2-18 ロンロンの激昂

 数日後に、カジノ・ピエロ&ドラゴンにドラコーンとウーロボロスから遣わされてきた使者がやってきた。


 彼は”クレイジーラン”当日の集合時間、場所やコース、詳細なルールなどを連絡してきた。


 ランランたちの予想は概ね当たっていた。


 レースのスタートは昼間で、レースのコースは、第1区から第6区までの国の全部の区域を通過して、国をぐるっと一周回る”リリィ中央大通り”であった。


 ドラコーンとウーロボロスは、急なレース開催ながらも、無事にコースを抑えることができたようであった。


 彼らが誰を代表選手にするのかはわからないし、こちらからも伝えてはいない。


 ただし、事前に相手の代表選手を調査するぐらいのことをしてきそうではある。


 俺たちも調査くらいのことをした方がいいのだろうけれど、それを実行する能力は残念ながらない。


 多分、”ピエロ&ドラゴンチーム”が、ランラン、リンリン、ロンロンを選んだことはバレてしまっているであろう。


 そうだとしても、俺たちができることと言えば、3人を信じて全力で走ってもらうだけであった。




 予告通りに、ランラン、リンリン、ロンロンは毎朝、”ピエロ&ドラゴン”に現れた。


 そして、5人でランニングをしていく。


 俺は、”クレイジーラン”当日に向けて、コースの下見をしてみたり、冒険者ギルドに行ったり、全員で”クレイジーラン”で勝利するための作戦会議をしてみたりとはしたいた。


 それでも、そこまで忙しい日々を送っていたわけではなく、普通にカジノの仕事をする毎日であった。


 商店街では、”クレイジーラン”開催の宣伝がされているのを目撃した。


 変化といえばそれくらいなものであり、それ以上の大きなトラブルは何も起きなかった。


 しかし、これは”嵐の前の静けさ”であった。


 事件は”クレイジーラン”、本番当日に起こる。




 さすがに、この日の早朝ランニングは行われずに、各自、体を休めて本番のレースに挑むことになっていた。


 俺たち5人の待ち合わせは、レースのスタート地点近くで行われる予定であった。


 俺は朝食を食べて、ジェスターと一緒に”クレイジーラン”の会場に向かっていく。


 やるべきことは全て行った。


 あとは、3人を信じるだけである。




【レース本番:2時間前】


 俺たちは、レース本番の2時間前に会う約束をしていた。


 待ち合わせ場所には、俺とジェスターの方が先に到着をした。


 そして、少し遅れてランランとロンロンは来た。


 ここでトラブルが発覚する。


 俺たちのチームのエースであり、チーターの獣人、とにかく足が速い”高速人間”、1位でゴールしてもらう予定のリンリンが姿を見せなかったのだ。



「2人はリンリンがどこに行ったのかは知らないのか?」


「うん、3人で会場に向かう予定だったんだけど、リンリンがやっぱり軽く体動かしてくるって言って家から出ていったの。いつまで経っても戻ってこないから、多分先に会場に向かったんだと思って、ロンロンと2人でこの場所に来たんだけど......」


 ランランが、シュンとした表情で今朝あったことを教えてくれた。


 ロンロンは心配そうに言う。


「リンリンは逃げ出すような子じゃないし、時間に不正確なわけでもない。まさか―――」



「事件に巻き込まれたとか」



 ジェスターが静かな口調で、そう言った。


「事件は言い過ぎだとしても、事故に巻き込まれて怪我をしたとかありえるわね。リンリンが心配だわ。早く探さないと」


 コクリと、俺は大きく頷いた。


 ことと場合によってはレースどころではなくなってしまう。



「お困りのようで?」



 焦る俺たちに声をかけてきた主は、白スーツの男・ドラコーンであった。


 何人かのお供を連れてやってきたドラコーンは、不気味な笑みを浮かべている。


「今は手が離せないんだ。また、後にしてくれ」


 俺はドラコーンへの対応をおざなりにして、話し合いの場に戻ろうとする。


 今、優先順位が高いはドラコーンではなく、リンリンである。


 リンリンがどこに行ってしまったのか、捜し出さなければいけない。




 俺がドラコーンを相手にしなかったことを気にせずに、ドラコーンは自分の話を一方的に続けてきた。



「何か重大なことでも起きたのか?


今更、レースを棄権するなんてありえないぞ。その場合には、”ピエロ&ドラゴン”チームはもちろん敗北になる。


ただし、レースはきちんと行われるさ。我が”ドラコーン”チームと”ウーロボロス”チームのピエロ&ドラゴンを買収するのか、勝者になるのかを決めなければいけない。宣伝も大々的にしてしまったしさ。


そんなに焦るようなことが起きたのか?


