非可逆的リテイカー、或いは
京ヒラク
フィサリスの夢・〝A〟
AとBは同じプロットで登場人物が少し異なるバージョン違いです。
Aバージョンはより元ネタに近い形。
年代設定は2030年代。
2011年後半から2012年前半頃に書いた作品。
登場人物
彼女
ストーカーと呼ばれている少女。
青いジャージをアウター代わりにしている。
私
劇的な死を求める死にたがり。
死にたがりと言うが、そこまでではない。
博士
〝彼女〟に願望機まで連れて行って欲しいと頼む。
ガスマスクをつけている。
社長
〝彼女〟の雇い主兼顧客。
とりあえず社長と呼称をつけておく。
――――
○封鎖区域内
空の色は目まぐるしく七色に変化し続け、
周囲の色も同様に変化している。
それ以外は現代の都心部と変わらない。
生きているものは〝彼女〟しか居ない。
手の上で遊ばせていた六角ボルトを下手で放り投げる。
しゃがみ、ボルトが落ちた場所を見、
目だけを動かし軽く周りを確かめる。
石膏で出来た天を仰ぐ人のオブジェ。
宙に浮かんだまま硬直している魚の群。
舞ったまま、空間に固定されている鳥の羽や花弁、葉。
それらの奇妙な事象をゆっくりと踊るように避けながら、
道を進む〝彼女〟
○封鎖区域内・最深部
開け放たれたドア。
その先からは光がこちら側へあふれてきている。
仰向けに倒れている〝彼女〟
目を閉じる。
――――
○封鎖区域周辺・応接室
ハッと目を開く〝彼女〟。
何やら話していたような社長。
居眠りをしていたのか、だとするととんだ失態だ。
〝彼女〟内心で焦り、体が熱くなる。
棚の上にラジオが置いてある。
社長「聞いていたか?
30時間後だ。
準備しておけよ」
そう言い部屋を出る社長。
椅子に座っている博士。
社長が出て行くのを軽く会釈し見送った後、
〝彼女〟の方を見る。
汚染地帯でないのにガスマスクをつけている。
どうやらこの風変わりな男を案内するのが今回の仕事のようだ。
ルビーカラーでコーティングされたレンズに部屋の電灯、
そして〝彼女〟が映り込んでいる。
〝彼女〟思わず顔を背ける。
電灯のノイズがわずかに聞こえる。
○都市区画・駅・夏
駅のホームで電車を待つ〝彼女〟と私。
二人とも荷物抱えている。
紙袋に缶詰や水、アルコール飲料のボトルが入っているのが見える。
私 「ねえ。
いまここで線路に飛び込んだらどれくらい劇的ですかね?」
薄目で空を眺めながら。
彼女「なに、死ぬためにわざわざ人の多い場所まで出てきたの?
用事ってそんなこと?」
〝私〟がこの手のことを言い出すのはいつものことで、
軽くあしらうような、からかうような口調。
私 「違いますって。
買い物ですよ」
一息つき、夏の陽射しで焼けるレールを見つめる。
私 「でも、本当に飛び込んじゃいましょうか」
言外に一緒に飛ぼうと。
あるいは背中をタイミングよく押して欲しいと。
彼女「やめておいたほうがいいさ。
あなたの思っているように劇的なのは一瞬だけだし。
死体は規則通りに処理されて最後には機械に放り込まれるだけさ。
店に並んでいる合成食品やら家畜の餌になるんだぜ?
つまらないというか哀れな死に様ね」
この時代では有名な都市伝説を交え、あしらう〝彼女〟
私 「きっと、その一瞬がいいんですよ、たぶん。
それに人目につくような死ってなんか
それだけで表現めいているというか」
汗が額から鼻筋を伝う。
張り付いた髪の毛を一瞬鬱陶しそうに顔を振って、払おうとする。
私 「ああ、でも何かの材料になるのはきついですね。
いや、私という個が全体へ広がるとも言えるのか。
死してなお人の役に立てるとは、
それも結構ロマンチックですね」
その手があったか、というふうに小さく頷く。
真面目な口調、表情。
彼女「はいはい。
そういえば昔の犯罪組織とかは用済みの人間を処理するときにさ、
バラして豚の餌にしてたらしいよ」
私 「そうやって私をいじめるんですか?
