SS第26話 奇襲

26-1話 拉致作戦


     ◆


 俺がこの任務に選ばれたことは、光栄でありながら、不安でもあった。

 何せ、敵の中枢も中枢、ど真ん中に襲撃をかけるのだ。

 俺たちが乗っている特殊船シルバーストンはほとんど砲撃戦をこなせない。防御フィールドだけは相当なものを積んでいるが、火砲は数えるほどだ。

 ま、本来の任務を考えれば、当然ではある。

 亜空間航法の離脱まで十分を切っている。

 その突撃室で、俺の部下四十名が整然とシートに腰掛けていた。立ち上がると即座に床に収納される優れもののシートだ。

「野郎ども! 狙う相手はわかっているな!」

『イエッサー!』

 力強い響き。良いじゃないか、俺が好きな感じだ。

 俺のヘルメットの内部に小さなウインドウが開き、シルバーストンの船長ユーリッヒ・スタンフォード大佐が映る。

『作戦の成功を祈る』

「ちゃんと送り届けてくれよ」

『もちろんだ。収穫を期待している。それまでは待つとしよう』

 シルバーストンはほとんど決死艦でありながら、今まで、生き延びている。ずっと艦長をやっているユーリッヒの豪胆さも相当なものだ。

 亜空間航法を抜けるまであと五分。俺は装備の確認を始めた。

『戦場に着くぜ、お客さん』

 全員のヘルメットの中にその管制官からの声が響いただろう。

 亜空間航法を離脱する。船が強引な機動を始め、慣性を感じる。

『目標を確認した。ちょいと揺れるが、舌を噛むなよ』

 ちょっとどころではなく、激しく右へ左へ力が加わる。すっ転ぶような俺たちではないが。

『接触まで十秒、九、八、七』

 カウントダウンが始まる。俺はシートのベルトを不安に駆られて確認した。ピタッと体に密着している。大丈夫だ。

『三、二、一、接触!』

 とんでもない音が響き渡るが、ヘルメットでだいぶ軽減された。

 それ以上に前に吹っ飛ばされそうになり、シートベルトがそれを優しく防いでくれる。

 そのシートベルトも自動で外れ、シート共々床に格納された。

 特別室の四十人が見ている目の前で、壁が割れる。

 さて、仕事だ。

「事前の計画通りにやるぞ、戦果を期待する」

 四十人が駆け出し、突撃室を飛び出した。

 飛び出した先は、どこかの宇宙船の中だ。空気がどんどんと漏れていくので、壁の赤いランプが明滅し、隔壁が降りようとしている。

 部下の一人が手近な端末に飛びつき、カードをそこに差し込んだ。

 隔壁が停止する。空気がみるみる抜けるが、予定通り。壁から緊急事態のための粘液ボールを放出され、シルバーストンとテロリストの艦の隙間を埋める。

 空気の流出があっという間に解消された。よしよし、計画通りだ。俺たちは先へ進む。

 通路に飛び出してきたのは、自由軍の制服を着ている連中だが、容赦するつもりはない。宇宙服を着てる奴もいるが、それは無駄だったな。

 残らずエネルギー小銃で撃ち倒し、先へ。

 この艦、宇宙戦艦エクスムーンの構造は知りすぎるほどに知っている。事前に徹底的に分析し、内部の情報を徹底的に頭に叩き込んだ。そうでなければこんな作戦は実行できない。

 俺は部下を十名引き連れて、艦橋を目指した。次々と出てくる自由軍兵士を屍に変える。彼らに一言の叫び声を上げる間も与えず、即死させる。これが意外に意味のあるテクニックだ。静かな方が不気味な時がある。

 艦橋の前には簡単なバリケードがあったが、手榴弾とエネルギー小銃の斉射でボロボロにして、抵抗力を奪った。

 艦橋に入るとオペレータはほとんど避難したようだった。もっとも、オペレータに用はない。

 その男は堂々とそこに座っていた。艦橋の一番上のやや広いスペース。

「ヘルメットのままで悪いが」

 俺は彼に小銃の銃口を突きつけた。それでも動じないのは、逆に気圧されそうだが、俺は俺で場数を踏んでいる。

「レックス・エディンスンだな?」

 初老の男は立ち上がり、両手を挙げた。

「抵抗はしない。無駄死には嫌いでね」

 なるほど、宇宙規模での有名人には、それ相応の胆力があるらしい。

 だがしかし、なぜ自決しない?

