吸血鬼少女と少女の素敵なバレンタイン

阿賀沢 隼尾

吸血鬼少女と少女の素敵なバレンタイン

「今日もするのか? アリス」

 私と同居している銀髪の少女は言った。

「え? それ、私に言う?」

 私は、だいぶ前に彼女と行なった行為が脳裏に蘇えった。


——————


 雪の降る休日の夜の事だった。

 数ヶ月前のことだったと思う。

 その時から既にこの銀髪の吸血鬼とはルームメイトだった。


 私は、聖職者——西洋の呼び名では、そういうが、私たちの地域では【陰陽師】と言うのだけれど。

 その【陰陽師】になるために、私はこのマリンス女学院に通っているのだ。


 高度な魔術の技術と知識が学べるこの学園では、6年制を採用している。


 私達の授業は基本的には選択制。

 卒業に必要数の科目数に合格していれば、基本的には自分の好きな学問を学ぶ事が出来る。


 1.2年生は基礎教養。

 1.2年生全員で、担当科目の教員から、魔術や妖術、呪術など、様々な幅広い学問を浅く広く学ぶ。

 何を学ぶかは自分次第だ。


 3年生からは、大きく分けて魔術、妖術、呪術、除霊術に別れて、その科目によって人が分けられる。

 さらに、その科目から自分の学びたい科目を選ぶ。


 専攻以外の科目も学ぶことが出来るが、専攻科目には必要数学ばないといけない科目がある。

 それを満たしていれば、基本的には他の専攻科目も学んでいいという事になっている。


 4.5.6年生になると、3年生からの専攻科目に続き、実践実習が入ってくる。

 これは、実習テストというものを受けて、戦闘力や能力のバランスが良くなるように振り分けられる。


 で、5.6.年生には、論文を書かないといけない。

 もちろん、実習をしながらだ。

 と、この学院生活の流れは、大体このようになっている。


 で、私とカミュちゃんは、お互いに寮に住んでいて、去年の春に初めて会ったのだ。

 初めて、彼女から声を掛けてくれたのを覚えている。


 そう、丁度この部屋で、

「初めまして。妾はエリザベート・カミュという。吸血鬼だ」

「きゅ……!?」


 吸血鬼と言う単語が彼女の口から出たのを私は見逃さなかった。

 陰陽師の家系である故に、妖あやかしの類とする者の名に敏感に反応してしまう。


 私はその時に、

「妖と人とは共に生き合うもの。共存関係にあるべきなのじゃ。決して、対立し、争う関係であるべきではない。陰陽師とは、その術を学び、その知識、技術を専門家として、妖と共生する為の処世術を民に伝える役割を持つ者を言うのじゃ」

 とお爺様が言っていたのを思い出して、負の感情を堪えた。


 しかし、一緒に同居してみると、彼女は悪い人ではないということが分かった。

 お爺様の言う通りだったのだ。

 そんな時、私は彼女に惹かれてしまう自分に気付いた。


 彼女も私と同じ聖職者(私の場合は陰陽師)を目指しているらしく、同じ科目を受講している時が多かったのだ。


 吸血鬼の能力に【魅了】の力があるのは知ってはいたが、私のこの気持ちがそのせいなのかどうかは分からなかった。


 そして、去年の12月25日。

 つまり、クリスマスの日に私は、彼女にこの想いを告げたのだ。

 彼女はその時に、

「気持ちは嬉しい。妾もそなたのことが好きだ。だか、妾とそなたは敵対同士。いずれは戦う運命にある者だ。お互いの為、そのような関係になるのは不味くはないか」

 と友達以上恋人未満の関係でいようと言われた。


 が、私はどうしてもこの気持ちを抑えることが出来なくて、彼女にキスをした。

 それから、彼女と私の関係は、友達以上恋人未満、夜な夜なキスをし合う関係というふうな微妙な関係になっているのだ。


————————


 思い出しただけでも恥ずかしい。

 耳まで熱くなっているのが分かる。

 今更、恥ずかしがることなんて無いんだけれど、自分が同性とこんな事をしているということに、今更ながら羞恥心を感じてしまっていた。


 そんな戸惑う私なんかお構いなしに、銀髪少女は私に聞いてくる。

「なぁ、アリス。今日も妾とやるのか。やらないのか。どうなんだ」

「そ、そ、そそそそんなこと言われても困るって言うか、いや、別に私は嫌じゃないけど、寧ろ気持ちよかったし、初めての体験だったし、何か気持ちが高揚してて良く分からなかったっていうか、何というか――――」

 あっーーーーーーー!!


