Be My Valentine
久遠海音
Be My Valentine
2月14日。日本では女が本命男にチョコレートをあげる日。とは言われているが、昨今の女性陣は義理でも男にはあげないことが多くなり、片思いの本命相手でも、彼氏だろうが夫だろうが大したチョコをあげない。(いや、彼氏や夫だからこそ大したチョコをあげないのかもしれない)女性陣は友チョコや自分へのご褒美チョコに夢中だ。本来の意味は何処へやら・・・。完全にお菓子メーカーに手玉に取られている。そもそも日本のバレンタインそのものが可笑しいのだ。バレンタイン本場の欧州では男が彼女や妻に贈り物(花束やアクセサリー等)をする日である。そこをチョコレートを売りたいお菓子屋が目をつけ、「バレンタインは女の子が好きな相手にチョコをあげる日ですよー」と洗脳し、今のような風習になったに過ぎない。全ては企業戦略でしかないのだ。それなのに世の男どもは浮かれまくりおって。みっともない。それに2月14日はヴァレンタインという司祭が処刑された日であり・・・
「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるさあああああい」
俺は勢いよく丸めた分厚いパンフレットで頭を思いっきり殴られた。
「何すんだよ、姉ちゃん!!」
「うるさいんだよ、あんた。これだからモテない思春期の童貞は・・・」
と溜息を吐く。
「うっせーな! こんなとこに連れてくる方が悪いんだ!!」
俺が今いる場所。某デパートのバレンタインフェア。人が大量にごった返し、ケースに入ったチョコを見ることも出来ないくらいだ。ギラギラと目を輝かせた女性ばかりなのは勿論の事、俺のように荷物係としてフェアに同行している生気のない男たちもちらほら居た。
「しょうがないでしょ。友達からもいっぱいチョコ頼まれてるし、限定チョコは必ず取ってくるようにと、ママからミッションも出てるし」
姉ちゃんは先程俺を殴った分厚いパンフレットを広げる。
「ほら、これこれ! 今日13:00から販売される限定チョコ! これを手に入れないとママに殺されるわよ」
「姉ちゃんだけ殺されてろよ!」
「何言ってんの。あんたも同罪に決まってるでしょ」
姉ちゃんと言い合っていると、メガホンで話すおじさんの声が聞こえてくる。
『間も無く、整理券を配布いたします!』
やっと配布かよ。待ちくたびれたぜ。
「あんたもちゃんと受け取るのよ!」
姉ちゃんは俺に念を押した。ママの分だけなら、俺は列に並ぶ必要がないと思うのだが・・・。
「これ、もしかして姉ちゃんの分も入ってる?」
係りの人から券を受け取りながら聞くと、
「よっしゃ!これでママに怒られる事は回避できたと言っていい!!」
姉ちゃんは整理券を受け取ると嬉しそうに言った。おい、今誤魔化しただろ。
俺がジトーッと見ていると、姉ちゃんは俺に肩を回した。
「ままま、少年。君にも欲しいチョコ買ってあげるから。ほら、お姉さんに遠慮なく言ってみなさい」
「んじゃ、ブルガリのチョコで」
一瞬、姉ちゃんの顔が笑顔のまま固まった。ブッサイクな顔だ。
「ん?ちょっと周りが騒音すぎてよく分からなかったな。仕方がないから、お姉さんオススメのチョコを奢ってあげよう」
結局、要望は通らないんかい!
