02 君の強がり、僕の弱味

「仕事が忙しくて」と彼女に言い訳する男は甲斐性なしだと思っていた。


四の五の言わずにどうにかして時間作れや、大好きな彼女のためだろ!? と。そう、20代前半までは。


今となっては、残業で帰りが深夜になったら「ただいま」のLINEを送るので精一杯だし(それさえも褒めてほしいと思っている)、会えない日が続いても電話をかけることすら億劫だ(でもその事実が彼女に対して申し訳ないことをしているという自覚は持っているからやっぱり褒めてほしい)。

休日も「ごはんでも作りに行こうか?」という彼女の申し出に「申し訳ないから」「君に悪いから」と言って断る。悪いとは思っているけれど、本音は『会うのが面倒くさい』。そんなこと、彼女はきっと気がついているのだろう。それでも文句など言わずに「分かった」と返信をくれる。「無理はしないで、体には気をつけて」という気遣いも添えて。

彼女がほかの優しい男に心を寄せることになったとしても、挙句浮気をしたとしても、俺はきっと何も言うことができない。その男は間違いなく俺よりいい男だ。その一方で、彼女はそんなことをしないと信じているところもある。


彼女のご機嫌伺いに行かなきゃな、と思い始めてから1週間が経つ。家も近所なのだから、帰りにちょっと顔を出せばいいのに、それができない。

彼女がひょっこり現れてもいいのでは? と一瞬思ったけれど、きっと俺は会いに来てくれてありがとうと言いながらも、「それよりもひとりで寝たいんだよなあ」と心の中でぼやくに違いない。そこそこにロクでもない、とベッドでゴロゴロするのが至福だった。


*****


「牧田くん、これどうぞ」


朝イチのオフィスで、同僚の女の子からかわいらしい包みを手渡された


「えっと……?」

「やだな、今日はバレンタインですよ?」


カレンダーを見る。そうだ、2月14日。バレンタイン。


「……ありがとう」

「どういたしまして。ホワイトデー、期待しているから」


にこやかに微笑む彼女は同じ部署の男性社員全員に渡しているらしい。

珍しく、今週の木曜日は会えないのかと彼女に食い下がられた。そういうことだったのかとため息をつく。

今日は会食があるから帰りはおそらく0時前だ。そんな時間に彼女に来てもらうのは申し訳ない……いや、しんどい。明日だって仕事があるのだ。

これはいよいよフラレるかもしれない。付き合って4年。会えない日が続くことがあっても、イベントのときは必ず会っていた。マメな彼女に引きずられているところはあったけれど、おかげで毎年、少しずつ思い出は増えていた。


もし、会食を早めに抜けることができたら、彼女の家に行ってみよう。そう思っていたのに、先方はなかなか帰してくれなかった。

「バレンタインに一緒にいてくれる彼女もいないのか、寂しいもんだな」

いえ、あなたが早く解放してくれたら会いに行けるんですよ。

でも、こんな日にだけのこのこと現れる俺に彼女はなんて思うだろう。そう思ったら、強い態度に出ることもできなかった。


呑みすぎてフラフラになりながら、自宅玄関にたどり着く。ドアノブに、紙袋が引っかけてあるのを見つけて、目をこする。

中を確認すると、チョコと思われる包みと、メッセージカード。


『ハッピーバレンタイン。今年はクッキーを作ってみました。味の感想は次会ったときに教えてね』


はあ、とため息をつく。

俺が機嫌をとらなくても、君はちゃんと自分の機嫌が取れる。そんな君に甘えてる俺のままで、いいのかな。


紙袋を持って、踵を返した。

こんな時間に行ったら怒られそうだ。知ってる。

でも、クッキーの感想も伝えたいし、今日はとびきり寒いから、君で暖を取りたい。

やれやれ、どこまでいっても、俺は君に甘えっぱなしだ。


Fin.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る