メリー・カゴシマ

サラ・カイリイ

第1話メリーとジャン プロローグとしての寝室

メリーとはいえれっきとした日本人なのは

茶色く染めた頭髪の根本 幸い白髪はない

塗りわけた厚化粧の顔からわかる 金色のまぶた

随分と久しく指輪をしていないので

左手の薬指は娘時代のものに戻っていた

よきかな

ジャンとはいえれっきとした日本人なのは

数本白髪が混ざった頭髪 幸い体毛は黒いままだ

幼げでなめらかな顔立ちからわかる 少女めいた無精ヒゲ

指輪を買ってとメリーからねだられるたび

彼女の指にまだ銀の刻印入りの太いリングが

はまっている気がするのはジャンで

それも口からぽありと浮かぶタバコの煙ほどの不確かさで

目をふさがれ行く道を閉ざされた子供時代を

冗談の暗闇を見る気がするのだった

くちづけの合間にメリーがカゴシマと呻いたとき

ジャンは思いついたばかりの女体の刺激法に集中していたので

メリーの下腹部に飛び散った液体をふきながら

もう一度女のくちびるが動いたとき

首をかしげた

「カゴシマに行かない、ジャン」

カゴシマ、カゴシマってあの桜島が

煙を吐いているところ いや、灰を吐いているのか

「そうよ、あたしシロクマが食べたいの」

ガウンを引っ張って肩からはおったメリーはタバコを

一本取り出し トントンとてのひらに打ちつけると

(頼みごとをするときの彼女の癖だ)

裸足のままベランダに出ていった

(喫煙者のくせに ジャンの家は禁煙なのだ)

まだ完全には消沈していない裸のジャンは

ベッドの下に散らばったティッシュの山を見てつぶやく

カゴシマ、シロクマねぇ

思考に浮かび上がるものはなく

目の先にベランダに立つメリーの後ろ姿が見える

風が大きく吹くと膝の裏の白さが光る

タバコくさい彼女が戻ってきたら

今度はあの尻にかじりつこう

月のようにまんまるな尻に

ウサギみたいに歯を立てて

欠けさせていくのだ 欠けさせて

髪をひっつかんだ時 目に映るのはなにか

涙にはなにが溶かされるのか

メリーはすぐに泣く 泣いてそっぽを向く

そうしながらジャンにしがみつく

世界にそれしかないように

世界はそこにしかないように

カゴシマはどこにある

南だ 南の果て

紺色のガウンの後ろ姿から

白い煙が立ち上る

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