「いやー、いい買い物だった♪」
ホックホク顔の姉。その横にいる俺はゲッソゲソ顔だと自分でも分かる。
「そりゃー、良うござんした」
「何よ、その顔ー。あんたにもチョコ買ってあげたんだから、もう少し嬉しそうな顔しなさいよ」
「まあ、美味しそうではあるけど・・・」
姉ちゃんたちが買ったやつの中で一番安いチョコだと分かってなければ、嬉しかったと思う(見た目は高級感あるから)。けど、値段を知っているので何か納得できない。
「良いチョコ食べたかったら自分で小遣い貯めるかバイトして買いな。それか、亮ちゃんの本命の子から貰えば??」
ニヤニヤする姉。
「いねーよ、そんなの」
「あれ? そうなの?? 亮のパソコンの検索履歴に『バレンタイン 男 告白』とかあったからてっきりそうだと思ったんだけど・・・」
一気に顔が赤くなるのを感じた。
「何勝手に人の検索履歴見てんだよ!?」
マジありえねー、なんだこいつ、エイリアンかよ!?
「だってエロ本探しも飽きたし。けど暇だったから、『そうだ!何のAV見てるか探してみよう』と新たな冒険をしようと思ったら見つけて・・・」
「待って! エロ本探したの!? え? 見つけた? 見つけったって事だよね!!?!」
マジこの姉死んで欲しい!!!
「けど、安心して。エロ動画は結局見つけられなかったから。小まめに消してるんだねー」
「いやいや、色々ありえねーから!」
あっぶねー。先週消しといてよかった。
「もう、ごめんって。その代わり協力してあげるからさ」
手を合わせてウインクする姉。嫌な予感しかしない。
「ぜってー、面白がってるだけだろ!」
「バレた?」
テヘッと自分で拳でコツンとやる姉。
「きめぇ・・・」
つい口から漏れてしまい、姉ちゃんの顔が真顔になる。
「殺す」
「すんません」
え? おかしくね? 何で俺が謝らせられてるの?? どう考えても、俺、被害者じゃね??
「仕方がないから、許してあげる」
ニヤニヤしながら言う姉。
「これから、優くんにはミッションを与えます!その内容は___」
________学校のチャイムが鳴り響く。やっと昼休みだ。
「亮! 購買行こうぜ」
友人の慎吾が俺の机をバンバン叩く。
「残念。俺、コンビニで買ったから」
ふりふりとコンビニおにぎりを慎吾の前で振った。
「まじかよ。仕方ない、行ってくるわー」
と慎吾はだるそうに去って行った。教室はがやがやと賑やかで、それぞれグループを成して昼食を摂っている。俺は慎吾が買い終わるのを待つ間、スマホをいじろうとする。と、隣の女子4人グループの会話が耳に入ってきた。
「もうすぐバレンタインじゃん? みんなあげたい人とかいるの??」
そのグループの中心的存在の桜井が話題を振ると、背が低く、マシュマロボディの黒髪ショートがよく似合う女の子で、かつ黒く大きなクリクリの瞳が可愛い川島響子ちゃんがニコニコと微笑みながら
「私、友チョコ作ろうかなーって思ってるー♪」
と言うのが聞こえた。友チョコ!!! 響子ちゃんが!!!? 俺も響子ちゃんの手作りチョコが食べたいよーーーー!!!! 本当、響子ちゃんマジ可愛い。うちのセーラーの制服をここまで可愛く着こなせる子はそうそういない! マジ好きだ!!!!
「響子のお菓子めっちゃ美味しいからそりゃ楽しみだわ」
水城が嬉しそうに答えるが、桜井はそうじゃないのよ、と言いたげにチッチと舌打ちする。
「それもいいけども! そっちではなく、本命の子はいないのかね? 響子君?」
!! めちゃくちゃ聞きたくないけど聞きたい話題! 俺だったら超最高! 俺じゃなかったら、そいつを抹殺してやる!! という使命感の下、耳をダンボにして彼女の言葉を一字一句漏らさぬように聞こうとする。
「本命かぁ。本命は・・・「優!! 俺、なんと購買で即完売の焼きそばパンをゲットしてきたぜーーー!!!」」
慎吾が大きな声で嬉しそうに戻ってきた。お前のせいで聞こえなかったじゃん。せめて周りの反応で何か分からないか!? と再びそちらに視線をやると
「えー。そうなの!?」
「知らなかったなあ」
と女子同士でワイワイキャイキャイ言ってるだけで、誰の名前を響子ちゃんが挙げたのかは全く分からなかった。
畜生! 慎吾のせいで!!!!
