SS第31話 英雄の立場
31-1話 英雄の日常
◆
私がいる場所は帝国の中心も中心、帝星の一角にある。その建物は他の建物に埋もれるように建っていた。
私の昼間の居場所であり、場合には夜でも詰めていることになる、帝国宇宙軍中央指揮所。幾重にも対テロ対策が施されていて、安全といえば安全だが、そんな大それたこと、帝星でのテロ行為を実行するものはついこの前まではいなかった。
ついこの前、というか、最近ということになるが。
工作員が潜入したり、人工知能に攻撃されたり、慌しかったものだ。
机の上で端末を操作しているところへ、インターホンに赤い光が灯る。
『シヴァ元帥』秘書のアニエス・ソーの声。『お客様です』
またか、と思いつつ、私はさりげなく時計をチェックし、端末でスケジュールを確認する。
十八時を過ぎており、本来なら私は帰宅している。
もちろん、人が人を訪ねる常識的な時間でもない。
これが友人からの飲みの誘いなら、この歳になっても嬉しいのだが、そうでもないだろう。
「お名前は?」
『ウォルター・クリスタル様です。鉱物燃料精製事業を商っている、クリスタル技術社の社長です。ご存知ですか?』
「今、知ったよ」
どうせ今日は深夜まで仕事をするつもりだった、少しのおしゃべりもいいだろう。
「入室していただいてくれ」
『わかりました』
通信が切れる。それにしてもアニエスはいつ寝ているのだろう? 私は彼女以外に秘書を用意していない。自然、彼女は私と同じスケジュールで動く。
過酷と言ってもいい仕事だが、軍人だから、と割り切っていると思いたい。
私が応接ソファに向かうべく立ち上がると、非常識な客はせっかちでもあるようで、もうドアが開いた。
高級そうな背広、手入れされた髭、こちらも高級そうな腕時計。年齢は七十に差しかかろうかというところだが、医療の力のおかげか、足腰はシャンとしている。
まあ、姿勢がいいし機敏なのは私も同じだ。ちなみに私は医療はあまり好まない。医者に身を委ねるより、若い格闘術のコーチとやりあった方がいいと思っている。
客の老人は小柄で、穏やかな瞳の色をしているが、本当に穏やかな人間はちゃんとアポイントメントを取ることを忘れてはいけない。
「遅い時間に申し訳ない、元帥」
「ちょうど仕事も一区切りでした、どうぞ、そちらへ」
ソファを示すと、ゆっくりと老人が腰を下ろす。向かいに私も腰を下ろした。
「申し訳ないが」
機先を制して、私が前置きをはっきりさせる。
「仕事が溜まっていまして、あまり時間がないのです。できれば次からは、事前に来訪のご予定を教えていただきたい」
「君は気にくわない相手には予定を入れさせない、と聞いたのでね」
なるほど、この老人のやり口はわかった。
そもそも、私を「君」などと呼ぶにしては、私たちの間に年齢の差はほとんどない。
そして経歴や実績、そして立場では、私の方が上位だ。
しかし分別のあるところを見せることにして、目をつむった。あまり権力を笠に着るのも好きではないし。
「それで、クリスタル社長、今回はどのようなご用件でしょうか?」
「惑星ルールングをご存知ですか? 現在、開発中の惑星です。鉱物資源が豊富な惑星だが」
「ルールング? はて、知りませんね。あまり目も行き届かず」
いえいえ、などと老人は手を振って、微笑む。
「知らないだろうと想像しておりました。そのルールングから掘り出す鉱物燃料の精製事業者の選定が、今、行われているのです。具体的に数を言えば、六社が競合しています」
「失礼ですが、その惑星ルールングは地球化の最中ですか? それともただの鉱物採取のための開発ですか?」
「地球化はしないようだ。それに何か問題が?」
「鉱物燃料の精製事業者は、惑星規模なら、三社ほどが共同で事業に当たると思います」
ふむ? と老人が首を傾げる。