酷いですね、
地獄に堕ちるといいです」
嬉しそうに言葉を返す〝私〟
○封鎖区域内
駅構内、客は無くただ彼女たちが居るだけ。
ベンチに腰掛けている博士、
柱に寄りかかり線路に視線を落とす〝彼女〟
博士「圧倒的な不条理の下では、
人はまた別の不条理を掲げなくてはならないだろう」
彼女「……」
博士「おかしなことを言っていると思うだろう、
これでも学者の端くれだしね。
中には常識から逸脱している現状こそが
利益をもたらすものだと言う者もいる。
だが、このご時世に利益や権力なんて、
そうそう大きな意味は持たないさ。
むしろ持っている方が厄介な場合もあるだろう。
地球上、各地にこの異常な空間が現れてからというもの、
世界情勢は大きく変化するという訳でもなく
人類は何をしたらいいのかもわからずに
いつも通り首を絞め続け、
ただ衰退しただけだ。
今の人類は奇跡にすがるしか無いのさ。
やり方がわからないからね。
都合のいい神様のようなものを求めているんだ。
希望を作りたいわけだ、わざわざね。
絶望の下で見いだす希望など、
碌でもないものだと過去の出来事から知っているはずなのに。
人はかつて宗教や哲学を切り捨て、法律をただし、
科学を信仰したが、
それに対する理解はなく、
見向きもせず、
ただボーッと遠巻きに眺めていただけに過ぎない。
結果として、
結局、科学もすべて人の願う物を具現するには至らなかった訳だ。
ある意味では人の不幸ですら人の願いだったかもしれないが。
信仰が、否、信頼と言った方がいいか。
まあ、それが流出により不安定になった。
そして、最後には自分たちの軽蔑していた
宗教や法律の真似事を始める始末さ。
とはいえ、何かよりどころを見つけなければ生きづらい。
しかし、一度死んだ者は生き返りはしない。
なにせ、神は死んだのだ。
我々が殺したと言っても何ら間違いではないだろう」
彼女「そこで貴方は人知れず狂った英雄気取りって訳ね」
〝彼女〟懐中時計を確認する。
博士「まあ、そうなるだろう。
時には理性を失うことも必要なのかもしれん。
それが自ら断頭台へ向かう行為だとしても」
立ち上がる。
彼女「嫌な夢」
歩き始める〝彼女〟
博士「酔えれば酔いたかったさ」
博士、従いて行く。
○封鎖区域周辺・応接室
部屋に入ってくる〝彼女〟
そこには社長と博士。
社長「来たか、ストーカー。
仕事だ。
このお方を都心部へ連れて行って欲しい」
それを聞いて一瞬目を伏せる〝彼女〟
無言で〝彼女〟を見る博士。
棚の上にはラジオがある。
ノイズが嫌に響き纏わりつく。
○屋上・夏?
柵にもたれ掛かり下を眺める〝彼女〟
それに声をかける〝私〟
〝私〟煙草を手に持っている。
私 「飛び降りるんですか?」
〝私〟抑揚のない低い声で投げかける。
彼女「あんたじゃ無いんだし」
〝彼女〟起き上がり、続ける。
彼女「ねえ、どんな願いでも叶うって言われたら何を願う?」
私 「ん?
どうしたんです?
急に。
そうですね~、
私は、いまのままでいいですよ、
今がずっと続けばいいと思います」
彼女「こんな緩やかに滅んでいく世界でも?」
私 「ええ。
私は永遠を愛していますから」
〝私〟煙草に火をつける。
彼女「一日の花を摘め、か」
私 「時よ、止まれ、とか言って転落したいですね」
吐き出した煙を目で追う。
彼女「助けには行かないよ」
〝私〟吸ってる煙草を〝彼女〟に渡す。
私 「どちらかというと私が乙女役ですよ」
受け取り、咥える〝彼女〟
彼女「直接的ではないにしろ、私に殺せと」
煙を吐き出し言う〝彼女〟
煙草を差し出す。
私 「それもいいですね」
〝彼女〟から煙草を受け取り、一口吸う。
私 「そうだ、あなたなら何を願います?