「よかったな」
「え? 何その怖い顔。そんなに食べたかった?」
きょとんとした顔の慎吾に俺は溜息ついた。
「——んで、ミッションは果たせた?」
家に帰ると、ニヤニヤした顔で、姉は訊いてきた。
「は? ああ。すっかり忘れてたぜ」
「はああああ!!? この私が、協力してやるって言ってるのにぃい!!??」
「別に協力しなくていいっつってんだろ!!!」
「生意気な! この童貞野郎がぁああああ」
「いてててててえええええええ。締め技はやめろおおおお」
元彼の影響で、プロレス好きになった姉ちゃんはことあるごとに絞め技をするようになった。元々暴力的な姉だったからさらに暴力的に。恨めしいぜ、元彼さんよお!!!
「全く、好きな子の欲しいものくらい聞けないでどうすんのよ!!」
「別に訊く必要ないだろ!」
「もしかして、テキトーにネットで調べて渡そうとか思ってる?」
「え・・・」
「甘い!!! ネットのランキングが必ずしもその人の欲しいものランキングじゃないの!! いい? 仲良くもない人から貰うプレゼントほど、自分の趣味と合わない欲しくもないものだとそれだけで心証悪くなるのよ! 逆に!! めちゃくちゃ自分好みだと、それだけで一気に好感度アップが狙えるの!! だからこそ、相手の欲しいものを何がなんでも聞き出せっつてんの!」
「おおう・・・」
「わかったら、ささっと聞き出しに行けぇええええ!」
「ひえええ!!」
姉に家から追い出された俺は、とぼとぼ歩きながらスマホをいじっていた。Lineのグループのメンバー一覧を見る。一覧には『Kyoko』の名前が。一応クラスのグループラインを使えば、連絡は取れる。
・・・でも、いきなりそんなこと聞くのハードル高くね!? 一歩間違えたら、クソキモい行為じゃ・・・。
うわああああ。どうしようどうしようどうしよう!!! どうやって聞き出そう!?
あ! そうだ!
俺は『Kyoko』を友達追加し、「突然、ごめん! 化学の宿題ってやった? 俺明日当たるから、教えて欲しい。。。」と打って送信した。
これならおかしくない。実にナチュラル。響子ちゃんは化学が得意らしい(聞き耳情報)から得意な子に教わるのは変なことじゃない。変なことでは・・・無いよな?
いや、よく考えろ。突然接点も何も無い男からのLine。キモいからの女同士のグループラインで晒しに・・・いやいや! 響子ちゃんはそんな女の子では無い! てか、別にキモい行動では無いし! うん・・・無いよな? だらだらと変な汗がにじみ出る。やっぱり送信取り消そう。それが一番いい!! と思いトーク画面を開くと既に既読がついている!!!! その瞬間、響子ちゃんの返信が! いや待て待て!! これじゃあ、ずっとトーク画面開きっぱにして返信待ってるキモい奴みたいじゃないか!! どうしよう! 絶対変態だと思われた! しかし、瞬時に既読してしまった事実は変えられない。送られてきた内容を恐る恐る読む。「こんにちは! 林くん・・・だよね? 化学得意だから、教えてあげるー♪」とともに答えを写した写真が送られてきていた。
・・・そういえば俺のラインネーム『イェレナ教信者』にふざけて変えてたわ。そんでもってアイコンはイェレナの変顔だし・・・。もう怖いもんねーな! なぜか涙が滲み出てくるが、気にしてはダメだ。響子ちゃんに返信しなくては。「ありがと! お礼に何かプレゼントしたいと思うんだけど、何か欲しいものない??」と打つと速攻で既読が。早い! 嬉しい!! 「欲しいもの? うーん。なんでもいいの??」と来たので「なんでもOK!」と返すと「じゃあ、バラの花が欲しいな♪」と返信がきた。
「薔薇の花!?」
意外なプレゼントチョイスについ言葉が口に出た。マジか。アクセやコスメではなく薔薇の花!! 女の子が喜ぶプレゼントランキング全くあてにならねーじゃん。姉ちゃんのアドバイス聞いておいてよかった。「分かった。楽しみ待ってて!」と返信し、Lineを閉じた。花屋って、この辺どこにあるんだっけ?