「つまり、私が言いたいのはですね」返事はわかっているが、一応、指摘しよう。「入札金額を工夫すれば、高確率で受注できる」
「それがですね、元帥。我が社にはそれほど余裕はない」
「私にもそれほど余裕はない」
ピクリと老人が眉を震わせる。おっと、言いすぎたか。
「私にはそれほど権力はありませんよ、社長。そして、私は便宜を図るのがそれほど好きではない」
「便宜などと」
ニコニコと老人が笑うが、雰囲気は明らかに怒りを抑えきれず、怒りを隠すための笑みだ。
「元帥、あなたは、自分の立場を理解しているのかね?」
「立場? 帝国宇宙軍元帥、そしてホワイトコート公爵」
「それだけかね?」
まったく、これほど無駄な会話もないな。
実際、私はいくつもの帝国の政治や経済にまつわる委員会や評議会のメンバーに加えられているが、それは私が優秀だからではなく、ほとんどは義務のようなものだ。
逃げ出せるものなら逃げ出している。
しかし皇帝陛下の信頼もあるし、帝国宇宙軍の仲間たちのために、引き受けているのだ。
少なくとも、目の前の老人に便宜を図るために、ややこしいパワーゲームに加わり、肩書きを増やしているわけではない。
「それだけ? ふむ、ご老人、何か勘違いしているようですね」
相手をご老人などと呼ぶのはあからさまな嫌味だったが、構うものか。
「私の肩書きの一つに、燃料及び鉱物管理取引委員会の常任委員、というものがある。もしかして知らないのですか?」
「いや……それだからこそ……」
老人が答えられないのはしどろもどろなわけではなく、怒りのあまり、言葉が出ないのだ。
老人をご老人と呼んで何が悪い。
そして、私の権力を私が行使するのは、私の自由だ。
「管理取引委員会は、公正なものです。そしてご老人、あなたは今、その公平さを破ろうとしている。そうでしょう? 違いますか?」
「な、何もそこまででは……」
「私の立場をはっきりさせたいようですから、もういくつか、挙げましょうか? 銀河帝国兵站維持及び運用委員会の副委員長、銀河帝国商工会中央委員会の常任委員、などなど。何が言いたいかは、わかりますね?」
わなわなと震えつつ、老人は険しい顔になっている。
「はっきりさせましょう。私が少しでも気まぐれを起こし、クリスタル技術社に関して動き出せば、完全に、素早く、合理的に、徹底的に、あなたの会社を村八分にできる」
決定的な一言に、ついに老人は怒りを爆発させた。
「何が英雄だ! お、お前、それは権力の乱用だぞ!」
「英雄だから権力が集まるのですよ、ご老人。なりたくてなったわけではないがね。あなたが真っ当な人間なら、こんなところへ来る前に帳簿を吟味し、関係者と話し合うでしょう。私に話を通しに来るのは、間違っています」
「こ……、こ……、こいつ……!」
立ち上がった老人に合わせて、私も穏やかに立ち上がる。
「お引き取りを」
ブルブルと震えながら、老人は私に背を向け、肩を怒らして部屋を出て行った。
やれやれ、無駄な時間を使ったものだ。
「アニエス」
デスクに戻り、インターホンを押す。
『何でしょうか?』
「クリスタル技術社からの客は全て跳ね除けておいてくれ。まぁ、近いうちになくなるだろうがね」
『承りました。念のために企業の財務状況を確かめますか?』
「調べなくてもわかるよ。ありがとう」
インターホンが切れる。
近いうちになくなる、というのは別に私が潰すわけではなく、あの老人の様子は切羽詰っていたし、惑星ルールングの開発に参加できなければ、自然と倒産する、という意味だ。
おそらく、仕事を取ることはできないだろう。
端末を再起動し、仕事を進めた。
集中していて、気づくと時計の針は十二時を過ぎている。日付が変わってしまった。
帰るとするか。
端末の電源を切り、立ち上がった。
(続く)
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