さっき私に聞いたんだから」
彼女「自分にはわからない。
自分自身の本当の祈りなんてさ」
私 「それじゃ私の願いが嘘みたいじゃないですか」
彼女「でも、私は嫌だな。
人間でいたいよ」
○封鎖区域内
地下鉄、駅構内。
客はおらず、ただ〝彼女〟と博士が居るだけ。
ベンチに座る博士。近くの柱に寄りかかる〝彼女〟
博士「個人の願いで世界が変わるなんて都合のいいことは言わないさ。
かと言って、いつまでも傍観者でいる訳にはいかないだろう。
この状況に対して、我々の執れる選択肢はいくつかあった。
このまま体に毒が回るのをただ座して待つか、
自ら致死量の毒を摂るか、
あるいはその毒を快楽に変えるか。
はたまた解毒剤を必死になって探すか、だ。
我々は自らの道程を自ら選択しなければならなかった。
その義務があった。
まあ、選択肢を掲示することに
選択の責任を回避しようとする意図が少なからず
存在することは否定できないが。
あまりにも多様すぎる可能性は結局のところ、
すべての可能性を殺してしまうのだろう。
私達の多くはそうやって生きてきてしまった」
そう語る博士を〝彼女〟は横目で見ている。
博士「一つ訊こう。
君はどうしてストーカーなんてあだ名される程に
この場所を訪れていたんだ?」
ガスマスクのレンズに蛍光灯の光が反射している。
○都市区画・駅・夏
駅のホームで電車を待つ〝彼女〟と〝私〟
二人とも荷物抱えている。
紙袋に缶詰や水、アルコール飲料のボトルが入っているのが見える。
私 「いまここで線路に飛び込んだらどれくらい劇的ですかね?」
〝彼女〟一瞬考えこむ、デジャブ。
私 「やっぱし、あのビルから飛び降りた方がいいですか?
橋から飛ぶのもいいですね。
でも、一昔前なら、標語を掲げて色々できたんですけど。
今のご時世では確かに劇的は劇的なんですけどって、
あれ?
大丈夫ですか?
暑すぎて壊れました?」
〝私〟の傷一つない両の手首がチラと見える。
眩しいほどの白い肌が抱えた紙袋と擦れ、
カサりと音を小さく立てる。
彼女「ああ、いや、何でも無い。
人を機械みたいに言うな」
私 「何を今更言っているんですか。
私達は人形に過ぎないのですよ。
ま、冗談ですけどね」
彼女「人体は自らゼンマイを巻く機械で、
永久運動のなんとかって言葉もあったっけな」
私 「どうなんでしょう。
永遠って言葉は割と好きですよ」
彼女「じゃあ、なんですぐ死にたがるのさ」
〝私〟の首元を見る。
シャツの襟から赤紫のまだら模様が覗く。
それを見て顎に力の入る〝彼女〟
私 「それとは違う話ですよ。
けれど人たるもの、
その生と死には意識を向けざるを得ないのです。
生や死は最も身近なものですしね」
彼女「何ヶ月も時間をかけて手に入れた命を一瞬で失うってのは、
切ないね」
紙袋を掴む手に力が入る。
私 「その一瞬がいいんですよ。
花火みたいでしょ?
そういうありとあらゆる瞬間をフィルムに留めておきたいな~、
なんてね」
彼女「趣味悪い」
本気で嫌そうに吐き捨てる。
私 「例えば、ですよ」
嬉しそうな顔、跳ねるような口調で。
真夏の陽射しがレールを焼いている。
○封鎖区域内
東京都心部を歩く〝彼女〟と博士。
建物は年代相応のものもあれば、
同種のものでも明らかに風化が進んでいるものもある。
歩道や車道はひび割れそこから植物が生えているところもあり、
その植生は自然ではあり得ないもの。
見た限りでは動物も虫もいない。
その中を〝彼女〟の先導で二人は歩いている。
途中で博士、立ち止まり、
ガスマスクのキャニスターを交換している。
その様子を見て、懐中時計を確認する〝彼女〟
また歩き出す。
進み続ける。
○〝彼女〟の部屋
〝彼女〟の部屋。
物は少なく、
マットレスの無いパイプベッドは物置兼椅子になっており、
部屋の隅に無造作にオレンジ色のシュラフが丸まっている。
空き瓶や空き缶、何冊かの本、弦の錆びついたギター。
無造作に脱ぎ捨てられた衣類。
一見すると年若い女の子の部屋には思えない。
彼女「あそこには噂されるようなものなんてないよ。
願望機なんて。
あるのは、
ちょっと不釣り合いな現象と
突然襲いかかる理不尽な死だけ」
私 「じゃあ、なんで行くの?
