逆さに

韮崎旭

逆さに

 言語的情報の出力をしないといけないのだ、さもなくば私は人間ではない。そう思い始めてもう何日だろうか。私は文章を書くために文章を書いている。もしくは本屋で自身の卑賤さに思いをはせて憂鬱になる。

 

 こんな人間が本屋に来るべきではなかった。ここには文明がある。文化がある。私にはそれらがない。卑賤で野卑で野蛮。申し訳ありません。存在していることが罪悪感に直結していく。こんな人間が本屋にいていい理由とは、おそらくは本を買うことなのだろう。しかし私の先の卑賤さにかんがみるに、きっと下劣で無内容な、そう、可能な限り下劣で無内容な、本屋にきてもいい人間からは顧みられないような、ゆえに見づらい隅などに乱雑に放置されているような、そのような本しか買えない。

 

 書物に貴賤をつけてはならない。お前の品性の欠如を、他のものに帰責してはならない。それはするべきではない行動だ。だからお前は本屋にふさわしくない。本当は、BGMがうるさくてならない。それは罪悪感からくる感性なのか、もしくは実際にほかのどこかよりBGMがうるさいのか、つまり音量が大きかったり、特別人間の癇に障るようなものであったりするのか?


 ほかの場所にはこのような印象を持たないから、書店だけが私に罪悪感を与えていた。というのは嘘だ。罪悪感でない敵意なら、常備している。いつでも取り出せるように鋭利に研いである。


 食料品店は宿命的に下品になりやすい。それは食事が下品だからだ。人間自体が下品だからだ。それが、意志に依らぬ身体的な欲求だからだ。それを公然と満たそうとするなら、下品さが表れることに何の不思議もない。


 嫌悪しながら調理した。調理すれば少しはこのひどい抑うつもおとなしくなるかと考えた。気分転換に喫茶店に行くための気分すら持てなくなってきた。喫茶店には当然ながら人間がいる。話し声がある。BGMが、カップや皿にほかの食器がぶつかる音が、食事の騒音が、存在している。妙なふるまいをすれば、行儀の悪い、店にふさわしくない客だと思われるだろう。そのうるささゆえに、行儀悪く常にイヤフォンで音楽を聴いていないと私はいけないのに、その行儀の悪さゆえに、従業員ばかりでなく、客からも白眼視されるのだ……あの人間はマナーを知らない……。


 気分が滅入ってくる。当然のように、近隣のコンビニエンスストアにすら立ち寄ることができない日が続く。怖くて仕方がないからとても着飾ったり、むしろ故意にいい加減ななりで出かけたりする。すると、当然その辺の人間から白眼視され、嘲笑され、全世界から愚弄されているような気分になる。全世界は私を愚弄するほど暇ではないと空想上の知人が私に述べる。どうしてこんな風に……こんな風に、私は全世界から愚弄され、嘲笑され、小ばかにされ、つまはじかれるのか、そういう事態が実在するいかんにかかわらずそう思いこまないといけないのか?


 先にいる何かは私ではないし、私は疑心に拘束されている。興味を持ったなら確信してください。嘘であるならば紹介してください。今回の恐怖は気象条件だとなだめすかして見せてください。皿の上では悪意が沸騰しています。舌の上では災害が嬉しそうに飛び跳ねています。半減期に献花をした、その娘は亡霊でした。


 国会中継をききながら答えてください。信用ならない善行にはなまるとか与えてください。おぼつかないポルカにはコデインを、危なげない愚行にはエフェドリンを、それぞれ送付してください(定形外郵便)。私はあなたやあなた方をまるで信用していない。不意を感じっる、深まってゆく夜に、自動筆記のように平然と全世界の害意を詐称して見せたら、幕引きは近づいているのでしょうね。紺色のインクで書きつけた、バターを買ってくるように、と。

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