————バレンタイン当日。
俺の全財産で買える薔薇の花は・・・・10本!!!!!
花って意外と高いのな! 知らなかったよ。とほほ。もっと前からリサーチしてたらバイトして、もっと立派な薔薇の花束買えたのになあ。てか、とりあえず赤にしたけど、この色でいいのかな? バラといえば赤だと思って赤かったけど、いろんな色にした方が良かったかな? あー畜生、今更迷いが出てきた。どうしよ。
ドキドキしながら待ち合わせ場所で待っていると、来た!!響子ちゃんだ!
モコモコの白いイヤーマフとマフラー、手袋、コートでこれでもかというくらい防寒を徹底しているのが可愛らしい。寒がりさんなんだなー、可愛い。
「ごめんなさい、もしかして・・・待った?」
「ううん、そんなことない。俺も今きたところだし、なんなら、今時間ぴったしだし大丈夫だよ!」
嘘である。実は30分も前からここにいたのである。ソワソワしすぎて、気付いたらここに居たのである。
「あのね・・・俺・・・・」
ヤバイ。心臓が口から飛び出しそう。口がうまく回らない。
「これ・・・あげる!!!」
もっといい台詞を考えてきたのに、実際に出てきたのはなんとも頭の悪そうな言葉。でも言ってしまったものは仕方ない。背中に隠した薔薇の花束10本を響子ちゃんに渡した。
「これ・・・私に?」
俺はコクコクと頷くしかできない。緊張しすぎて、響子ちゃんの表情も読めない。
「ありがとう」
響子ちゃんは輝かんばかりの笑顔だった。もう俺、この場で死んでもいいかも・・・って本気で思った。
「でも、私は完璧じゃないのよ、実は。だから・・・」
響子ちゃんは花束から一本抜いて、そして手にぶら下げていた小さな紙袋ととともに俺に渡した。てか、完璧ってなんのことだ???
「はい。これあげる!」
「え!! いいの!! 宿題のお礼なのに・・・」
「もちろん!!」
胸がじんわりと暖かくなる感じがする。俺は涙が出そうになるのを必死に堪えた。
「ありがとう!!!」
内心、ありがとうだけでは足りないくらいの雄叫びをあげていた。この心の声が外に漏れていたら、響子ちゃんはドン引きだったに違いない。
「あ、あのさ、これってつまり・・・」
確認の意味を込めて響子ちゃんに訊いてみる。響子ちゃんも俺のことを好きということでいいんだよね? でも、薔薇の花、1本返されたよな? あれ、つまり、どういうことだ????
冷静になると、もしかして、あまりよく分からない状況だった。
「ふふ。薔薇の花ってね、本数にも意味があるんだよ」
「え・・・・?」
「じゃあね! 亮くん!! また学校でね!」
と言い、響子ちゃんは去っていった。
俺は大慌てで、手元のスマホで薔薇の本数についての意味を調べた。調べて、納得した。彼女の行動の意味を。
「ははっ。やられたな」
俺の顔は真っ赤だった。
〜薔薇の花言葉〜
10本・・・「あなたは全てが完璧」
9本・・・「いつもあなたを想っています」「いつも一緒にいてください」
1本・・・「一目ぼれ」「あなたしかいない」
Be My Valentine 久遠海音 @kuon-kaito
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