 恥ずかしい。

 超恥ずかしい。

 多分、今私顔真っ赤。

 リンゴみたいに真っ赤になっているよ。


 ていうか、私何言ってんの!?

 もう、頭の中が白くなって何が何だか――――

 両手も意味もなくあたふたと空を泳いでいるし、顔もとても熱いしで、もう、私ってダメだなぁ。


「おい、顔が赤いぞ。今日は一緒に寝るのか寝ないのかどっちなんだ」

「ほ、ほへ?」

 間抜けな声が出てしまった。


 い、一緒に寝る?

「そうだ。アリス、時々『寂しいよ。今日、一緒に寝よう』とか言って私のベッドまで来て一緒に寝ているではないか」

「あ、あ、た、確かにね。あ、あーはは」

 やばいぃ!

 そうだった!


 私は、時々寂しくなることがある。

 突然だ。


 原因はよく分からない。

 夜になることが多いので、彼女に良く添い寝をして貰っているのだ。


「ん? どうしたんだ?」

「な、なんでもないよ! うん。なんでもない」

 も、もっーーー!!

 何なのよ一体!

 私、恥ずかしい思いをしただけじゃない。


 そんな事を思っていると、銀髪少女——エリザベート・カミュが心配そうな顔をして、

「アリス、大丈夫か。まぁ、アリスは寂しがり屋だからな」

「だ、大丈夫だってば! カミュちゃん、私のことからかっているでしょ!」

「ふふふ」

 彼女は口を押さえて、けたけたと笑う。

 ほら、すぐそうやって私をからかう。


「ふんだ! カミュちゃんなんてもう知らない!」

 カミュちゃんから顔を背ける。

「まあまあ、そう言わずに。今日は何の日か知っているか? アリス」

「え? 今日?」

 私が振り向くと、ポンッ、とカミュちゃんが私の口の中に茶色いものを入れた。


 あまりに突然な出来事だった。

「まふっ」

 少し黙って、とでも言いたげにカミュちゃんの人差し指が私の唇に触れた。


 甘い香りが口の中に広がる。

 これは——

 チョコ!?


