ピアノ

 塾からの帰り道

 誰かがピアノをひいていた

 肺を病んだ人の指先が

 奏でる旋律を思い浮かべた


 旅先の廃校で

 誰かがピアノをひいていた

 廊下は記憶のように長く

 音楽室にはたどり着けなかった


 月面の遊歩道で

 ウサギがピアノをひいていた

 月に空気はなかったので

 音符は花束の形で届けられた


 兵士のふるさとで

 恋人がピアノをひいていた

 ひび割れた鏡は血に染まり

 それでも星はうつくしかった


 魔法使いのお城で

 ほうきがピアノをひいていた

「私のあるじを返してくれ」と

 叶わぬ願いを訴えていた


 寝静まった丑三つ時

 誰かがピアノをひいている

 楽譜もなく呪いもなく

 生まれたての眠りにまどろむように


 おやすみなさい。ポロロン。

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