27-4話 脱走計画


     ◆


 脱走計画のことを聞いたのは、いつだったか。

 実は自由軍と連絡を取っている、という受刑者がいた。六十代で、怪我のせいで仕事が緩慢な男だ。厄介者のように周囲から見られていたが、俺からすると気持ちのいいおっさんだった。

 そのおっさんを中心に、六人ほどが計画、というか、ただタイミングを合わせて地上に出るだけだが、そういう作戦を実行することになった。

 仕事が終わったら、そっと身を隠す。

 重機の中の一種の、今時どこで製造されているかもわからない小さなトラックを勝手に奪い、坑道を突っ走る。

 これがびっくりするほど上手くいった。

 軽トラは不整地の坑道を走り続ける。燃料が心配だが、それは祈るしかない。

 運転席に一人、例のおっさんが助手席で、他の四人は荷台に必死にしがみついた。

 徐々に坑道が太くなり、コンベアも巨大になった。

 と、前方で何かが光った。粒子ビーム、と思った時には軽トラックの運転席が撃ち抜かれ、直後、燃料に引火したんだろう、爆発が起きて、俺たちは吹っ飛んだ。

 平衡感覚が消え、それどころか視界が真っ暗で驚いた。

 いや、地面を見ているんだ。

 少し顔を上げると、軽トラの残骸の炎で、周囲が逆に良く見えた。

 運転手は死んだ。おっさんも死んだ。残りの四人はわからない。

 いや、一人、俺のすぐそばにいる。意識が朦朧としているようで、呻きつつ四肢をかいているのが見える。立ち上がれそうにない。

 決断は瞬間だった。

 その男を一息にすぐそばのコンベアに投げ込んだ。そして俺も飛び込む。

 運ばれていく岩石の陰に身を隠す。

 みるみる軽トラだったものの炎が遠ざかり、薄暗くなる。

 俺たちを攻撃したのは、なんだったのか。人工知能の人型端末か。人間にしては正確すぎる照準だったな。

 しかしそれはもうどうでもいいことだ。

 時計がない。例のおっさんが隠し持っていたはずだ。くそ、これじゃあ時間がわからないから、タイミングよく自由軍に拾ってもらえないぞ。

 そう思っているうちに、重い音が響き始める。ベルトコンベアの先を見ると、何か巨大な機械に吸い込まれていく。

 岩石を粉砕するか、そんなことをする装置だろう。

 降りなくちゃいけない。例の男のところへ行く。まだ意識がしっかり回復していない。

 その男を抱え上げ、ベルトコンベアから飛び降りる。休む間もなく、先へ。巨大な装置の横にある、人が一人通れる程度の通路を、仲間を背負ったまま、小走りで抜ける。

 こんな激しい運動は人生初かもしれない。

 機械の後ろに抜けると、前方にかすかな明かりが見えた。

 明かりというよりは、真っ暗ではない穴のようなものだ。

 走った、疲れた、小走り、疲れる、歩く、立ち止まる。

 どうにかその穴にたどり着いて這い出すと、そこは地上だった。

 地上は荒れ地で、無数に巨大な重機が駐機されている。掘削のための機械だろう。

 人の気配はないが、脱走は不可能と判断して監視していないと願うしかない。

 空を見上げたのは、地上に出たことを確認したかったからか。

 夜空だ。月明かりがまぶしい。この惑星にも月があるのだ。

 何かが夜空で光った。あれは、宇宙で戦闘になっているのか?

 例のおっさんの言葉は本当だったんだ。本当に、救出部隊が来ている。

 背負っている男を地面に下ろす。

 重いと思ったら、男は意識を完全に失っている。口元に手をやるが、息を感じない。心臓に耳を当てた。鼓動は、ない。

 くそ!

 心肺蘇生は経験がないが、必死だった。

 だが無駄だ。そう、最初から無駄だとわかっていた。

 座り込んで、もう一度、夜空を見上げた。

 なんで俺はこんな脱走に加わったんだっけ?

 もう長い時間を地下で過ごした。外の空気が吸いたかった、広い空間を感じたかった。そんな単純な理由だったかもしれない。

 いつかの受刑者の言葉が耳に蘇った。

 偉そうなことを言っても、俺の人生を破壊したのは、結局は俺自身だった。

 ただここに至っても、不服な気持ちは少しもなかった。

 必死にやったし、必死に生きた。そしてまだ生きている。

 空に影ができたと思うと、それが見る見る大きくなる。

 降りてきたのは宇宙船だった。ぐんぐん高度を下げてくる。

 助けが来たのか。俺だけか、助かるのは。

 激しい光が瞬いて、俺は思わず目を瞑ったけれど、視界には光の残像がはっきり残った。

 目を開けると、炎の塊が降ってくる。

 走った。必死だった。

 衝撃、爆風、熱波、混乱。

 地面に横になっていて、仰向けで俺は空を見ていた。

 すぐ近くで何かが燃え盛っている。夜空の星は少しも見えず、それなのに、戦闘を示す光の明滅だけが、やけに強く映る。

 惑星のどこかから対空砲が粒子ビームを吐き出し、さっきの一機目に続く別の宇宙船を撃墜した。炎の尾を引いて、煙と共に離れていく。少しして、地面がぐらぐらと揺れ、爆音が鼓膜を打った。でもまるで遥か彼方での音に聞こえた。

 どうやら、俺は鼓膜をやられている。まぁ、どうでもいいか。

 対空砲がまぶしい。

 自由軍はやはり落ち目なんだろう。それにしても、なんでこんな強制労働の現場を解放しに来たのか。

 無駄な作戦、無駄な行動だ。

 しかしそういう無駄を実行するのが、自由軍らしさでもある。

 変に道義に拘るから、ズルズル負けるんだ。それを知っているのかな、連中は。

 三機目の宇宙船が降りてくる。今度は対空砲に粒子ビームを逆に撃ち込み、無力化したようだった。

 何か、遠くで声が聞こえる。

 刑務官、もしくは駐在している軍隊だろうか。

 宇宙船が俺の頭上を高速で飛び回り、まだ対空砲とやりあっている。

 まだ誰かががなっている。

 よく聞こえない。

『どこだ! 合図を送れ!』

 そう聞こえた。どうやら音声は自由軍の宇宙船から響いているらしい。

 合図か。それはおっさんに聞いていた。おっさんが信号を発信する装置を持っていた。たった今まで、失念していた。あまりに色々ありすぎたんだから、許して欲しい。

 当然、俺の手元にはない。あの軽トラに、おっさんと一緒に置き去りだ。

 くそ、俺もどうかしていたな。

 詰めが甘いというか、論理的じゃなかった。

 何も考えていないでここまで来てしまった。

 合図も何も、もう体が動かない。じっと、宇宙船を見ていると、その船を守っていた防御フィールドが過負荷に耐えきれずに消滅した。

 直後、粒子ビームが推進器を撃ち抜く。爆発、炎。ゆらりと宇宙船が傾く。

 さらに粒子ビームが命中し、船首を貫かれる。

 落ちてくる。俺の方に、宇宙船が落ちてくる。

 良いじゃないか、こんな最後も。

 ただの会社経営者にしては、起伏に富んだ、愉快な人生だった。

 目の前に宇宙船が迫り、炎が押し寄せ、真っ白に視界が漂白された。

 何も見えない。何も。

 一瞬の灼熱を感じた気がしたが、それきり、俺という存在は何も感じなくなった。

 誰を恨むも憎むもなく、俺は、消えたのだった。




(第27話 了)

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