「アリスちゃん」

 カミュちゃんが指先を胸の前でモジモジさせながら、顔を初恋の人に告白するかのように赤く染めて、恥ずかしそうに、

「ど、どうだ? 妾の作ったチョコは」

「美味しいよ! 甘いし、どんどん口の中で溶けていくよ!」


「それ、妾にもくれないか」

「え!? でも、もうこれ私食べちゃったよ?」

「だから良いのだ」

 カミュちゃんは、お人形さんのような細く、透明な白い肌をした腕を伸ばして来た。


 彼女の腕は、私の首に巻きついて、後頭部を両手で撫でるかのように触られる。

 すると、彼女は——私の友人の銀髪美少女は、両手に力を入れて、頭と頭を近づける。


 いや、正確には違う。

 私と彼女はお互いの唇を重ね合わせた。

「!?」

 少しは驚いたけれど、それほどではなかった。


 それよりも、彼女の小さくて、柔らかい唇が重なったことへの幸福感の方が大きかった。

 彼女が私を求めて来てくれたことの方が嬉しかった。


 彼女は目を瞑り、私と唇を重ねると、透すかさず舌を私の口に侵入させて来た。

「ん、んんっ」

 私は、彼女にされるがままにした。

 彼女なら、なんでも受け入れられると、この身を委ねることができると思った。


 お互いの舌が甘いチョコを溶かしていく。

 生暖かいチョコの味と彼女の甘いキスの味が入り交じる。


 溶かして、溶けて、蕩けていく。

 何もかもが蕩けてしまう。


 顔が熱い。

 恐らく、今私の顔は血の如く赤く染まっているのだろう。


 トクン、トクン、トクン——

 彼女の心臓がゆっくりと動いているのを感じる。

 乳児のように柔らかい肌に、暖かい体温が私の体中に伝わって来る。


 彼女のか細い体を包んでいるゴシックロリータな黒と白の服は、吸血鬼である彼女にぴったりだ。


「あっ、ん……んんっ」

 腰に当てている手を上に移動させて、彼女の頭に持ってくる。

 絹のようにさらさらな長い髪の感触が、手に伝わってくる。


 すん、と鼻で息をすると、花のような甘美的な匂いがした。

 私達は、チョコの甘い味がしなくなるまでキスをし続けた。


「ぷはぁ」

 どれくらいキスをしていたのか分からない。


 私とカミュちゃんは唇を離した。

 名残惜しそうに、唾液が2人の下唇に透明な橋を架ける。

 カミュちゃんは、それを丁寧にティッシュで取って、

「なぁ、まだまだチョコあるんだ。食べるか?」

「うん」

 私は彼女の問いに頷いた。


 それから、私とカミュちゃんは、彼女の作ったチョコが無くなるまで甘いキスをし続けた。


 これほど甘いチョコを私は味わったことがなかった。

 彼女の舌が私の舌と絡み合って、蹂躙じゅうりんする。

「んんっ……ん、あう、んっ」

 彼女の舌の動きは、どこまでも艶めかしくて、色っぽくて、蠱惑こわくしそうな程だった。


 チョコの味が無くなっても、甘いカカオの味が残った。

 私とカミュちゃんはその甘さを求めてキスをし続けた。


 私達の関係もいずれはこのチョコのように無くなってしまうのだろうか。

 私は、ふと、そんな不安に駆られた。


 彼女は聖職者を夢見てはいても、吸血鬼である。

 言わば、彼女は【吸血鬼ハンター、ヴァンパイアハンター】なる者になろうとしているわけだ。

 何故、そのようなものになりたいのかは知らないが。


 そして、吸血鬼であるが故に、間違いを犯す可能性は十分にある。

 いや、間違いを犯してなくても、彼女はいずれ聖職者によって狩られてしまう運命にあろう。

 その時、私は、彼女にどう向き合い、どう立ち向かったら良いのか分からない。


 友人として、友達以上恋人未満の関係の1人として、それとも、職務上の敵同士として——

 彼女に私は、どう接すれば良いのだろう。


 いつかは来る、その運命の時までに私は、その問いの答えを見出しておかなければならない。


 もう、そんなの今考えても今の私には分からない。

 私は、銀髪少女の唇に一層強く自分の唇を重ね合わせた。

 強く、厚く。


 でも、どんな事があっても、私の彼女に対するこのこの熱い想いはかわらないとおもう。

 消えない友情と愛情——

 これだけは本物であると私は信じていたいと思うのだ。


 この瞬間だけは、今、この一瞬だけは、彼女を感じていたい。

 そう思った。

 私達は唇を重ね合わせたまま。カミュちゃんのベッドまで移動した。


 ドサッ


 カミュちゃんが私に覆い被さるような姿勢で、私達はベッドに倒れた。

 私の両腕は、彼女の両手によって封印された。


「んんっ……」

「ぷはっ……」


 私とカミュちゃんは唇を離す。

「お前の全てを妾は欲しい」

 彼女はうっとりとした目で言った。


「好きにして」

 カプリ、と私の首筋に彼女は歯を立てる。

 ドクン、ドクン、と自分の生暖かい血が流れているのを感じる。


 小さな痛みが、血が彼女の中に入っていく。

 心地よかった。

 私は、快感に似たものが私の中に存在しているのを感じた。


「あっ……んんっ」

 私の一部が彼女の体の一部となるのが心地いいのだ。

 彼女と私はこの血を通して繋がっている。

 血という体の糸で私達は、繋がっている。


 彼女と体を共有している。

 そのような不思議が一体感を私は感じていた。


 私達は、そんな感覚を覚えながら、日付が変わるまで甘く、深紅の海の底まで溺れ、沈み込んでいった。

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