例えば―――」



 ドラコーンの口からは、衝撃の一言が発せられた。


 その言葉は、俺たちを激怒させる。



「―――リンリン嬢がいなくなったとか?」



「貴様、何か知っているのか!!」


 ロンロンは我を忘れたように、恐ろしい形相、勢いでドラコーンの胸ぐらにつかみかかる。


「さてね?何のことだか」


 ドラコーンは全く意に介していないような振る舞いをしていた。


「しかし、リンリン嬢がいなくなったとなると、ジェスター嬢は運が悪いな。


”クレイジーラン”を行うに当たって、短い時間ながらも俺も王国中の足が速い者たちを調査したさ。リンリン嬢の評判はなかなかだったぞ。王国一、足が速い可能性がある。


ぜひとも、俺のチームに欲しかったのだが、残念ながらそのときにはすでにジェスター嬢が口説いた後だった。


あの子は困る。1位になってしまう可能性がかなり高い」


 リンリンの足の速さは、本物であったらしい。


 ドラコーンにも目をつけられていたのだった。


「リンリンをどこにやった!!」


「俺は知らないさ。


しかし、例え話をしよう。


もしかしたら彼女を狙っていたが、彼女を睡眠系の魔法で眠らせて、拉致監禁し、レースに参加できないようにするかもしれないな。


安心していい。


きっとそのの目的は、レースに参加出来なくすることであり、危害を加えることではない。


レースの出場選手登録が終わり、取り返しがつかなくなった頃には、きっと解放してくれるさ」


「貴様!!」


 ドラコーンによる妹に手を出したとの、ほとんど犯行声明のような物言いに対して、ついにロンロンは怒りを抑えきれなくなってしまった。


 胸ぐらをつかんでいたドラコーンのことを怒りに任せて、そのまま殴り飛ばそうとする。


 そのときであった。


 ドラコーンの後ろに待機をしていたお供の1人が、ロンロンを狙って魔法を唱えた。



「『祈禱きとう系 no.613 「数珠玉ジュズダマ」』」



 ロンロンに向けて、鉄球のような大きな玉がひとつ飛んできた。


 ロンロンはその玉を避けようと、ドラコーンから手を離し、後ろに跳ねた。


 玉はロンロンが一瞬前までそこにいた、何もない空間にぶつかる。



「仮にも我々の雇用主です。手を出すのはやめていただきましょう」



 魔法を唱えた主は、坊主頭に首に大玉の数珠をぶら下げている僧侶のような男だった。


 隣には、その仲間であろう鋭い眼光の男が腕を組んでみている。


 僧侶は、ドラコーンのことを”雇用主”と言った。


 彼らは白スーツを着ていないため、”ピエロ&ドラゴン”にドラコーンと共にやって来たメンバーではないのは明らかだ。


 ということは、彼らが”ドラコーンチーム”の代表選手か。



「”ワショウ”に”ダスター”か!」



 ロンロンは彼らのことを知っていたようで、2人の男の名前を叫んだ。


「ロンロン!」


 俺はロンロンを一旦、冷静にさせようとその名を呼んだ。


 しかし、その声はロンロンには届かなかった。ロンロンは尚も攻撃を続けようとして、魔法を唱えた。



「『土砂系 no.677 「土刃連刃ドハレンパ」』」



 無数の土のやいばがドラコーン、そして、ワショウとダスターに襲い掛かる。


 当たれば無傷ではすまされない。


「まったく、しょうがねぇな」


 ダスターはそう呟くと、自分の両手にメリケンサックをはめた。


 そして、魔法を唱える。



「『強圧系 no.295 「拳で連打ナックルスラッシュ」』」



 ダスターの両手は光に包まれた。


 目にも止まらない速さで、ロンロンの「土刃連刃ドハレンパ」の土のやいばを叩き落としていく。


 ダスターは全ての土のやいばを叩き落とし、結果的にドラコーンたち全員が無傷だった。


 さらに強い魔法で攻撃をしようとしたのか、ロンロンは魔法を唱えようと構える。




「ロンロン、一旦落ち着いて」


 妹のランランの声が届き、ロンロンは静止をした。


 しかし、その目はまだドラコーンたちを睨んだままであった。



 ロンロンの魔法を軽々と抑えたことから推測するに、目の前でドラコーンを護衛している2人は、”A級冒険者”のロンロンと同等かそれ以上の力を持っている。


 2体1で戦っては、ロンロンと言えどもが悪い。


 それに、ドラコーンたちを殴り飛ばしたところで、リンリンが無事かどうかはわからない。



「リンリン解放の条件はなんだ?」



 俺はドラコーンに向けて問いを投げかける。


 その問いにドラコーンが答えてきた。


「だから俺は、リンリン嬢のことは何も知らないさ。


しかし、代表選手登録の時間は、レース開始時刻の1時間前だ。


代表選手は、審判団にその姿を見せて参加登録をする必要があり、登録後には選手の変更をすることはできない。


だからきっと、後、1時間弱の時間が経って全チームの代表選手登録が終わったときに、がボソッと呟いた場所にリンリン嬢はいるはずさ」



 レース開始時刻の1時間前に各チーム3人ずつ、9人の代表選手が出揃う。


 そして、その場にリンリンがいなければ、リンリンは”ピエロ&ドラゴン”チームの選手として、”クレイジーラン”に参加する資格を失う。


 だから、レース開始時刻の1時間前まではリンリンの居場所を教えない。


 ドラコーンの言った言葉は、そのように翻訳することができる。



 その場にいた全員がそのことを理解できただろう。


 なんて汚い手段を。


 俺は、頭に血が上っていくのを感じた。


「キン....」


 ジェスターが不安そうに呟いた。



 俺たちは、ラリルレ三兄妹のうちの最も足の速いランナーを失ってしまった。


 広大な王国の中のどこにリンリンが隠されているのか、俺たちに探る術はない。


 作戦がガラガラと崩れ落ちた音が聞こえた。


 このままではまずい。レースに敗北をしてしまう。


 俺たちのカジノ、ピエロ&ドラゴンがなくなってしまう。


 何か策を考えねば。



 レース開始の時間は、刻々と迫ってきている。

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