預かる店主としては当たり前の内容であり、そこまでショックを受けるような内容でもないとは思うのだが...。
「もういい、もういい、もういい!みんな、私の敵なんだね―――」
リンリンは悔しくて仕方がないと言わんばかりに、地団駄を踏む。
俺は、現状を俯瞰したような少し冷静な目で見ていた。
ロンロン、ジェスターと矢印が向いた。となると、次の展開は予想がつく。
ランランとリンリンのどちらの味方なのか。
この究極の問いが俺にも来るはずである。何て答えるのが正解なのだろうか。
彼女とかからされる、仕事と私どっちが大切なの、くらい正解を導き出すのが厳しい問いだ。
大喜利でもしている気分になる。
2人合わせて1人前の姉妹だろ、とか答えればいいのかと考えていた。
そうすれば、喧嘩は収まるのか、と。
致命的な油断である。
事態は俺が想定した方向とは、全くもって別の方向へと進んでいく。
みんな、私の”敵”なんだね―――
リンリンが発したその言葉の続きが耳に届く。
「―――キンだけが私の”味方”なんだね」
え?俺は、もうリンリン側に付いていることで確定なのか。
いつその前提が形成されたのかはわからないが、その答えで決定らしい。
しかし俺はノーと言うわけにもいかずに困ってしまう。
そして、リンリンは俺の手首をギュッとつかんだ。
「さあ、キン。行くよ」
「行くって、どこへ」
「ここじゃないとこへ」
そう言ったリンリンは、俺の手首を離さずに強い力で引っ張っていき、店の出口へと向かっていく。
リンリンは出口の目の前まで来ると、一度だけジェスターたちがいる方へと振り返った。
「短い間でしたが、お世話になりました。私とキンは、”ピエロ&ドラゴン”を辞めさせていただきます」
え?
リンリン店辞めるの?
俺も一緒に辞めるの?
え?
カランコロンカラン
店の扉が開かれた音が鳴る。
俺はリンリンに引っ張られるがままで、そのまま店から真っ暗闇に包まれた外へと出ていくことになる。
ねぇ、どこに行くの?
それだけでいいから教えてくれない?
俺は急展開を迎えてしまった事態に頭が追いつかずに、ただリンリンに付いていくことしかできないのであった。
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