 自決されれば、それで俺たちの任務は半ば失敗だったのだ。

 こうなっては、予定通りに進めるしかない。それが逆に不安にさせるが。

 俺は部下に指示を出して男が爆発物などを身につけていないことを確認してから拘束させ、船に丁寧に運ばせた。俺自身は艦のメインコンピュータから情報を盗もうとしたが、無理だった。完全に破壊されている。

 その上、艦の緊急時に自沈するシステムが起動しており、たった今も燃焼門が最大効率で動き続け、機関は暴走の一歩手前だった。

 どうやらあの爺さんは船ごと消えるつもりだったらしいな。そうとしか思えない。

「さっさと引き揚げるぞ、野郎ども」

 俺たちは走りに走って、特別船シルバーストンに駆け戻った。立ち塞がる自由軍兵士は一人残らず射殺した。難儀な仕事だが、仕方がない。

 船に戻ると同時に通信が届いた。ユーリッヒだ。

『帰ってきたな、戦闘は我が方が有利だ。だがこの船は集中砲火を浴びている』

「だろうな、自分たちの親玉がさらわれかかっているんだ」

『とにかく離脱する。シートにつけ』

 四十人がシートに着く間にも、突撃室のデタラメに頑丈は壁、ハッチは閉鎖され、ぐらりと船が揺れた。そうか、四十人がここにいるということは、一人の損耗もなかったのだ。何よりだ。

 俺はヘルメットの中に、シルバーストンの状況を映し出した。

 大出力フィールドはひっきりなしの粒子ビームを堂々と弾き飛ばしている。機動戦闘艇が群がり、エネルギー魚雷を打ち込んでくるのも、防ぎきる。

 それもそうだ、帝国軍の中でも最強クラスの防御力だしな。

 宇宙戦艦エクスムーンの船体に大穴が開いているが見えた。

 そこにたった今までシルバーストンが頭をぶち込んでいたことになるのだった。

 宇宙戦闘で滅多にあるわけではない接舷しての白兵戦。それを強引に行う船こそがこのシルバーストンであり、実行部隊は、シナーズ、と呼ばれる俺たち特殊部隊だ。

 シルバーストンが船首を巡らせ、前進し始める。自由軍の通信は暗号解読が間に合わず、よく聞き取れないが、混乱しているのは間違いない。

『亜空間航法に入るぞ。気をつけろ』

 船長からの声と同時に、奇妙な浮遊感。それも消えて、シンとした空気になる。

「よし、シナーズの各員、戦闘態勢を解く。十の班に分かれて、交代で捕虜の警戒、監視に当たれ。負傷者は医務室で治療だ。誰かいない仲間がいるか? 報告しろ」

「全員揃ってます」

 確かに揃っているようだ。

「よし、いいぞ」

 四十人がシートを降りる。三十六人がめいめいに待機室を出て、居住スペースに向かうのを横目に、俺はヘルメットを外し、髪の毛をかきあげた。

「イコル隊長、こんなにうまくいくものですか?」

 直属の部下の一人が声をかけてくる。俺とこいつ、他二名が第一班として最初の監視任務にあたるわけだ。

「うまくいく時はあっさりしたものさ」

 適当に答えつつ、俺はエネルギー小銃を手に、船の中にある三つの独房のうちの一つを前に立った。

 ドアが本来は真っ黒だが、外からだと操作によって透明にできる。向こうからは黒のままで、こちらは見えない。

 透明になったドアの向こうで、小さな寝台に腰掛けている男は、微動だにしない。

 やはり相当な精神力の持ち主だな。

 精神力だけで生き延びられるわけでもないが。

「仲間が助けに来ると思っているのでしょうか?」

「どうだろうな。全てを諦めている、という顔ではない」

 動かない男を眺めていても仕方がない。ドアを黒に戻し、その周囲を俺たち四人で固める。

 特に雑談もしない。そういう連中を俺は集めた。さっきから俺に質問しているのは新入りで、これから俺たちの流儀を学んでいくと思う。

 すぐに交代の時間になり、俺はまずたっぷり睡眠を取り、目覚めると保存食をガツガツ食べた。それから他のくつろいでいる隊員とカードで遊び、最後に操縦室に行った。

 操縦室と言っても、かなり広く、六人の人員が常に席についている。

 わずかに高い位置の席に座っている男に、俺は軽く手を挙げた。

「うまくいって良かったよ、船長」

 そう声をかけると男前のユーリッヒがニヤッと笑う。

「君たちの実力だ、隊長」

「あんたと組んでいると、なんでもできそうだ」

 俺は操縦室を出て、自然と独房へ行っていた。監視している部下が敬礼する。

 ドアを透明にして、中を見た。

 捕虜は、ジッとしていて動かなかった。

 まるで俺たちは人形か何かを拾ったような感じだな……。



(続く)

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