27-2話 坂を滑り落ちる
◆
結局、自由軍からの支払いは滞ったままになり、俺は会社を畳んだ。
少ない社員はこういう時に都合がいい。転職先を紹介する手間がかからないし、それ以前に彼らの未来を曖昧にする心理的負担が軽いからだ。もちろん狙ったわけではないけど。
俺自身は会社の不渡りのために、例の家を売り払った。これで俺も少しはすっきりする。
自己破産寸前だが、なんとか逃げ延び、俺は惑星モンゴリアの第二都市へ飛んだ。
低所得者向けの宿泊施設に部屋を借り、適当な仕事を探す。もう俺も四十近いので、あまり肉体労働をしたくないが、それでもと応募した交通整理のアルバイトで、なぜか採用された。
第二都市の中心街で、工事現場の交通整理をするわけだが、これが極めて楽に思えて、頭を使う難しい作業だった。
普通車両も飛行車両も通常は自動運転だ。
その自動運転システムに負担がかからないように、工事車両の出入りなどのタイミングの調整で役目が生じる。
自動運転システムはどこかが決定的に破綻すると、全体に影響を及ぼしてしまう欠点がある。
例えばどこかの車が緊急で急ブレーキを踏むと、後続車も停車し、さらに後続車も停止し、とドミノ倒しのような現象が起こるのだ。
これを起こさせないために、交通整理の仕事があり、工事現場の車両などとも連絡を取るし、都市の交通を管理する道路交通センターとも無線でやりとりする。
自然と工事車両を出入りさせるために、交通全体の流れを交通センターと共同で整えるわけだが、最初はかなり混乱した。
慣れてくると、次第にコツがわかるが、しかし待機している時間が長くて変に気が緩んでいるか、逆に整理のために変に気を張っているか、そのどちらかになり、それはそれでしんどい。
と、そんな仕事について、俺は一ヶ月、二ヶ月と過ごした。
その間に帝国軍が突然の奇襲作戦を成功させ、自由軍の指導者を拉致し、処刑するという事件があった。
これはいよいよ自由軍も終わりだろう。
自由領域というところには一度、顔を出したかったが、それは叶わぬままで終わりそうだ。
そんなことを考えつつ、俺の生活は休みなく進む。当たり前だ。
ある日、仕事が終わって例の低所得者向けの宿泊施設に帰ると、警官が待ち構えていた。
最初、俺を待っているとは思わず、横をすり抜けようとしたら声をかけられた。
「ズーム・ヒタチさんですか?」
しまった、と思った時には遅い。腕を掴まれていた。
下手に抵抗すると罪が重くなるかもしれない。いや、もう十分に重いんだが。
どうすることもできない俺に、警官は柔らかい笑みを見せる。
「事情を伺いたいのですが、同行していただけますか?」
断れるわけがない。
俺は裏に停めてあった警察車両で、どこかへ連行された。
すでに周囲が暗いのと、数ヶ月を過ごしたのに、俺はこの街のことを何も知らなかった。
大きい建物の前で車を降りる。
すると軍人が待ち構えていた。こいつはいよいよ、まずいんじゃないか?
警官を俺を軍人に引き渡し、俺は軍人と一緒に取り調べ室に移動した。こういうのをなんて言うんだろう? まな板の上の鯉、は別の意味だが、まな板に乗る鯉、か?
いやいや、思考が乱れている。集中しよう。
取調室で、俺と軍人が向かい合う。
「あなたがズーム・ヒタチさんで間違い無いですね?」
「ええ、はい」
「元はヒタチ食品を経営されていた。倒産したと聞いています。間違いないですね」
「はい、はい」
他になんて言える? 俺はもう今度こそ、まな板の上の鯉なのだ。
「取引先についての通報がありまして、それを今、我々、帝国軍が調べています。帝国軍が動く理由はお分かりですね?」
お分かりもなにも、はっきりしすぎるほどだが、なぜか俺は抵抗する気になった。
「ちょっとわからないですね」
おいおい俺、何を言っているんだ? 見てみろ、軍人さんが無表情になったじゃないか!
「今、ここで正直に話していただければ、それで済むのですが」
正直に話す、か。それで済むときた。どう済むんだ?
頭の中には頭領や他の同志の顔が浮かんだ。
結局、俺は自由軍の連中に見切りをつけておきながら、今でもあの連中が好きなんだと、やっと理解した。
「何をご存知か、むしろ俺が聞きたいくらいですよ」
反抗的な態度とみなしたのだろう、軍人は明らかに攻撃性を見せはじめた。
「あなたが経営していた会社はテロリストに食料を供給していた」
「取引相手にテロリストはいなかったな。っていうか、テロリストだってお金を払ってくれるなら、立派な取引相手だと思うが?」
払ってくれなかったけど。
俺は軍人が口を開くのを遮って続ける。
「ええ、ええ、もちろん帝国はテロリストの撲滅を掲げていますね。でも商売はそれとは別です。儲けが全て、金が全てです。それが私の信念です」
なにカッコつけてんだよ、俺よ。
もう命を捨てているのか?
「良いでしょう、ヒタチさん。確認しますよ。あなたはテロリストへ食料を売却した。あってますか?」
「おおよそではあっている。最後には支払いが滞ったがね」
あーあ、俺はどうやら、もう自殺したいらしい。
軍人はピクピクとこめかみをひくつかせてから、唸るように息を吐いた。
「あなたのような小者をどうこうするつもりはありません。他のテロリストの協力者、もしくはテロリストと接点を持ったきっかけなど、話していただけますか?」
話せるわけがない。
なので俺は黙っていた。
「刑が軽くなる可能性があります」
「可能性? 何パーセントだ?」
今度は軍人が黙った。いやいやいや、そこはちゃんと教えてくれよ。
結局、両者がしばらく黙り込み、その沈黙は軍人の「良いでしょう」の一言で終わった。
「今日は留置所で過ごしてください。明日には簡易裁判で判決が出ます」
どうやら今日の夜だけは生命が保証されるらしい。
助かったとは思えないが、もっと酷い拷問を想像していたので、拍子抜けではある。それとも夜の間に留置所から引っ張り出されて、本当の拷問が始まるのだろうか?
それはちょっと非合理的だな、と考えているうちに俺はあれよあれよと留置所に放り込まれていた。
その夜は全く眠れなかった。
結局は怖いのだ。
死ぬかもしれない。くそ、夢であってくれ。
翌朝になり、質素な食事を食べてから、俺は留置所を出た。
狭い部屋に連れて行かれ、そこでは軍人が三人、待っている。
なにやら長ったらしい文句があったが、要約すれば、結論は単純だ。
俺はテロリストを援助した罪で、開拓惑星で強制労働をすることになる。
死ななかった、と思ったが、判決の要点で、びっくりすることに期限を定めないという文言があった。これはさすがに見逃せない。
つまり俺は死ぬまで強制労働、ってことか?
それはあんまりだ。
裁判官役の軍人が、雑に木槌を打ち鳴らした。
……そんな様式には拘らなくていいよ、重要じゃないから。
(続く)
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