クレイジーラン

2-19 クレイジーラン【1】

【レース本番:1時間50分前】


「ランラン、ロンロン、ジェスター」


 俺は、この場にいる3人を呼び集めて話し合いをする。


 ”ピエロ&ドラゴン”チームの4人以外の誰にも話し合いの内容が聞こえないようにと、しゃがんで集まって”小さな円”を作る。


 ロンロンは顔がこわばったままではあるが、少し頭が冷えたのか、黙って円に加わってくれた。


 俺たちには今、二つやらなければいけないことがある。



1.リンリンの救出


2.”クレイジーラン”で1位をとるための作戦の立て直し



 「リンリンの救出」に成功した場合は、「作戦の立て直し」をする必要はない。


 ここで問題となるのは、レース本番の1時間前までに「リンリンの救出」ができなかった場合である。


 そのために必要な情報を集めていく。



「ロンロン、今戦っていた”ワショウ”と”ダスター”とは何者だ?」


「”ワショウ”と”ダスター”は、冒険者ギルドに所属している”A級冒険者”である」



 A級冒険者。


 この場には、ロンロンと同じクラスの冒険者が2人いる。


 そうなると、ドラコーンから力ずくでリンリンの居場所を聞き出すことはやはり難しいか。



「作戦の変更だ。今まで立てていた作戦は一旦全部忘れてくれ」



 3人は一瞬驚いたような表情になったが、首を縦に振ってくれた。



「レースがスタートする時間までに、リンリンが救出できればそれがベストだ。しかし、現状ではそれが難しそうだ。


今から話す内容は、リンリンの救出が間に合わなかったケースのことだ」



 俺は3人を顔をサッと確認する。


 3人は集中をして。俺の話を聞いてくれていた。



「ジェスター、ドラコーンが言っている通りの行動をするならば、おそらくは後50分ほどした後の選手登録の時間に、リンリンの居場所を言うはずだ。


それ以降で奴はリンリンを監禁しておく理由がない。


ジェスターは居場所を聞き出し次第、ジェスターはリンリンの救出に向かってくれ」



 ジェスターはコクリ、と頷く。



「ロンロン、今からロンロンのレース開始時間までの仕事は”耐える”ことだ。ドラコーンの野郎がどんなにムカつくことを言って挑発してきたとしても短気は起こさないでくれ。


