第6話常念岳1
その週末影一は車を運転していた。
土曜日の昼間から愛知県を出て長野県へ向かっていた。
今回の目的地は常念岳。
ルート本によると北アルプスの入門的な山で悪場はなく槍ヶ岳、穂高連峰の展望が抜群らしくなんとか槍ヶ岳を一目見たい影一にとっては理想的な山だった。
ただしルート本では一泊二日が推奨されていたが山での宿泊経験や装備がないので日帰り以外考えられない。
コースタイムは10時間程度となっていて前回の黒味岳で7時間程度の行動が出来たのでプラス3時間程度ならなんとかなるように思えた。
「少しハードだがなんとかなるだろう。」
そう思って前夜泊をして朝一で登山を開始して日が暮れる前に帰ってくる作戦とした。
松本市辺りまでくると左手にきれいな三角形の山が見れた。
あれが常念岳のようだ。
夕日に照らされた常念岳を眺め明日の登山に思いを馳せるのだった。
登山口に近いコンビニで買い出しをして暗くなった林道を登山口に向けて走った。
駐車場に着くと夕食を済ませて寝ることにした。
翌朝。
天気予報どうりの晴れ。
日の出と共に行動開始する。
一の沢登山口には登山案内所の様な建物があるが人気がないので素通りする。
建物を過ぎるとすぐに登山道になる。
屋久島の森とはまた違った雰囲気の登山道。
木が生い茂り遠くから沢の音が聞こえる。
空気はひんやりとしてまた山に来れた実感が湧き嬉しくなる。
しばらく歩くと山の神という鳥居と祠がありそこで今日の登山の安全を祈ってまた歩き出す。
比較的なだらかな道が続いた。
どきどき沢のすぐ横を歩いたり渡渉したりしながら歩く。
一の沢登山道というくらいなのでおそらく川幅の広いこの沢が一の沢なのだろう。
渡渉するときに沢の水を触ってみたが身を切るような冷たさだった。
3時間ほど歩いたところで胸突き八丁という看板が目に留まった。
ここからは階段がつけてあって凄い急登が続いた。
少し息があがったが体力にはまだ余裕があった。
その後も崖っぷちについている登山道を歩いたりまた急登が続いたりで入門的な山といいつつもけっこうハードに感じた。
樹林帯のジグザグ道を詰めていくとベンチがいくつかあり二つ目のベンチで休憩をとった。
コンビニで買ったおにぎりを食べていると上から降りてきた単独の男性に話しかけられた。
「いい靴履いてますね。」
みたところ30代後半くらいの清潔感のある人だ。
どこか山なれたような雰囲気を感じる。
「今日おろしたてなんです。」
はじめて登山中に人に話しかけられたので少し驚いたがとっさに答えた。
その人は影一の靴に興味を持ったらしくどこで買ったのかだとかなんでその靴を選んだのかなど色々聞いてきた。
「ニューバランスが登山靴出しているなんてはじめて知ったけど履きやすそうないい靴ですね。」
そして話しが一段落したところで影一は気になっていたことを聞いてみた。
「今までで一番よかった山ってどこですか?」
山の経験が豊富そうな人が選ぶいい山ってどこなのかすごく気になった。
おそらく聞いてもどこの山かはピンと来ないだろうが。
さっきからにこにこしていた表情が少し懐かしそうな感じに一瞬変わりまた元の表情に戻った。
「ヒマラヤに7000mくらいの山があってね。」
その人はゆっくりと語り出した。
「僕たちのチームはアルパインスタイルでのぼっていたんだ。」
アルパインスタイル?
聞き慣れない単語が出てきた。
その後も登山の専門用語と思われる単語がたくさん出てきたが話しを要約すると
7000mくらいの山に登っていて登山の行程は順調に進み技術的に難しい場所がいくつも出てきたがトレーニングの成果もありなんとか越えていき遂にパートナーと共に山頂にたどり着いたらしい。
「最高の瞬間だった、彼女もいままでみたことのないくらい喜んでいた。」
しかし悲しそうな表情になり続ける。
「でもBCで彼女は亡くなったんだ。」
原因はよくわからなかったらしい。
高山病かなにかか?
でも彼女は高度順化?は順調で高山にも強い体質だったようだ。
「それが僕にとって、いや彼女にとって最高で最後の山だった。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます