光の乙女2「我癒すは鋼の乙女」

谷兼天慈

第1話「出会い」

「さて」

 眼下で繰り広げられる戦闘を、木の上から見つめる琥珀色の髪をした青年。

 彼の名はマリー。自称吟遊詩人といってはいるが、その正体は邪神の一人である音神マリス。彼の奏でる楽音は人々を至福のまま死へと追いやるという。邪神の中でも最も冷酷といわれる存在だ。

 面白そうに、興味津々といった感じで見ているその瞳は髪と同じ色をした温かい色で、愛嬌たっぷりの雰囲気が出ている。

 だが、彼の真の姿はこのようなものではない。彼の髪も瞳も、氷よりも冷たい色をした銀色なのである。

「どうしたもんでしょうねぇ」

 彼の視線の先には、二人の人物が今まさに戦っている最中であった。

 片方は男である。スラリとしたしなやかな体つきをしている。

 一見それほど強そうな感じはしないのだが、冷たい視線を倒れた相手に向けていた。

 どうみてもその目は残虐な者だけが持つ輝きを宿している。そして、右頬に炎の痣が、まるで装飾品のようにくっきりと刻まれていた。

「上級魔族ですか……けっこう力のある奴だな。でも彼女にとっては大した相手じゃないでしょうに……」

 くくく──とマリーは笑った。

 彼はもう一方の人物に目を向ける。

 見たところ少女のようだ。それもかなりの美人だ。

 黄金色の髪をひとつにまとめて後ろに流し、傷を負って血が流れる肩を押さえながら、キッと相手を睨みつけている。

 上級魔族の残虐そうなぎらつきとは違い、彼女の瞳は生き抜くための執念を感じさせる輝きがあった。そのブルーアイは、誰の目にも鮮烈さを与える。

「……………」

 先ほどまで軽蔑そうに見やっていた木の上のマリーは、我知らず感嘆の視線を向けていた。

「くそぉぉぉ……」

 少女が悔しそうな呻き声を上げた。

 その姿に似ず、少々口汚い。

「この…この魔法の塔最強のシモラーシャ・デイビスさまを……なめやがってぇぇぇ……」

 彼女は、手にした大剣をつっかえ棒にして立ち上がると、よろめく身体で大剣を振りかざす。

 それは──大剣は輝いていた。

 彼女の黄金の髪に負けないくらいにまばゆいばかりの金色に輝いている。だが───

「輝きが足りないですねぇ」

 ぶつぶつとマリーは呟く。

 木の上で腕を組み、右手を軽く顎に当てて値踏みするように見つめながら。

「まったく……どうしたんでしょうね? 彼女にしては多少霊気が弱まっているようですが……」

 どうも独り言が多い。彼の性格が何だか窺い知れるようだ。

「食らえ───!!」

 次の瞬間、彼女は大剣を相手めがけて振り下ろした。

 ──ガッ!

 だが、あっけなく剣は相手の腕で食いとめられた。

 まるで、腕に結界でも張られているようだ。

 実際、魔族の腕はほんのり光っていた。結界を張っている証拠だ。

「あっ!」

 彼女が叫んだ時はすでに遅かった。

 魔族は、彼女の剣を奪ったのだ。

 先ほどまで金色に輝いていた剣は一瞬にして光を失い、ただの大剣と変わってしまった。

「はっ!」

 魔族は掛け声とともに、素早くその剣をないだ。

 ──ギン!

「!!」

 魔族は驚愕した。

 相手の腹を切り裂くはずだった剣が食いとめられている。

 止めたのは、先ほどまで木の上にいたはずのマリーだった。しかも、いつのまに取り出したのか、フィドルという細い楽器にしこんであった細剣で、相手の持つ頑強な大剣を難なく押し留めている。

「すみませんねぇ。この人は殺させませんよ」


 ──僕が殺すんですから──


 という声は、彼の心の中で呟かれたのだが。

「あなたは消えてください」

 彼の温かそうな琥珀色の瞳が、冷たい銀色に変わった。

 その刹那。

 魔族は、マリーの剣で真っ二つにされた。

 一言も声を発することなく、くずおれていく。


「まったく……」

 ふぅ、と彼はため息をつくと、少女を振り返った。

「どうしました。貴女ならそれほど手に負えない相手ではなかったでしょうに」

 彼女は下を向いていた。見たところ、弱々しくうなだれている。

 だが、彼のその言葉に彼女の肩がピクリとする。

「当たり前よ…」

 搾り出すように声を出す少女。怒りを必死に抑えているといった感じだ。

「このシモラーシャ・デイビスに倒せない奴なんていない…」

「え…?」

 彼は不思議そうに首を傾げる。

 シモラーシャだと?

