25-4話 正しい行い


     ◆



 激しくイースト・セブンスが揺れる。

 赤いランプが点滅し、さらなる振動。

「防御フィールドがダウンしているぞ!」

「燃焼門が一基停止している! エネルギー不足が起こるぞ」

 状況を確認している二等兵が口々に怒鳴る。

 再び、強烈な振動。

 アームに支えられたシートで、砲撃手が、強くシートを殴った。

「くそ! やられた! いかれちまった!」

 彼がアームを伝って降りてきたかと思うと、端末に飛びつき何かを調べたかと思うと、部屋を出て行こうとする。

「持ち場を離れるな!」

 思わず僕が大声を上げると、二等兵も怒鳴り返してくる。

「まだ生きている砲がある! 反撃する!」

 結局、その二等兵はそのまま飛び出して行き、まさにその瞬間、強すぎる振動と同時に爆音が響き、僕たちがいる部屋にも通路から爆煙が吹き込んできた。

 部屋のドアが強制封鎖される。

 その光景を、部屋の中にいる四人が呆然と見ていた。

 酸素の供給はある。通路の気密が確保されればすぐに出られるだろう。

 どちらによ、まだ戦闘中だ。

 時計を見る余裕もなく、エネルギーのやりくり、索敵、友軍との連携と、やることは多い。艦橋とのやりとりも頻繁だが、艦橋の方が僕たちより慌てているようだった。

「フィールド消滅!」

 一等兵が叫ぶ。

 僕はそれに声を返そうとした。

 砲座の向いている先の映像を視線は見ていた。

 見てしまった。言葉を失った。

 こちらに機動戦闘艇が突っ込んでくる。

 エネルギー魚雷の発射準備は終わっている。

 あとは僕が蒸発するだけだ。

 唐突な体の震え、しかし心は冷静だった。

 光が放たれ、向かってくる。

 目を閉じなかったけど、それで何が変わるだけではない。

 強力過ぎる熱が、一瞬で僕と僕の班を消し飛ばしていた。


     ●


 帝国はその日、全支配域で同時に、戦死者追悼式典を開いた。

 もちろん、自由軍との戦闘が終結したわけではない。

 現時点での戦死者は百万人になろうとしていた。

 追悼式典では中継で帝星での会場にいる銀河帝国皇帝の短い言葉が放送され、あるものは泣き、あるものは無表情に、あるものは怒りをにじませて、それを聞いた。

 それぞれの式典の会場で、惑星政府の関係者、帝国軍の関係者が死者を悼む言葉を口にした。

 惑星フィスパークでの式典で、この時、帝国軍の関係者が席を降りようとした瞬間、叫んだ男がいた。

「息子を返せ! 返してくれ!」

 初老の男で、それをきっかけに、参列者が次々と立ち上がり、叫ぶ。

「未来を返してくれ!」

「お前たちは何をしていた!」

「自分たちだけ離れたところで見ているだけか!」

 警備員がやってきて、次々と叫び声をあげる参列者を確保している。挨拶を終えたばかりの軍人がマイクの元に戻り、苦り切った顔で言った。

「我々は全力を尽くしています。それでも犠牲は出てしまうのです。あなた方が、帝国臣民として、正しい行いを選ぶことを、期待します」

 会場はざわつき、しかし潮が引くようにそれさえも消えた。

 誰もが理解した。

 正しい行い。

 それは、帝国を非難しない、ということだと、軍人は言ったのだ。

 裏を返せば、帝国を否定している人間は、帝国にはいらない、ということになる。

 そんなことがあるのか、と惑星フィスパークの会場で、ゼヴァ夫妻は身をこわばらせ、グッと喪服の裾を握りしめていた。

 式典が終わり、二人はゆっくりと歩いた。

 住み慣れた町を歩くと、幼いセーダが路地から飛び出してきそうな気さえする。もう十年以上前の息子の姿を、二人共が幻視した。

