1-27 ゴブリンズ V【3】
第2ターンが開始をされることになった。
俺は、ただ突っ立ているわけにはいかない。
ゲームが予定通りに進行するようにと、ゲーム内で起きている様々なことに対して思考を巡らせていかなければいけない。
俺は現在、俺目線でのゲームが以下のように見えている。
―――第2ターン―――
チップ枚数決定権 : キン
所持チップ数 : キン7、ヘルヘル13
未使用ゴブリン :
<キン> 1、2、5、5
<ヘルヘル> ?、?、?、?
使用済みゴブリン :
<キン> 4、―、―、―、―
<ヘルヘル> 5、―、―、―、―
―――――――――――
このターンで後攻の俺には、賭けるチップの枚数を決める権利がある。
しかし、そのことに関しては頭の片隅に追いやってもいい。
まず、重要なのは、どのレベルのゴブリンを場に出すのかである。
ヘルヘルの指示はこうだった。
4、2、1、5、5
つまり、このままヘルヘルに「服従」をし続けるのならば、俺は「Lv.2-ノーマルゴブリン」を出す必要がある。
もし、ここで俺が気を変えて、「裏切り」を選択するにしても、ここでの「裏切り」には困難がある。
ヘルヘルがどのゴブリンを出すのかを確定できないのだ。
俺が出すであろう、「Lv.2-ノーマルゴブリン」に勝つ事ができるゴブリンは3種類ある。
「Lv.3-ビッグゴブリン」「Lv.4-スペシャルゴブリン」「Lv.5-ゴールデンゴブリン」だ。
さらに、これに対して俺が裏切って勝とうと思ったら、俺の未使用のゴブリン、
1、2、5、5
から、「Lv.5-ゴールデンゴブリン」を出すしかない。
これでは裏切ったとしても必勝ではないのである。
もし、ヘルヘルが「Lv.5-ゴールデンゴブリン」を出したとしたならば、引き分けになってしまう。
「裏切り」を選択して、しかも「引き分け」。
最悪の結果である。そして、この結果が出現する可能性は決して低くはないのだ。
これなら、第1ターンから裏切っておいたほうが遥かにましだ。
「服従」の選択肢の先には、ノーリスクの未来が待っている。
「裏切り」の選択肢の先には、リスキーな未来が待っている。
俺は、赤い袋から、ゴブリンを1体取り出して、机の上に立てる。
ヘルヘルは俺よりも早く、迷わずにゴブリンの選択を終えていた。
そして、続いての選択である。
賭けるチップを何枚にするのかだ。
これに関する指示は何も受けていない。
俺は、ここで4枚のチップをテーブルの前に差し出した。
先ほどよりも1枚多いチップの枚数である。
大勝負に出たように見えたのか、後ろからジェスターが、ごくっと唾を飲み込む声が聞こえた。
ヘルヘルからは特に反応がない。
俺が、何枚賭けるのかは事前に決めていなかったのだから、俺がここで、何枚のチップを選択しようと「想定内」と「想定外」のどちらでもないんだろう。
興味の対象外なのだ。
この勝負の勝敗次第でお互いのチップの枚数はこうなる。
キンの勝利 :
<キン> 7→11
<ヘルヘル> 13→9
キンの敗北 :
<キン> 7→3
<ヘルヘル> 13→17
俺が、第2ターンで勝利をすれば、チップ数が逆転をする。
敗北すれば、取り返しのつかないほどのチップ数の差が生まれてしまう。
「ゴブリン、オープン!!」
掛け声と共に、布のベールが剥がされ、それぞれがテーブルの上にセットしたゴブリンの姿が露わになる。
ヘルヘルの目の前には、「Lv.3-ビッグゴブリン」が置かれていた。
そして、俺が選んだゴブリンは―――
「Lv.2-ノーマルゴブリン」であった
キン : Lv.2 < Lv.3 : ヘルヘル
結果はヘルヘルの勝利である。
俺の選択したゴブリンは、第1ゲーム同様にして、「服従」の印である。
俺は例え、自分の身を焼かれた後だとしても、相手に対して反旗を翻すことはなかった。
例え、ジェスターの涙を見たとしてもその気持ちは変わらなかったのだ。
俺は、ヘルヘルの指示通りに敗北を繰り返す。
しかし、俺が可能性としてあまり考慮していなかった事態が発生する。
俺は、ヘルヘルの「Lv.3-ビッグゴブリン」に負けてしまった。
ボーナスチップが発生したのである。
「Lv.3-ビッグゴブリン」で勝利した場合のボーナスチップは、賭けられているチップに加えて、2枚のチップが追加されることであった。
計6枚のチップが奪われることになってしまう。
このことによって、チップ移動が本来、
ボーナスチップなしの移動 :
<キン> 7→3
<ヘルヘル> 13→17
になるはずだったところが、
ボーナスチップありの移動 :
<キン> 7→1
<ヘルヘル> 13→19
となってしまった。
第2ターン終了時の場の状況は以下の通りである。
―――第2ターン終了時―――
チップ枚数決定権 : キン
所持チップ数 : キン1、ヘルヘル19
未使用ゴブリン :
<キン> 1、5、5
<ヘルヘル> ?、?、?