魔法の力を溜めて、レース本番にのぞむんだ。


レースが始まったら、作戦は前に言っていた通りに、1位を目指す”ランナー”のサポート役だ。そこからは、いくら暴れてくれても構わない。


ただし、この役割を当初の作戦の2人ではなく1人でやることになる。


ジェスターを信じて、今は待っていてくれ。リンリンは必ず助ける」



 ロンロンは俺の新たな作戦に納得をしてくれたのかわからない。


 ただし、黙って頷いてくれた。



「ランラン」


 俺はランランと目を合わせる。


「ランランは、リンリンの代わりに1位を目指す”ランナー”をするんだ」


「私がランナー......」


「ああ、この4人の中ではランランが間違いなく一番足が速い。1位を目指して走ってくれ」


 ランランの表情には一瞬、不安の色が見えた。


 俺と同じことを察したのかロンロンは、


「大丈夫だランラン。我も全力でサポートをする」


 と、妹のことを力強く励ました。


「ただし、ランラン―――」


 俺はさらに小さな声で、絶対に周りの人間たちに作戦が聞こえないようにと、一番重要なことを全員に伝えた。





「キン、じゃあ3人目の、最後の代表選手は...」


 ジェスターが当然の疑問を口にした。


 ランラン、ロンロンともう1人の代表選手をつとめるのは―――



「あぁ、3人目は「俺」だ。俺が、”クレイジーラン”を走る」





 秘密の話し合いが終わり、俺たち4人は立ち上がった。


 俺は、周りの人間にも聞こえるくらいの大きさで声をだす。


 ここからの会話は聞かれても構わない。むしろ、聞いて欲しいくらいである。


「俺は、今からリンリンを探してくるよ。可能性は低いかもしれないがゼロじゃない。


心配しなくても大丈夫だ。


代表選手を登録する時刻の、レース開始の1時間前までには必ず戻ってくる」


 俺は、全員に背中を向けて走り出そうとした。


「キン殿、我も―――」


「いや、ロンロンたちは力を溜めていてくれ。さっきも言った通りに、2人の本番はレースが始まってからだ」




 そんな俺らのやり取りを見て、ドラコーンが口を開く。


「ハッ、無駄なことを―――」


「貴様は一言も、しゃべるな」


 ロンロンがドラコーンの言葉を遮って、威圧をする。


「貴様は黙ってそこに立っていて、時間が来たらリンリンの居場所を話せ。


これ以上、我をイラつかせるな。


キン殿は、この場で耐えろと言ってはいたが、何かが起きたら黙って待っていられる自信がない」


 ロンロンの迫力に負けたのか、ドラコーンはこれ以上しゃべろうとはしなかった。


 ドラコーンとしても黙って時間が過ぎてくれるんだとしたら、それに越したことはないのだろう。


 ワショウとダスターは、ドラコーンに手を出そうとさえしなければ、自分たちは何もしないと言った態度で、黙って事の成り行きを見守っていた。


 俺は場が動かなくなったことを確認して、その場を離れた。



 俺がこの場に戻って来られるのは、おそらくはレース本番、1時間前のギリギリの時刻であろう。





【レース本番:1時間前】


 国中を走り回り、汗まみれになった俺は”クレイジーラン”のスタート地点に戻って来ていた。


 ロンロンやドラコーンたちがいた場所には、もう誰もいなくなっていた。


「キン!」


 俺の姿を見つけたランランは、遠くから声を掛けてくれた。


「リンリンは?」


 俺は首を横に振る。リンリンの表情がわずかに曇る。


「そっか。さっき、ドラコーンがリンリンがいる場所をしゃべったんだ。ジェスターが迎えに行った。結構、遠くだったんだ」


「レースのスタート時刻までは...」


「まず、間違いなく間に合わない」


「そうか」


 おそらくはそうであろうと思っていた。


「あれ、キンは服装を着替えたの?」


「まあな、汗まみれになっちまったし」


「そうか、まぁいいや。キン以外の人の登録は終わって、キンがラストだよ。早く行こう」


 俺はランランの案内に従い付いて行く。


 登録といっても、レースの運営本部のようなところに行って名前を告げるだけだった。


 ただし、この報告が終わった時点で選手の変更はできないという。


 俺はそのまま、選手控え室だと言うテントの中に案内をされた。


 そこには、俺を含めて「9人」の参加者たちがいた。




 ”ピエロ&ドラゴン”チームの俺とランランは今、テントの中に入った。


 そして、もう1人の代表選手のロンロンは、テントの隅の方で黙って座っていた。



 ”ドラコーンチーム”のメンバーであるダスターとワショウは、ロンロンとは対角線上の向かい合った位置に座っている。


 そして彼らのチームの3人目のメンバーは、俺が知っている人物であった。


 背の低い幼い少女。


 偽ジェスターである。


「やぁ、キン君、久しぶり」


「お前の雇用主ってのはドラコーンだったのか」


「そうだよ、でもまさかこんなことになるなんて、あの頃には僕は想像もできなかったな」


 偽ジェスターの少女は、ケタケタと楽しそうに笑っている。


「ドラコーンには、ちゃんと忠告したんだよ。ピエロ&ドラゴンにいる、キンって人は一緒にギャンブルをすることになったら気を付けろ。頭がキレるから危ないぞって。


彼は僕のアドバイスは聞いてはくれなかったみたいだね。


でも、そのおかげでこうして君と一緒のテーブルに座って勝負をすることができるよ。僕はとっても楽しみだ」


 少女は、本心からレースを楽しみにしていて、ご機嫌そうである。


「自己紹介を忘れてた。僕は”フェイク”だ。よろしくね」



 そして、”ウーロボロスチーム”のメンバー3人である。


 意外なことに、この3人も俺が知っている人物であった。


 ボム、ロケット、スノウの”不死身の案山子”のゲームで戦った3人組だ。


 特にボムは、俺たち3人のことを、俺たちの存在自体がひどく癪に障っているといった表情で見てきていた。


 ”クリムゾン・バイコーンの角”の件があるからだろう。


 今この場にいることも、そのときの恨みが関係しているのかもしれない。


 しかし、ボムたちは俺たちに対して直接話しかけてくることはなく、ただジッと睨んでくるだけであった。


 借りはレース本番ですぐにでも返す。


 そんな無言のメッセージが伝わってくるようである。




 選手控え室のテントの中は異様な緊張感に包まれていた。


