26-2話 情報の奪取


     ◆


 帝国軍は、自由軍と名乗るテロリストの実質的指導者である、レックス・エディンスンを確保した、と公表した。

 これには帝国中のメディアが沸騰したが、帝国軍は徹底して、エディンスンの姿を動画も静止画も撮影させず、また肉声さえも流さなかった。

 これが一転、帝国中で議論の的となったのは言うを待たない。

 レックス・エディンスンといえば、大演説を行った張本人である。肩書きは自由評議会議長だろうと推測され、まさに指導者だ。

 メディアの一部には、これにより自由軍は統制を欠く、という意見があり、また一方では自由軍はその性質上、すぐに次のリーダーを決定して戦いを継続するだろう、と意見が交わされた。

 他にも、エディンスンに精神スキャンを行うべきか否かも、メディアは意見を戦わせ始めた。

 エディンスンの知っている情報は極めて重大で、可及的速やかに確認し、さらには作戦へと発展させるべきである。

 だが、エディンスンを精神スキャンにかけてしまえば、彼は廃人となり、もはや捕虜としての価値が大きく失われる。精神スキャンはほとんど処刑と同義であるという意見が散見された。

 まあ、俺はそういうやりとりの中心も中心、爆心地にいるわけで、逆に愉快ではある。

 なにせあの爺さんの進退を決めることはできないが、特等席で見ることはできそうだった。

 エディンスンはまず、通常の尋問を受けた。もちろん、口は割らない。

 次に自白剤。ここで少しずつ情報がわかってくる。ただあまりに断片的で、まるでピースがごっそり失われたパズルのようなものだ。的を射ない回答も多い。

 ここで取り調べを担当している諜報部門の連中が意見対立を起こした。

 一派は自白剤の量を増やし、時間をかけて情報を得たい。

 もう一派は、即座に精神スキャンにかけるべし、という意見だ。

 世間では精神スキャンについて議論が行われている真っ最中なのに、事態はすでに決断の瀬戸際である。

 幸いにも俺は意見を求められなかった。そもそもは同席することも要請されていないが、無理やりに加わっていた。俺の階級が少佐だからだろう。そうでなければ、元から首を突っ込みたがる人間と知っていて、諦めているか。

 諜報部門、医療部門、情報部門、喧々諤々の議論の末、精神スキャンの使用が決定された。

「あの爺さんを廃人にするとは、えげつないな」

 会議が終わって、帰りがけに諜報部門の知り合いに声をかけると、疲れた笑みが返ってきた。

「捕まえてきたのはイコルさんじゃないですか」

「そういう指令が出たんだ」

「あなたはこれで勲章でももらえるでしょうけど、私たちこそ本当に裏方なんですよ。嫌な仕事です」

 彼と別れて、俺は自分たちの部隊に与えられている休憩室へ向かった。

 部下の一部は休暇を取って留守にしている。残っている半分は訓練だ。残り半分が待機状態で、休憩室で例のごとくカードで遊んでいる。

「あの男はどうなりました? 隊長」

 カードに加わらず雑誌を読んでいた部下が声をかけてくる。

「頭がパーになることが決まったよ」

 部屋にささやかな笑いが起こった。

 しばらく俺もカードに混ざっていたが、個人の携帯端末に呼び出しがあり、それは基地司令からだった。

 何の用だ?

 部屋を出て、足早に執務室へ向かう。ドアをノックすると、返事があり、穏やかさを意識して中に入った。

 基地司令は帝国軍人の一バリエーションである、でっぷり太った男だった。

「イコル少佐、君たちにまた出番がありそうだ」

「また人攫いですか?」

「その出番ではない。テロリストがここを嗅ぎつけた」

 へぇ、それはまた。

「情報漏洩はつきものですが、早すぎますね。調査はどれほど進んでいますか?」

「この基地に潜入している男を二人、確保した。精神スキャンの結果がすぐに出るだろう」

「で、すでに通報済みで、テロリストの連中が大喜びでこの基地へ押し寄せてくる?」

 基地司令がにんまりと笑う。

「力押しではここは落ちない。それを連中も理解してるだろう。そうなれば、少数の部隊を送り込むだろう」

「で、我々に、その小ぢんまりとしたお迎えの方々を相手に、白兵戦をやれと? 基地は広すぎます。こちらは四十人しかいない」

「罠を張る。例の男を餌にしてな」

 そういうことか。誘い込んで叩く。悪くない作戦だが、それほどうまくいくだろうか。

 できれば部下を無用な危険には晒したくない。俺が選び出し、鍛え抜いた精鋭なのだ。

 帝国軍における最強の白兵戦集団の一つだと、俺は思っている。第一艦隊所属の海兵隊や陸戦隊にも負けない。同数なら、と付け加える必要はあるが。

「とにかく、諜報部門と連携を取り、敵をおびき出す。君たちも待機しろ」

「了解です、司令」

 敬礼して、部屋を出た。休暇を取り消される部下を哀れに思いつつ、俺の思考はもう別のところへ向かっていた。

 敵はどれくらい来るのか。

 どの程度の練度なのか。

 どうすれば効率的に敵を倒せるか。

 これは近いうちに他の連中、他の部局と打ち合わせなくちゃいかん。作戦如何によっては、損害がいたずらに増える。

 休憩室に戻ると、俺はそこでまだ遊んでいる連中に声をかけた。

「近いうちにお客さんが来るそうだ。楽しみにしておけよ。それとしばらくは全員が待機だ。休暇の予定もキャンセルだぞ」

 一部の兵士が悲鳴をあげる。

 何はともあれ、いつもの、任務がいつ来るかわからない、という状態じゃないだけマシだろう。

 仕事があるって、素晴らしいことだな。しみじみと感じるよ。

 基地司令から話を聞いてから三日後、エディンスンに精神スキャンが行われた。手加減なしの、最大出力でだ。見ていて気分がいいものじゃない。

 爺さんは今にも魂を吐き出すんじゃないかと思えるほど、拘束された椅子の中で震えまくり、最後には脱力した。

 彼の頭から吸い出されたデータが人工知能の助けを借りて、即座に系統立てられた。

 重要な情報が無数にそこにはあった。

 テロリストが敷いている、彼らが自由領域と名付けた複数艦の大型宇宙母艦を守る防衛網と、警戒網。全艦隊の規模、戦力、人員。重要人物の姓名と顔もわかった。

「さすがにすごい収穫だな」

 データ閲覧室で俺が呟くと、誰かが「想像以上です」と答えた。

 そんな大収穫を俺たちに与えてくれた当人は、車椅子で医務室へ運ばれていった。目は開いているが、顔は弛緩しきって、口からはよだれが流れていた。もう指一本動かせない、そんな雰囲気だ。

 残酷、冷酷、そういう言葉も、こういう場面を見ると、どこか安っぽく感じる。

 俺にはたまに、帝国軍が本当に善なのか、わからなくなる時がある。

 いや、帝国軍は善なのだ。善だが、善ならなんでも許されるのだろうか?

 そんなことを考えて一週間もしないうちに、基地司令のお呼びがかかった。執務室に行くと、顔見知りの諜報部門、情報部門の佐官も待ち構えていた。

「いよいよ歓迎会の日取りが決まったぞ」

 やれやれ。感慨に浸る暇もない。



(続く)

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