27-3話 強制労働
◆
その惑星は名前も知らない。
というか、ほとんどを地下で過ごしている。
わからないことばかりなのだが、強制労働の刑罰を受けているのはほとんどが男で、しかし若いものは一人もいない。俺が最年少かもしれなかった。
年季の入った受刑者なのだろうが、一部の受刑者は重機を使って地下を掘り進む。
俺がやるのは重機が粉砕した地盤の中の鉱脈の、傍目にはただの岩の塊を抱え上げ、ベルトコンベアに載せることだ。
重機も岩盤を砕くものと、砕けた岩をすくい上げるものがあり、このすくい上げる方が巨大な岩はベルトコンベアに乗せてくれる。
その重機が拾いきれないものを、俺たちが人力でコンベアに放り込んでいく。
ベルトコンベアが停止することはない。一応の三交代制で、二十四時間、採掘作業は続けられる。
このベルトコンベアの総延長は、ちょっとすぐには想像できない。
何せ受刑者の生活の場が地下にあり、ベルトコンベアはさらに上まで続いている。たぶん、地上だろうが、地下のどこかに精製工場があっても驚くには値しないな。
というわけで、強制労働の受刑者諸君に混ざって、俺も運動不足の体に鞭打って、働き続けていた。
子どもの時にどこかの漫画で読んだが、こんな穴倉みたいなところで働く主人公が、ビールを泣きながら飲む場面を思い出す。
強制労働にビールなんてあるわけない。
もしあったら、きっと俺は本当に涙を流してそれを飲んだだろう。
寝る場所も雑魚寝で、個人のスペースもない。トイレも衛生環境が最悪で、毎週のように病人が出て、どこかへ運ばれていった。戻ってきた奴はいないが、死んだか、何らかの事情で別の場所に配置換えになったか。ありそうな理由としては、俺たちに絶望感を与えるためだろうか。
俺も死ぬかもしれない、という恐怖は並大抵ではない。
仕事が終わり、疲れた体を休めたいのだが、大部屋ではすぐに雑談が始まる。
刑務官が見ていたらいいのに、と思うが、刑務官などいない。
この地下坑道は複数の監視カメラが監視役を一手に引き受け、あとは人型端末に入った人工知能が監督する。そりゃそうだ。こんな環境に望んでいたがる人間はいない。
で、大部屋での話といえば、自由軍批判になる。
俺はそれが好きではない。というか、自由軍どうこう以前に、ここにいる連中は何かしらのヘマをしてここにいるわけで、自由軍を呪う前に自分の無能を呪え、というのが俺の意見だ。
「結局、帝国の平和をむやみに乱して、悲劇しか生んでないじゃないか!」
五十代だろう男が息巻いているのに、取り巻きの男たちも声を上げている。
この五十代男が重機の操縦をしているとは、世も末だ。
「アホめ」
思わず呟いたが、思ったよりも大きな声になってしまった。
大部屋がシンと静まり返った。
「おい、お前か? おい、新入り」
俺は知らん顔をして、眠ったふりをした。
が、肩を蹴りつけられ、反射的に俺は立ち上がっていた。五十男は俺と大差ない体格だ。だが奴の背後には四人ほどが控えている。
「疲れているんだよ、黙ってくれないか」
本当に俺は疲れているらしい。こんな奴らに関わっても、何の特にもならない。
ただ連中は暇らしい。男がこちらを軽蔑の色で見る。
「お前、どうせ自由軍の一員だろう。連中に人生を壊されたんだろ? 悔しくないか?」
やれやれ、こういう手合いが一番嫌だ。
一番、嫌いな人種だ。
「一つだけ言っておこう、おっさん」俺は勢いよく口走っていた。「俺の人生は俺のものだ。それに俺は自由軍を利用したんだよ。悔しくはないね。いい取引相手だった」
怒りが爆発した後のことは俺も覚えちゃいない。
一対一の取っ組み合いが即座に五対一に変わり、他の受刑者が遠巻きにする中で、俺は徹底的に叩きのめされ、床に這ったようだ。この時には意識がなかった。
気づくと少しばかり綺麗な空間にいて、首をひねると汚れた白衣の男がこちらを見た。
「喧嘩とは、元気があるな、君も」
年齢は、と即座に考えた。三十代だろう。
強制労働のための地下空間には珍しい、若手の、正真正銘、純粋な、完全無欠な、奇人だろう。
「報告書に書く必要があるんだが、何を書けばいいかな。君の意見を聞きたい」
奇人で変人だ。受刑者に便宜を図る医者か。
「自由に書いてくれ。ちょっとした口論から歯止めが効かなくなった、とでも」
「君は変わっているな。刑を軽くしたくないのか?」
「あんたも変わっているよ。俺の刑を軽くしたいのか?」
はぁー、っと息を吐き、
「何か格闘技でもやっていたか?」
と、これまた妙なことを言ってくる。
「いや、やっていない。それも刑に関するのか?」
「違うよ。君は例の五人組のうち、二人を使い物にならなくした」
詳しく聞きたいね、と視線で伝えるとちゃんと通じたようで、医者は困り顔で答えた。
「肩を破壊されて、あれでは雑な治療を受けている限り、そのうちに片腕が不自由になるだろう。びっくりするほど的確に肩を壊しているから、その手の経験があるかと想像した」
「そう報告書に書いたのか? 加害者には格闘技経験の疑いあり、とか?」
「備考欄に書いてもよかったが、書かなかった」
医者が椅子をこちらに引きずり、わずかに声をひそめた。
「怪我をした二人はこの惑星から別の惑星へ移された。その後の展開を知りたいかい?」
「先生のその様子を見ると、聞いた瞬間に後悔しそうだが、どうやら聞きたいらしい」
ちょっと間をおいて、医者ははっきりと発音した。
「人体実験の検体にされる」
「……わお」
最悪な未来だった。もしかしたら病気になった連中もそういう未来に飛び込んだかもしれない。それだったら意地でも穴掘りをさせてもらいたい。
「このことはほとんど誰も知らない。だが、君は気をつけたほうがいい。生き残りの三人が、君を再起不能にして、合法的に殺す可能性がある。だから君には真実を伝えた。身を守れ」
「あー、先生、なんでそんな親切を?」
医者は意味深に微笑んで、椅子を元の位置に戻し、机で何か書き物を始めた。どうやら俺に関する報告書やカルテは、いいように作ってくれるらしい。
俺は全身の打撲と、骨に数カ所ヒビが入る程度で、結構、ピンピンしている。
それでも三日は医務室で休めた。怖かったのは、明らかに肺を病んでいる誰かが運ばれてきて、カーテンの向こうのベッドで一晩中、咳き込んでいた時だ。
俺まで肺を病むんじゃないかと思った。
医務室を卒業した時、外に出ると太い穴の中で、びっくりした。その上、そこには今までに見た中で最大級のコンベアが轟音とともに岩石を運んでおり、それはとんでもない量だった。どうやらここがメインの坑道で、ここを上に行けば地上へ出るんだろう。
何気なくその上の方を見たが、もちろん、穴が見えるわけもない。
俺は人型端末に促され、坑道を下へ降りていく。
そのうちに採掘作業中の受刑者が見えてくる。しかし見覚えがない連中ばかりだ。どうやら、怪我をする前とは別の坑道に連れて行かれるらしい。そう分かった時、ちょっとホッとした。
さすがに俺も人体実験を体験したいとは思えない。
それからまた、俺はひたすら岩石を運び上げ、コンベアに投げ捨てる作業に従事した。
曜日も、日数も、月数も何もない、穴倉の生活。
まったく、心躍る、単純な日々だった。
(続く)
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