死んじゃうかもしれないんですよ?」
囁くように、言った後、
何かに気づいたように、
ニヤリと口を歪める。
私 「あ、もしかして」
彼女「やめて。
それ以上言ったら」
私 「言ったら?」
彼女「……ズルいよ」
夜は続いている。
月が揺らいでいる。
○封鎖区域内
駅構内、客は無くただ彼女たちが居るだけ。
背中合わせでベンチに座る博士と〝彼女〟
宙に浮いたまま静止した魚の群れ。
博士「我々は火と光に対する依存から離れるべきだ。
文明以前に戻るのとは違う形の発展と衰退を成す。
(一息つき)
それに興味があるのさ、
常識の内にありながらそれから逸脱しているこのいまに。
歯車の軸を外すんだ。
スクリーンを破り捨てろ。
壊すんじゃない、ただ拒絶するんだ」
横目で背後の博士の様子を窺う〝彼女〟
彼女「何が言いたいの?
話が見えないのだけれど」
博士「君たちは既に答えを得ているはずだ。
――我々のアタラクシアはそこにあるのだろう」
○屋上・夜・雪
雪が降る夜。
封鎖区域の方を見ている〝彼女〟
背に街のオレンジ色の光。
その隣にいる〝私〟
柵にもたれ掛かり、遠くの街灯りで照らされている。
彼女「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど、いい?」
私 「何ですか?
急に」
彼女「今の自分は幸せだと思う?」
私 「さあどうでしょう?
こういうのは、自分で決めるものでしょうけど。
そう簡単にはいきませんよね。
でも、
一つを除いてそこそこ幸せだと思います」
〝私〟左胸を軽く指差し、
〝彼女〟に向かって両手を広げ、胸を張る。
○封鎖区域内
新宿地下ロータリー。
雪が降っている。
〝彼女〟が先導し、歩く〝彼女〟と博士。
博士「空を自らの力で飛びたいと思ったことは?」
彼女「ないわ。
人はそういう風にはできていない」
拾った赤い空き缶を投げる。
「あるのは落下だけよ。
私達は宙に留まることも飛行することもできないわ」
空き缶は音を立てず跳ねている。
それを見て道を少し変える。
博士「そうかも知れないな。
では、人形に憧れたことは?」
彼女「それもないわ。
確かに美しいのかもしれないけれど。
それは予定されたひどく歪な作り物という見方もできる。
……何が言いたいの?」
博士「いや、なんとなくさ。
彼らはどこかへ行きたかった、
それだけのことでしかない」
彼女「こっちからも質問いい?」
立ち止まる。
後ろを振り返り、問いを投げる。
博士「ああ」
彼女「あなたは、ここへ一体何を求めてきたの?」
博士「……。
不条理下における希望は歪みだ。
そう思うだろう。
だから、何もかもから干渉されず、
しかし何も得られないような、
そんな理想的であり碌でもない世界が欲しい。
そう考えた人がかつていたんだ、
……いや、今もいる。
誰も彼もが不幸なままでいるのは、
勿体無いことだ。
意味がない。
どうにせよ鳥はもう落ちない」
構造から覗く空を見上げる。
○都市区画・駅
駅のホームで電車を待つ〝彼女〟と〝私〟
顔は見えない。
電車がホームにやってくる。
その車両に乗り込む。
〝私〟席に座る。
〝彼女〟その前に立つが、〝私〟が隣に座るように促す。
席に着く。
二人、電車に揺られている。
会話らしい会話もなく。
他の乗客の会話や車両の音だけ。
いつしか〝彼女〟うつらうつらとし始め、
目を閉じる。
○封鎖区域内・最深部
コンクリートの建造物。
開け放たれた金属製の安っぽいドア。
その先からは光がこちら側へ溢れてきている。
博士のガスマスクが地面に転がっている、
レンズは割れ、血糊がついている。
部屋の隅にはボロ布のような何かが転がっている。
〝彼女〟血まみれになりながら地面を這い、
光の方へ向かって手を伸ばそうとする。
が、両腕は捩じれ折れ曲り、もう動くことはない。
〝彼女〟その顔には決意とも諦観とも希望ともつかぬ表情。
そうだ、これは映画なんだ。
気に入らなければ、撮り直せばいい。
誰も不幸にならずに終わるような。
ハッピーエンドしか要らない。
ささやかな魔法のような。
解けることのない。
それも陳腐なほどの。
――――
○封鎖区域周辺・ビル屋上
雪が降っている。
〝私〟が屋上に立っている。
都市区画のほうを見ている。
背後の封鎖区域を見やるがすぐに前へ向き直る。
空の色、燻んだ灰の中にユラユラと虹色が揺らぎ、
浮かんでは消え、浮かんでは消え。
私 「つまんない」
小さく吐き捨てるように呟く。
○了
終
――――
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