使用済みゴブリン :
<キン> 4、2、―、―、―
<ヘルヘル> 5、3、―、―、―
―――――――――――
もちろん、これは俺とヘルヘルにとって計画通りである。
俺が第2ターンの結果によって、ゲーム内での逆転不可能と言ってもいいほどの致命傷を負っていたとしても、そこまで驚くべきことではない。
何せ、片方のプレイヤーは勝とうと思ってプレイをし、もう一方のプレイヤーは負けようと思ってプレイをしているのだ。
全てを知っている者からすれば、くだらなさすぎる八百長が繰り広げられている。
これくらいの結果や、チップの差は当たり前と言ってしまえば、当たり前なのである。
ヘルヘルの目の前には大量のチップが、俺の目の前には、寂しくチップが1枚だけ置かれている。
ヘルヘルは場のチップを見ながら喋り出した。
「ククク、勝負はほぼ決しましたね。この結果によってあなたの負けは確定的です。
どうせなら今回のターンでMAX5枚のチップを賭けてもらいたかったものです。
そうしてくれれば、このターンでトドメがさせたものを...。
まぁ、いいでしょう。
次のターンでしっかりと終わらせてさしてあげましょう」
そう言って、ヘルヘルはテーブルの上から1つ、2つと数を数えながら、6つの”火種”を手に握る。
そして、その”火種”を俺の「
俺の体は、再びエメラルドグリーンの炎に包まれてしまう。
俺の耳に一瞬、俺の名前を叫んだジェスターの声が聞こえた気がしたのだが、意識は”痛み”に全て持っていかれてしまった。
そこからは、永遠にも思える時間の中で、ただただ”痛み”と戦い続けるだけであった。
本当に長い時間であった。
人生において最も辛い時間だったかもしれない。
”火種”6つ分で、18秒ほどの時間であった。
時間が長かった分、そして前のターンに焼かれたダメージが残っていた分、第1ターン以上に苦しめられることになってしまった。
そして、エメラルドグリーンの炎が消えたとき、俺は意識を失ってしまった。
「キン!!キン!!キン!!!!」
地面に倒れてしまった俺は、ジェスターによって起こされる。
意識がもうろうとしている。
少しの間、自分が今、何をしているのかがわからなくなってしまっていた。
なんとか、カジノの運命を賭けたギャンブルの途中であることを思い出す。
「......ジェスター、俺はどれくらいの時間気を失っていた?」
「......1分ほどよ」
「...そうか」
俺はテーブルに手を掛けながら、なんとかして起き上がろうと試みる。
一度は失敗をした。
二度目の挑戦で、ふらふらとしながらもなんとか立ち上がることに成功をした。
「さぁ、ヘルヘル。ギャンブルを続けようぜ」
そんな俺を見ながら、ヘルヘルは話しかけてきた。
「ほほう、立ち上がりましたか。正直感心しましたよ。合計27秒も時間”
「...ごたくはいいんだ。さっさと第3ターンを始めるぞ」
「キンと言う名の男よ、どうしてあなたは立ち上がるんですか?このまま勝負に負けてしまってもいいでしょうに。あなたのチップは残り1枚、敗北は確実です。あなたも勝てると思っていないでしょうし、勝つ気もないんでしょう?
立ち上がったところで、もう一度”
あなたが頑張る理由はこれっぽっちもありませんよ。
立ち上がらずに、そのまま負けてしまえばいいのです。
あなたの行動は理解不能です」
ヘルヘルは挑発をするわけでも、降参を促すわけでもなく、本当に俺のことを”理解”できないといった様子で見つめていた。
この言葉は、演技などではなく、心の底から湧き出た本音が現れているんだろう。
そんなヘルヘルに教えてやる。
俺が「頑張る」理由を。
俺が「立ち上がる」理由を。
横にいて、今も俺のことを支えてくれているジェスターを見つめながら言う。
「......俺のことを信じてくれた人が目の前にいるんだ。
その人は、俺が過去にどんな生き方をしてきたのかも知らずに、どうしようもない、ゴミみたいな人生を送ってきた俺をたった数日間一緒に過ごしただけで、信じてくれるんだ。
俺のことを”最強のギャンブラー”だって言ってくれたんだよ。
自分の親の形見である大切な店を、愛してくれる人たちがたくさんいる場所を、自分の人生を、俺を”信用”してギャンブルのテーブルへと賭けてくれたんだよ。
......俺はその人の”信用”に答えることはできなかった。
俺が選んだのは、その人のことを「裏切る」選択肢だった。
本当に、”ゴミみたいな人生”だよ。
俺は自分のために、その人のことを苦しめることしかできないんだ。
今、この瞬間も苦しめ続けている。
そんな人に対して、俺が何ができるんだ?
今更、「裏切り」は撤回できない。もう手遅れだ。
だとしたらさぁ、俺ができること言えば、最後まで戦い続けることしかないだろ?
例え、負ける未来しかなかったとしてもさ。
例え、悲しい結末しかなかったとしても...。
だから立ち上がるんだよ。
なんの意味もなかったとしても、せめて、信じてくれたことに対して少しでも恩返しがしたいんだよ!!」
「キン?」
俺の全ての気持ちを言葉にした後で、すでにジェスターの方を見てはいなかった。
もう、ジェスターを見つめる必要はない。
後は、俺の戦う姿を見せるだけなんだ。
「ヘルヘル!もう一度だけ言うぜ。
ごたくなんかはどうでもいいんだよ!!
勝負はまだ何も終わってなんかいないんだ。
さっさと、第3ターンを始めるぞ!!!」
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