26-3話 救出作戦


     ◆



 まんまと敵はやってきた。

 ここトソツ基地は惑星トソツの地上にある。

 当然、衛星軌道上に守備艦隊がいる。これがまず攻撃を受け、攻防の結果、テロリストが情報攻撃を仕掛けてきた。それにより、わずかに守備艦隊の連携が乱れた。

 というか、ここから帝国軍による誘いは始まっているわけだが。

 わざと作られた空間に、テロリストの大気圏突入および離脱能力のある輸送船が三隻、勢いそのままに大気圏に落ちていく。

 宇宙を押さえられてしまうと脱出不可能なので、テロリストどもは宇宙戦闘も継続している。

 さて、俺の仕事も始まる時だ。

 テロリストの輸送船が、まずはトソツ基地を包み込む斥力場フィールドに衝突、火花を上げつつ、これを突破。そこへ実体弾が集中する。粒子ビームもだ。

 防御フィールドを瞬かせる輸送船の腹が割れて、豆の鞘のようなものが無数に飛び散る。

 一つ一つが一個小隊を収納した降下装備だ。

 帝国軍も採用しているものだが、どこで作ったのやら。

 それらが数え切れないほどトソツ基地に突っ込んでくる。ちなみに彼らへの対空砲の攻撃は、緩められている。これも誘い。危険だが。

 輸送船は砲塔から無数に粒子ビームを吐き出し、こちらの防衛能力を弱めようとするが、ただの三隻程度で落ちる基地ではない。

 事前の計画の通り、テロリストの降下装備が、それでも対空砲で撃墜され、火の玉になって、次々に爆散した。

 それでも全ては撃ち落せないし、その上、予定外に輸送船のうちの一隻が推進器にダメージを受けて離脱不能になったらしく、基地に突っ込んできた。

 やれやれ、俺たちの真似をするなよ。

 ものすごい大振動の中でも姿勢を乱さず、俺は部下の四十人に即座に指示を飛ばす。

 テロリストが襲ってくるのはわかっていた。ただ細部はその場にならないとわからなかった。

 こちらが流した情報を信じてくれたようで、テロリストの襲撃部隊は、エディンスンがいるとされている場所に近い地点に降りてきたものが多い。あとはやはり対空砲の制御室を狙っている。脱出のためだろう。

 ただ更なる予定外もある。脱出のためだろうが、こちらの大気圏離脱用シャトルの発着場へ向かっている奴らがいる。

 他にも基地の全エネルギーを生み出している燃焼門へ向かっている部隊もあった。

 まあ、それでもこちらが有利だ。

 俺は本命の方の敵に向かっていった。

 基地の非戦闘員は退避させてある。なのでテロリストどもは、武装した兵士の中に突っ込んだことになる。俺たちほどの使い手ではなくても、数は力になる。

 俺も部下も戦いに加わり、次々とテロリストの白兵戦部隊を始末していった。

 例の特攻してきた一隻の輸送船に向かった部下から報告があった。

『隊長、こいつは自爆兵器ですぜ』

 自爆?

「規模は?」

『大したことはないようです。爆発物が大きさの割に少なく計測されてます。解体しますか? ギリギリでできそうですが』

「いや、退避しろ。こちらに回れ」

 俺たちはいよいよテロリストを制圧し、彼らの生き残りは撤退を決めたようだった。決死隊だったはずだが、指揮官が日和ったか。輸送船のある発着場へ後退していく。

 追撃することもできるが、どうせこちらの船では脱出できないのだ。全ての鉱物燃料を回収してある。

 が、その瞬間に轟音とともに何かが爆発し、俺もさすがよろめいた。天井からパラパラと何かが落ちた。

 何かじゃないな。例の自爆用の輸送船だろう。しかし、なぜ、このタイミングなんだ?

 ヘルメットの中で何かノイズが走った。そうか、そういうことか。索敵妨害物質をテロリストは使うんだった。自爆する輸送船はこちらを破壊するためではなく、本命の輸送船を逃がすために、捕捉を逃れる手段だったのだ。

 ヘルメットを外し、やはりヘルメットを外した部下と声を掛け合い、残っている敵がいないか確認した。

 最終的に落ち着いた時、テロリストは百名程が死体となって残されており、味方にも俺の部隊はほぼ無傷でも三十人を超える死者が出ている。

 そして当然、エディンスンは俺たちが確保したままだ。

 基地司令室へ行くと、基地司令もそこにいて、彼の副官が控えていた。

「敵はどうなりました?」

 さりげなく尋ねると、基地司令が嬉しそうに笑っている。

「あの爆発の後、連中が我々の輸送船を奪ったようだが、脱出するところを守備艦隊が撃墜した。馬鹿げたことをする連中だ」

「輸送船?」事前に聞いていることと違う。「鉱物燃料を抜いたのでは?」

「こちらに混ざっている諜報員をあぶり出すための餌にしたのさ」

 そういうことか。

 それだけで嬉しいという顔でもない。何か別の情報があったんだろうか?