 彼女の名前はそんなものじゃないはず───彼は戸惑いを感じていた。

 何だろう、何かが違う───

 すると、更に彼女───シモラーシャは叫びながら顔を上げた。

「あんた…なんか気に食わないっ!!」

「!」

「あたしはねぇ、あたしは──手に覚えがある魔法剣士なのよっ!!」

 そう彼女が叫んだ瞬間。

「ぶっ…!」

「!?」

 彼は吹き出し、次に大爆笑。

「ぶわっはっはっはっは───!! ど、どうし…ふは…どうしたんで…ひーひー……苦しい。貴女ともあろう人が……手に覚えだって…? それを言うなら腕に覚え…でしょ? いつからそんな冗談を言うように……?」

「…………」

 シモラーシャはすこぶる不機嫌な顔でマリーをねめつけ、おもむろに立ち上がった。

 肩の傷はそれほどひどいものではないらしく、すでに血は乾いている。

 すると、彼女は右手を上げた。

 ──バッチーン!

「えっ?」

「ほんっとむかつくヤツね。いい加減名前くらい名乗ったらどう?」

「ええっ?」

 マリーは驚愕して相手を見つめた。

 彼の頬に、情けないほど真っ赤な手形がついていた。だが、そんなことなど頓着している場合ではない。

(シモン・ドルチェじゃない?)

 彼は、今度は大いに不審に思った。


 どうしたことだ?

 彼女の転生体じゃないのか?

 いや、そんなはずはない。

 これはまさしくシモンの転生体。魂のオーラは多少輝きが強いような気もするが、自分が間違えるわけはない。

「ええと……ぼ、僕はマリーと言います。吟遊詩人なんですが……」

 彼は少しパニックに陥っているようであった。先ほどまで見せていた自信ありげで横柄な態度が一変している。

「ふーん、吟遊詩人ねぇ……」

 彼女は胡散臭そうにマリーを見た。

 だが、それ以上は何も言わずに自分も自己紹介をする。

「あたしは魔法剣士のシモラーシャ・デイビス。ちょっと前に魔法の塔を……えっと…卒業したばかりよ」

 そう言ってから、ツンと胸をそらして得意げに言い放つ。

「あたしはねぇ、魔法の塔一の剣術使いなの。あたしはねぇぇぇ、とーっても強いのよっ」

「…の、割にはてこずってらっしゃいましたけどねぇ……」

 マリーは何となく脱力感にとらわれながら呟いた。

 それを耳ざとく聞きつけたシモラーシャ。

「あんた、気に食わない奴ねぇ。一言多いって人に言われない?」

(なんだか、ヘンな気分だ……調子狂う……)

 マリーは口に出して言いたかったが、グッと我慢して怒った表情をしているシモラーシャを見つめた。

 だが、シモラーシャは、睨んでいた目を突然和ませた。

「とりあえず、助けてもらったお礼をするわ。お腹もすいてきたし……ねぇ、ちょっと宿場町まで付き合ってくんない?」

「え? ええ…でも……」

「男が何遠慮してんのよ」

 マリーの戸惑った表情にカチンときたのか、シモラーシャはぷーっと頬を膨らませた。

「まぁーったく。吟遊詩人ってーのは、これだから胡散臭いって言われんのよ? 一人で行動するのもいいけど、とにかく今はあたしに付き合ってよ。女に恥かかせんじゃないわよ?」

(女に恥をかかせる……普通こういう場合には使わないと思うんだけど……)

 マリーの方こそ、シモラーシャに対して胡散臭い気持ちを抱く。

 先頭に立って歩き出した彼女の後ろに、マリーは付き従う格好で歩き出した。


(まったく……何が起きてるんだ?)

 彼の心ではいろいろな思いが渦巻いていた。

 いったいぜんたいどういうことだろう?

 千年ごとに転生を繰り返すシモン・ドルチェだったはず。

 千年の間にも転生は繰り返されているが、そちらの方は自我も姿も性別もバラバラだ。もちろんその転生体も自分が情け容赦なく切り捨てていった。そのほとんどが生れ落ちてすぐのことだったが。

 この前の千年では、初めてこの手で彼女を陵辱しつつ殺したのだが───

「……………」

 前を歩くシモラーシャの身体は、今は淡い紫色の長いマントで隠れていて見えない。が、先ほど見た格好を思い出す。

 肌を著しく露出させた服装。あれを衣服と果たして呼べるかどうか。

 申しわけ程度に隠された豊かな胸、お腹はヘソが丸見えで下半身も小さな布切れでかろうじて隠されているだけだ。

 シモンはこんな格好をする人ではなかった───と、マリーは思った。

 肌はあまり出さずに、いつも旅人の好むゆったりとして簡素な衣服を身に着け、目立たぬようにしていた。もちろん、マリーに見つからぬようにという虚しい願いがこめられていたのだろうが、そんなことをしても無駄なことはシモン自身がよく知っていただろう。

 だが、そうまでして派手さを抑えていても、シモン・ドルチェの神々しいまでの美しさは、それだけでもうどうしようもないほど目立っていたのだが。

 そんなことをつらつらと考えつつ、マリーはシモラーシャの後ろをおとなしく歩いていった。

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