とある少女の秘密事

雪乃ソラ

第1話

────青藍のような、薄藍のような空に雪のような雲を泳がせている。

今日はとても良い日だ。誰にとっても今日はいい日でありそう、と思わせるような快晴であった。

だが、そのような日に見合わない事を今から私はしようとしている。

此処から飛び降りる……。私は所謂自殺というものを試みようとしているのだ。


私は今、とてつもなく死にたい。

こんな自分が嫌だ。

自分に嫌気がさしまくって、意味が分からない方向にきてしまった。


ふと、ビュウッと強い風が吹いた。

それと共に私の唯一の取り柄である黒い綺麗な髪が揺れる。

髪に光が差し込み、色が薄く変わったりしている。


……やっぱり、今となればこんな真っ黒な髪なんて大嫌い。

はぁ、とため息を吐くが何事も無かったかのように時間は止まらずに流れる。


目を軽く瞑り、屋上の手すりを撫でる。

撫でた所に足を乗せ、少し空に近くなったような錯覚をするが、やはりこんな小さな体では届かなくて。

こんな細い手すりに立てるなんて、バランス力は良かったんだなぁ、私。


でも、"私"は今日でなくなる。

最後に何を言おうかなぁ、なんて考えていればバランスを崩してしまった。


咄嗟に口から出た言葉は、「さよなら、私の大嫌いで大好きだった世界」だった。



嗚呼、なにも思い残すことなんてない。

重力に逆らうことなく、私は落ちていく。

地面に引っ張られていくうちに、速度が増していく。

地面に叩きつけられたら痛いかな?なんてアホらしいことも考えてみたり。


……目が痛い。風を切る音以外、何も聞こえない。

それ以外聞こえないはずなのに、微かに聴こえた。


────シャララン。

一瞬だけ、鈴のような音が。

片目だけ軽く開け、圧迫されている体を何とか動かし、辺りを見渡すが何も無く。

(なんだ、幻聴か……)とまた瞼で塞ごうとしたが、ある1つの物に目が釘付けになったせいで閉じられなかった。





──────右目から炎が出ている少女。角が生え、耳が尖っており、纏っている衣服はうちの制服だが、彼女が着たそれは別物のように見えた。



口を動かそうとするが、出来ずに。

目が乾き、瞬きをした刹那、その子と目が合った。

綺麗な黒目だった。


私のように濁っていない。

こんな綺麗な、純粋な目を最期に見れた私は幸せだな。

目を閉じ、来るであろう衝撃に怖がりもせずに待つが、中々来なかったものでおそるおそる目を開けてみれば地面は目の前だった。


今からぶつかるのか、と考えたが、その場所から動いていない。

時間が止まってる!?

……いや、違うな……。


私が、止まってるんだ。

すぐに自分の中で解決をし、地面に柔らかい指の腹で触れてみる。


触れると体はそれを合図に地面に落とされた。

お腹を思いっきり打ってしまい、「げふぉ!」なんて女の子らしさの微塵もない声を出す。

お腹をこの高さから打っただけで痛いのに、あんな高いところから私は何を──。と考え、急に寒気がした。


自分は何をしていたんだ、と自身の体を抱きしめる。


その時、先程聞こえた鈴のような声音が響き渡った。





「キミ、無事だったのだね」




後ろを振り返ればあの時の少女が。

ニコニコと心を読めない笑みを浮かべて私に語りかけている。


そして形の整った唇をこう動かした。




「ねえねえ、キミ。死にたくない?うんうん、だよね……なら、とりあえずボクに着いてきてよ。話するからさ」



目から吹き出していた炎が燃え尽き、角と耳を普通の人間のように戻した。

……かっこいい。


いや、なんでこんな状況で私、冷静でいられてるんだろ?

いつもだったら「マジかよ!かっこいい!いいなぁぁぁぁぁあ!」みたいな感じなのに……。


少女に着いて行った先は、人気のない路地裏だった。

少女が振り返り、今度は笑みのない、でも全く読めない表情でこう言った。



「ありがと、来てくれて。ボクは村山 瑞希──ミズとても呼んでよ」



そう言ってミズは微笑んだ。

。。。

紅茶の陶器を指で弄びながら1人の女が一言呟いた。



「どうなるのでしょうね……?」



やがて弄っていた手を止め、紅茶を啜る。

コトリ、と皿の上に置けば水面が軽く揺れ、そこには鬼人の姿があったのだった。

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とある少女の秘密事 雪乃ソラ @yukino_sora

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