 生活している家が見えてくると、後ろから自転車に乗って大学生のセーダがやってくる気配。

 振り向いても、誰もいない。

 家に入り、二人はそれぞれに喪服を脱いで、リビングでお茶を飲んだ。

 玄関のドアが空いたような音がして、ゼヴァ夫人がそちらを見る。釣られたようにゼヴァ氏もそちらを見たが、もちろん、誰も玄関を開けていない。

「なんだったんでしょうね、いったい」

 夫人の言葉に、氏はかすかに顔を歪めた。

「運がなかったのだろう。タイミングが悪すぎた」

「でも……、でも……」

 夫人はどうにか言葉を口にした。

「何も返ってこないなんて、悲しすぎる」

 そう、二人の一人息子、セーダ・ゼヴァは戦闘艦イースト・セブンスの撃沈で戦死し、遺品は何も残っていない。全てが宇宙に消えてしまった。

 夫妻の元には通知が来ただけで、初め、夫妻は何かの間違いかと思い、独自に調べたほどだ。

 帝国軍の公式のデータベースに、イースト・セブンスの乗組員の一覧がある。その中にセーダの名前があった。

 そして戦闘艦イースト・セブンスは、確かに沈んでいた。

 そこまで調べても、夫妻は信じることができず、今日を迎え、信じきれないままで追悼式典を終えたのだった。

 二人が涙をこぼしつつ、今後のついて話し合った。

 帝国軍と自由軍の戦争は、何も生み出すことはない。あるとすれば、悲劇だけだ。

 ではこの戦争をどうやって終わらせられるのか。

 帝国軍を強く後押しするしかなかった。

 帝国軍が圧倒的物量で、即座に自由軍を壊滅させる。

 それで戦争は終わるんだ。犠牲者は出るだろう。自由軍も、悲惨な事態になる。

 だがそれをもってしなければ、誰も矛を収められない。

 それ以降、惑星フィスパークでは、大規模な、自由軍の戦力放棄を求める運動が起こり、デモも繰り返されるようになる。

 これと同じことがいくつもの帝国の惑星で起こり、自由軍こそが悪である、という感情が市民の中に共有されていった。

 帝国軍は促成栽培兵士と呼ばれている、急造の兵士の育成を一時的に停止し、まずは準軍学校で訓練を積んだものを、順次、軍に組み込むと方針を変えた。

 これもまた、帝国臣民の運動の成果だと大きく喧伝されたが、すぐに下火になり、やがて消えた。この程度の自由さえ、帝国は失っていたのだ。帝国民に求められるのは、従順に、盲目的に従うことだけか、と情報ネットワークで発言したものが、帝国軍に処刑された、などという噂もあった。

 ある時、ゼヴァ夫妻の元に一通の封書が届けられた。ゼヴァ氏はそれを開封し、じっと文面に目を落とした。

 あなたたちの勇気ある行動を称えます。

 要旨はそんな内容だった。ゼヴァ氏はじっとそれを見てから、封筒に戻し、夫人に手渡した。夫人もそれを受け取り、読むと、かすかに顔を歪めた。

「本当に勇気があれば、良かったのにね」

 呟く夫人の肩を、氏がそっと抱き寄せた。

 勇気があれば、たとえ決定でもそれに逆らって、一人息子を戦場へ送り出したりはしなかった。そうすれば今も息子は自分たちの側で、普通の生活を送っただろう。

 夫妻は玄関のドアが開く音を聞いた気がして、反射的にそちらを見た。

 もちろん、ドアが開くわけもない。錯覚だ。

 ただ二人が同時に振り返ったことで、二人の中ではその錯覚が意味あるものに思えた。

「セーダが帰ってきてくれたかもしれませんね」

「かもしれんな」

 夫妻は穏やかに笑って、リビングの光景を眺めた。

 セーダはいない。いないが、まるでいるような気がした。

「お帰りなさい」

 夫人の言葉に答えるものはない。




(第25話 了)

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