 視線で促してみると、手柄話がしたいらしい、基地司令が喋り始めた。

「例のテロリストの指導者を精神スキャンしただろう。その結果を受け、帝国の秘密部隊があの男の親類や関係者を確保した。逃したものがいるが、十数名が連行されている」

 秘密部隊か。俺たちシナーズもそう呼ばれるが、もっと隠密性の高い部隊があるのだ。

 司令室を出て、俺はもう一度、基地の中を見回った。負傷者が医務室の前の通路に並んでいる。急に血の匂いが鼻をついて、足早にそこを通り過ぎた。好きな匂いではない。

 部下の控え室に行くと、まだほとんど戻ってきていない。

「例の自爆した輸送船の片付けに動員されてますぜ」

「そうか。もう影響は消えたか?」

「影響が消えたどころじゃないですよ。現場はまだ電磁波の嵐で、大変らしいです。一方で技術部門の連中は新兵器の貴重なサンプルが手に入って、大歓喜です。俺も今、帰ってきたところですが、現場はまぁ、大混乱」

 後で見にいくことにしよう。

「こんなことをしている連中は、どういう心理なんでしょうね」

 お茶を用意してくれた部下からカップを受け取り、俺は思わず顔をしかめた。

「あの爺さんを奪われたんじゃ、体裁が悪いんじゃないか?」

「でもテロリストはすぐに指揮権を再構築できるそうじゃないですか」

「それはどうだろうな」

 俺はそっと椅子に座り、お茶を飲んだ。

「権力争いが逆に激しいだろうさ。皇帝陛下のような方がいれば、上から下へ命令が流れるのが自然だ。だがテロリストは合議で結論を出す。横とのつながりが嫌でも重要になる。横と繋がるってのは、権威で繋がるのとはわけが違う。では何で繋がるかは俺にも言葉にできないが」

 それから雑談をして、俺も例の自爆した輸送船の様子を見に行った。

 聞いていた通り、瓦礫の山を人が人力で片付け、科学者らしい連中が何かを採取している。そんな全員が防護服を着ていた。俺たちシナーズの戦闘服は防護服も兼ねているので、平凡な防護服の群れの中では目立つ。

 通信をしようにも不可能なので、その場で作業している連中は身振りで意思疎通している。

 数時間ほど、手伝ってから、その時には通信も回復したので、俺は部下を集めてミーティング室へ移動した。

 そこでやっと戦闘の詳細がわかり、戦死者は一人もいないとはっきりわかった。負傷者は軽傷が二人、すでに治療を終えてこの場にいる。

 交代で休憩するように指示を出し、俺も基地の中の部屋で休んだ。

 それから数日で、エディンスンの親族という集団がどういうわけかトソツ基地に連行されてきた。俺は彼らとは顔を会わせなかった。気が引けたわけではなく、興味がなかった。

 取り調べの結果はデータで確認したが、目新しい内容はない。

 さらに数日が過ぎて、帝国軍は全宇宙に向けて声明を発表した。

 自由軍を名乗るテロリストの中心的指導者であるレックス・エディンスンと、その親類を処刑した。

 精神スキャンに関しては何も触れていない。

 しかし多くの帝国民は気付いたはずだ。気づいても、テロリストに情けは無用という発想が、すでに帝国を支配している。

 俺もその報道を無感情に聞いていて、これでいよいよ自由軍を名乗るテロリストも、本気になるだろうな、と考えた。

 俺たちのような白兵戦部隊に出番はなかなかないだろうが、しかし、任務があれば、それをきっちりこなしてみせよう。

 それが俺たちの存在意義だし、使命である。

 宇宙のどこかをさまよう、違う思想を持つだけの同じ人間を、無残に殺すのが、俺の仕事か。

 虚しいといえば虚しい。

 でもそれが俺に示された道、俺が選んだ道、俺が進んだ道だった。



(続く)

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