猫とココア

 あの日もこんな土砂降りだった

 濡れて弱ってた僕に

 傘を差し出した君がいた

 芯まで凍えていた体を

 マフラーで暖めてくれた

 記憶のない僕のはじまりを

 君はそんな優しさで包んでくれた

 運命の人だとか

 そんな言葉で済ませたくない

 あたたかいココアから立ち上る

 湯気のような君だった

 

 アパートの階段を上がってくる

 君の足音は優しいからすぐわかる

 玄関で座ってると

 疲れた顔で笑ってくれる

 お酒の匂いは苦手だから

 少し控えようよ

 君のれるココアの匂い

 狭い部屋でふたりきりの僕ら

 遊び疲れて眠くなると

 君のそばで丸くなる

 君の匂いのするベッドの上が

 僕の特等席

 世界中が雨の日が好きだ

 君がずっとそばにいて

 背中をなでてくれるから 

 ずっと雨だといいのに


 夕方から雨が降り出した

 僕らが出会ったあの日のような

 土砂降りがずっとつづいた

 君は傘を持って行かなかったから

 心配で眠れない

 やっと帰ってきた君はずぶ濡れのまま

 玄関を動こうとしない

 お酒の匂いがいつもより強かった

 涙と雨でくしゃくしゃの顔を

 僕はどうしていいかわからなかった

 僕が猫じゃなかったら

 君に傘を差してあげられるのに

 君の体をマフラーで包んであげられるのに

 温かいココアを淹れてあげられるのに

 僕は君に何もしてあげられない

 非力な僕がそこにいた

 暗い部屋の中でふたりぼっちだった


 僕はここにいるよ

 僕がそばにいるから

 だから泣かないで……

 一晩中祈りつづけた


 暖かな陽射しが

 窓からまぶしかった

 風邪で寝込んだ君を

 季節が暖めてくれていた

 おぼつかない足取りで

 君が淹れたココアの匂い

 立ち上る温かい湯気のような

 君にとっての僕が

 そんな僕でいられるならば

 そんなことを思っていた

 冬もそろそろ過ぎるだろう

 君の優しい指先が

 僕の背中をなでてくれている

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