 俺とフェイクが会話をした以降では、別のチーム相手ではもちろん、自分のチームのメンバー同士でも会話をしようとするものがいない。


 ただ全員が黙って集中をし、レース本番の時間が来ることだけを待っていた。





【レース本番:30分前】


「いやーぁ、順調順調。「勝者投票券」がよく売れている」


 場の空気が読めない異物は外からやってきた。


 紫スーツの男・ウーロボロスは、能天気な声をあげながらテントの中に入ってきた。


 ウーロボロスは、先ほど俺たちのチームとドラコーンとの間にあった”いざこざ”を知らないのかもしれない。


 ドラコーンがリンリンにしたことも。


 知っていてこの態度だとしたら大したものである。



「旦那。場の空気を読んで、少し静かにしてくださいよ」


 自分たちの雇用主のことを、ボムが諌めにかかった。


「いやぁ、ボムすまないな。君たちの誰が1位になるのかを予測する「勝者投票券」の売れ行きが悪くなかったもので、少し調子にのってしまったよ」


 そういえば、俺たち自体もギャンブルの対象だったな。


 誰が「1位」になるのかのみに賭けるシンプルなギャンブルだ。


 「勝者投票券」の売上で儲けた「金」は、1位になったチームのオーナーが手にする。


 ちなみに、今回のレースでの胴元の利益である控除率は25%だそうだ。


 つまりは、「勝者投票券」の売上の1/4を賞金として手にすることができる。


 券が売れれば売れるほど、賞金の金額は大きくなる。


「この後、君たちにはスタート地点で立っていてもらって、観客に対するお披露目をしてもらう。もっと券を売るための仕事だ。協力してもらうぞ」


 テント内には、特に異を唱える者はいなかった。





【レース本番:20分前】


 ウーロボロスの指示に従って、レースのスタート地点に立つ。


 レースのコースである”リリィ中央大通り”は、その名の通りに本当に大きな通りである。車が走る道路であれば、六車線分くらい優にありそうな広さをしていた。


 俺たちは、隣の人との距離をたっぷりととり、横一列に並んでいく。


 スタート地点は多くの観客たちによって囲まれていた。



 大会を運営する審判団による選手紹介アナウンスの声が聞こえてきた。



「さぁ、選手がスタート地点に並んだ。最後の”券”購入するための情報をざっとお届けするぜぇ。


1番、フェイク。見た目は、か弱い少女のようにも見えるが、これでも”A級冒険者”だ。現在のオッズは「5.0」。100Dドリーム賭けたら500Dドリームになるぜ。


2番、ダスター。”光る鋼鉄の拳”を持つ男であり、彼も”A級冒険者”だ。邪魔するものを殴って、殴って、殴りまくる。現在のオッズは「3.9」で、レース参加者の中では最も人気者だ。


3番、ワショウ。坊主頭の”A級冒険者”であり、数珠使いだ。首から下げた数珠が飛びまくるぞ。戦いが始まると、見た目の優しそうな姿から一変、狂気を見せる熱い男だぜ。現在のオッズは「4.2」。


4番、ボム。黒ハット3人組の1人で”B級冒険者”だ。小さな体の中に、危険な”爆弾”を大量に仕込んでるぜ。命が惜しければ近づくな。現在のオッズは「6.3」。


5番、ロケット。黒ハット3人組の1人で”C級冒険者”だ。地味で目立たないように見えるが、隠された実力はとんでもないものがあるかもしれないぜ。現在のオッズは「12.5」。


6番、スノウ。黒ハット3人組の紅一点で”C級冒険者”だ。すき透る白い肌、すらっと伸びた身長、その姿から連想するのは”雪女”。男たちを氷漬けにしちまうぜ。現在のオッズは「9.4」。


7番、ランラン。このレースに参加している兄妹の”妹”であり、”D級冒険者”だ。獣の血がレースで騒ぐぜ。現在のオッズは「15.3」。


8番、ロンロン。7番、ランラン”兄貴”であり、”A級冒険者”だ。現在の人気では3番手で優勝候補の一角だ。見た目は俊敏そうに見えないが、意外と足が速いかもしれないぜ。現在のオッズは「4.4」。


そして9番、キン。こいつは冒険者ですらない!」



 アナウンスを聞いていた会場が少しざわついた。



「その実力は完全な”未知”。現在のオッズはなんと「750.0」!ダントツの不人気銘柄だぜ。誰かこいつの券を買ってやってくれ〜!!」


 

 ほとんど俺に投資してくれる人はいないらしい。


 オッズから計算するに、買ってくれた人は全体の0.1%ほどしかいないだろう。


 ここまで低いと、間違って買ってしまった人だけかもしれない。


 実力が”未知”言えばカッコいいのだが、実際には実力がない。


 客観的に考えてみても、このオッズは正しい気がした。



 アナウンスの声が続いていく。次はルール説明に入ったようだ。



「改めてルールの確認だ。


”クレイジーラン”のコースは、”リリィ中央大通り”の道なりに国をぐるっと一周するコースだ。全員一斉にスタートする。


コース上には、スタート兼ゴール地点であるここに1人、さらにはそれぞれの”区”ごとに5人の審判がいる。


彼らによって、コースを通過したことを確認されなければゴールしても無効だぜ。


ショートカットとかはできないようになっている。


審判に見逃されないように、チェックポイント通過時にはちゃんと自分の存在をアピールをしてくれ!


そして、5人の審判にしっかりとその勇姿を見せ、最初にゴールラインを足で踏んだ者の勝利となるぜ」



 ルールは、店に来た使者が説明してくれた通りのものであった。


 一斉にスタートして、国を一周、最初に帰ってきたものが勝利のシンプルなルールだ。



「さぁ、券を買うのはまだ間に合うぜ。スタートの合図が鳴るまで買った、買った!買いまくれーっ!」



 スタートの時間が近づいてきた。


 選手たちは番号順に一列に並んでいる。


 9番の俺は、一番は端っこに位置していた。


 周りの声が少しずつ聞こえなくなってくる。


 スタートの合図をするであろう、審判の1人が少し高い台の上に立った。


 ジェスターはスタートには間に合わなかったようだが、無事にリンリンを救出できてることを願う。


 妨害に遭いながらも、やれることは全てやった。


 考えるべきことはもう何もない。


 後は、走るだけだ。


 何も考えずに、愚直に、真摯に、走り切ることのみに全てを賭けた、イかれたランナーになりきるだけだ。



 レース本番までの時間は、もう1分も残されていない。

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