ちんちん伸ばし 〜消えゆく技術と伝統〜
木船田ヒロマル
ドキュメント 平成という時代 第4週
長い歴史を持つ「ちんちん伸ばし」という伝統技術。現代では、詳細どころかそういった技術や職人の存在すらあまり知られていない。今回我々は、我が国最後のちんちん伸ばし職人の実態とその仕事とに密着取材を敢行した。
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ドキュメント 平成という時代
ちんちん伸ばし 〜消えゆく技術と伝統〜
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かつては百軒を越すちんちん伸ばし工房が並んだここ越谷市せんげん台。一昨年に職人の高齢を理由に向かいの伸珍大社が廃業し、今ではもうKさんの工房一軒を残すのみとなっている。
娘の清美さんが仕事を手伝うようになりHPを開設して海外からの受注もするようになったが、わざわざちんちんを伸ばすためだけに来日する客は少なく、経営状態はそれほど改善していない。違う道を考えないのか、というスタッフの問い掛けにKさんは「俺には、これしかねぇから」と寂しそうに笑った。
四年前。Kさんが仕事に使うちんちんを伸ばす為のローラー状の道具「えぐりごり」を作っていた最後のメーカーが店を畳んだ。それ以来Kさんは三十年以上使って来た工房のえぐりごりを手入れをしながら騙し騙し使っている。壊れたら、ちんちん伸ばしの伝統が途絶える。そういう気持ちで、今日も油を差す。
ちんちん伸ばしの歴史は古い。記録を遡れば、室町時代の「大今水増し」と呼ばれる歴史書の中に「少銭にて珍々を伸ばし候うあきんどあり」とその祖となる商売があったことを示す記述がある。(※諸説あります)
後鳥羽上皇の世から実に八百年の間、人々は様々な祈りを込め、ちんちんを伸ばし続けて来た。
太平洋戦争末期。軍部は戦況から国民の目を逸らす為、文化統制をその手段の一つとしたが、ちんちん伸ばしもまた「性器ヲ伸バスヲ標榜スルハ、風俗ノ乱レヲ助長スル也」として槍玉に挙げられ、弾圧された経緯がある。Kさんの祖父に当る崇文さんは、特高警察の目を逃れながら細々と稼業の火を守った。
70年代、オイルショックの時代には伸ばした後のちんちんの冷却に使うちり紙の不足から工房の存続が危機に陥ったこともある。Kさんの父、正蔵さんは冷却に使うものを冷水で絞った木綿布に変える方法を考案し、その危機を乗り越えた。歴代の熱意と工夫の果てにKさんの今がある。
越谷市壮蔵浄神宮は、その額字が老中・松平定信の手によると伝えられる由緒正しい神社である。十月。境内は祭事の準備に慌ただしい。実りの感謝を示し五穀豊穣を神に祈る新嘗祭。ここでは歴代の宮司がちんちんを伸ばすことで、神への謝意と敬意を示すのが習いである。Kさんの大事な仕事の一つだ。
炉に火が入り工房に久しぶりの槌音が響き渡る。ちんちん伸ばしの主な工程は四つ。ほぐし、伸ばし、冷やし、はぐくみだ。まずはちんちんを温め特別な木型と綿入りの保護材にくるみ、槌で打つ。弱すぎれば充分にほぐれず、強すぎれば客に余計な苦痛を与えることになる。職人としてのKさんの技が冴える。
伸ばしの工程にはちんちんを引きながら圧力を加える道具「えぐりごり」が大きな役割を果たす。酢と椿油が主成分の「あたりめ油」と呼ばれるオイルを塗りながらゆっくりとちんちんを伸ばしてゆく。ほぐしと伸ばしの工程は客の体格などに応じて何度かを繰り返す。作業の中で、最も神経を使う工程である。
冷やしの工程は、父・正蔵さんの考案した冷水と木綿布を使う方法をKさんも踏襲している。元々はちり紙の不足から生まれた方法だが、Kさんは伝統を守りながら時代の変遷に合わせて変わるべき技巧は変わるべきだという考え方だ。また父の足跡を消さずに継いで行きたいという息子としての思いもある。
はぐくみは、Kさんが一番好きな工程だ。槌で叩き、道具で伸ばし、冷水で冷やし、言わばここまで虐めてきたちんちんを最後に労わり、栄養を与えて、伸びたちんちんが元に戻りにくくする。ようやった、元気に伸びろ、とちんちんに掛けるKさんの声は大きくはないが、どこまでも暖かく、本当に優しい。
全ての工程が終わり帰る客の背中に、Kさんは柏手を打つ。今回の客が宮司だからではない。自分の仕事を施したちんちんが良く伸びて縮まらないように、健やかな良いちんちんとなるように、Kさんは祈りを込めて柏手を打ち、深々とお辞儀をして、全ての客を送る。室町の昔から代々受け継いだ大切な流儀だ。
11月某日。祭りで賑わう壮蔵浄神宮に正装したKさんの姿があった。神事の一端を担った職人として式典に参加し神酒の盃を受ける為だ。クライマックスで奉納される神楽はこの神宮の縁起に纏わるもので、Kさんがちんちんを伸ばした宮司がその主演として舞い、踊る。Kさんの仕事が、神に捧げられる瞬間だ。
課金の神「三万迄和只之尊」が悪鬼「利簿払意童子」を成敗するシーンで神楽は、それを見る観客の興奮は最高潮を迎える。舞う宮司は歴代でも最高の仕手として名高いが、その堂々たる演技の下支えには、Kさんが伸ばしたちんちんがあり、長いちんちんを備えるという自負と誇りに裏打ちされた自信がある。
響く太鼓と笛。よく通る大向こうの合いの手。打ち鳴らされた拍子木の音から刹那も違わず見栄を切る宮司の姿に、Kさんは自分が伸ばしたちんちんそのものを見ていた。
舞台に向け皺だらけの手を合わせ、小さくお辞儀をする。
そしてKさんはくるりと踵を返すと、振り向くことなく、その場を後にした。
「ちんちん伸ばし」という消えゆく伝統。そこには連綿と受け継がれた職人の技術と、ちんちんへの思いが綺羅星のように輝いている。
Q.後継者は?
「いねなら仕方ね。俺の手の動く間は、いちんちでも長く続ける。そんだけ」
最後にKさんは道具の手入れを続けながらもう一度「そんだけよ」と言った。
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ドキュメント 平成という時代
ちんちん伸ばし 〜消えゆく技術と伝統〜
制作:USO帝都放送
※このドキュメントはフィクションです
ちんちん伸ばし 〜消えゆく技術と伝統〜 木船田ヒロマル @hiromaru712
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