SS第25話 若者の戦争
25-1話 奪われる可能性
◆
僕、セーダ・ゼヴァの未来に影を落としたものは、ただ一つ、自由軍だ。
惑星フィスパークで、普通の私立大学で勉強をしていた。将来は平凡な教職にでも就くつもりで、講義をこなし、着実に学生生活は進んでいたはずだった。
僕が大学四年生になってすぐに、例の発表があった。
俗に、大演説、と呼ばれる自由軍の妙な主張である。
結果、帝国軍はその戦力の拡充を決め、半年が過ぎると、帝国では大々的に宣伝が打たれて増税が敢行された。
帝国軍はまず艦船の大増産を決定し、これが六大工廠惑星の限界を超え、様々な惑星にある工廠施設がフル稼働になった上、数え切れない惑星の民間の工場でも艦船の製造が行われた。
これはまだ僕には大きな影響がなかった。ありとあらゆる税の税率が一気に高まったし、両親はそれぞれに負担を感じていたようだった。
そう、僕はまだ能天気に学生生活を続け、その頃には母校の中学校に行って実習さえしていたから、呑気なものだ。
そうして迎えたフィスパークの少し早い春に、その通知があった。
惑星フィスパーク政府からの通達は、僕に軍人になるように告げていた。
最初、何かの冗談かと思った。この通達に関して、僕は即座に同じ学年の仲がいい学生に確認したし、同時に情報ネットワークでも情報を漁った。
嘘でも冗談でもなかった。
友人も、そして見知らぬ情報ネットワークの向こう側の青年も、同じ通知を受け取っていた。
銀河帝国のほとんど全域で、大規模な徴兵が決定されていた。
驚きから回復して考えたことは、軍学校、準軍学校の連中はどうしたんだ? ということだ。
僕は普通の私立大学に通う、普通の人間だ。格闘技も知らず、拳銃さえも持ったことがない。帝国軍の艦船に関する知識も薄いし、宇宙戦闘のなんたるかを何も知らないのだ。
そんな僕たちよりも、軍学校、せめて準軍学校で学んでいる連中の方が兵隊として使えるはずだ。
僕が考えたことを、他の学生が考えないわけがない。そして調べ始めるのは自然な発想だ。
どこからの情報だったか準軍学校でも成人年齢である十八歳を超えたもの、あるいは入学から三年を経たものは即座に軍に編入されているという。
そのことを知ったところで、僕の疑問が解消されるわけがない。
両親は呆然として通知を見ていた。
通知は書類で届いていた。数ヶ月前に、電人会議と名乗る奇妙な存在が現れ、帝国中の電子資産が危険にさらされたことがあった。それ以来、銀河帝国は重要な書類の類を可能な限り電子情報化せず、物理的な方法で伝えてくる。
これを僕たち帝国民は、原始的手法、などと呼んでいたけど、それはもうどうでもいい。
「うん……あぁ……」
母が両手で顔を覆って泣き崩れる横で、父がそう言って僕を見て、視線を書類に戻した。
大学の卒業まで一ヶ月と少ししかなかった。
準備することはほとんどないようで、すぐに帝国軍の下士官の制服が送られてきた。身分証を兼ねているという階級章も付いていた。軍曹である。
いきなり僕が軍曹になって、誰がその指揮を受けたいと思うだろう?
そもそも、僕に何ができる?
学校は妙に静まり返っていて、それが学生たちの動揺の現れなんだろう。僕たちが軍に組み込まれたら、次の年には今の三年生が同じ道を進むことになる。今の二年生も、二年後には同じ道を進む。
学生は明らかに、不安に飲まれていた。
もしかしたら一年後には自由軍なんて消滅していて、学生は学生として生活し、平凡な生活を送るかもしれない。
でも僕はもうダメだった。
誰にも止めることのできない事態が、現在も進行している。
卒業式に軍人が来て、参列していた父兄から物を投げつけられる事態もあった。
僕たち、当の学生は、式が終わると仲間だけで集まって、酒をさんざん飲んだ。
もうこれからは自由に飲酒もできないだろうと、みんな考えていた。
大騒ぎがそこらじゅうの店で起こっているようで、ふと我に帰ると、それがものすごく切ない気持ちにさせた。
この街は、まるで悲劇と絶望に支配されているようだった。
深夜に家に帰ると、父と母がリビングで何か話していたけど、僕がそこに入ると、すぐに会話は切り替わり、何の話かは結局、聞けなかった。
翌日は二日酔いで、頭が痛くてずっと寝ていた。
夜になって夕飯のためにリビングに降りると、テーブルの上には豪勢な食事があった。
そして控えめに、ワインの瓶が一本、置かれていた。
両親と三人で、食事が始まった。特にこれといって特別ではない、自然な会話。両親は僕の昨夜の馬鹿騒ぎをちょっとだけ批判し、気を引き締めるように言った。
それだけで母は目を潤ませていた。
父がワインの栓を抜き、コルクがうまく抜けなかったことに三人で笑い声をあげた。
三人でお酒を飲むのは、初めてだった。なんで今まで、しなかったんだろう?
食事が済んで、母が食器を片付け始めた。手伝うよ、と声をかけたが、お父さんと話をして、と言われてしまった。
父はテレビ番組を気のない様子で眺めていて、僕に気づくと、テレビを消した。
「気をつけて行ってきなさい」
そう言われても、どう気をつければいいのやら。
「あまり危ないものには近づかないようにするよ」
「そうしなさい。お前は気が弱いからね」
おもわず笑ってしまった。
気が弱いのは、誰よりも僕が知っている。
急に父は昔話を始めた。大学を卒業し、一般企業に勤め、今に至る、何の変哲も無い一般人の半生を語られても、僕としては困る。
困るけど、それが父が僕に示すことのできる最大の教訓なんだと、理解が及んだ。
話が終わって、母がやってくる。
「お父さん、早くお風呂に入っちゃって」
呻くようなことを言って、父が風呂に向かった。
部屋に母と二人になって、僕は何も言えずに、お茶の入ったグラスを揺らしていた。
「あなたは気が弱いから」母が静かな口調で言った。「危ないことには近づいちゃダメよ」
僕は思わず笑ってしまった。
「それさっき、お父さんにも言われよ」
「そうなの? あら、いやだわ、私ったら……」
母がそう言って口元を押さえ、控えめに笑い、それから真剣な顔になった。
「でも本当よ。危ないことはしちゃダメよ」
「危ないも何も、戦争なんだよ。みんな命がけさ。平等にね」
「なんで、あなたなのかしらね……、本当に、なんで……」
何かが滲み出すように、母がさめざめと泣き始め、僕は母の手を握るしかできなかった。
それから数週間で、僕は惑星フィスパークを離れた。衛星軌道上の宇宙空港に、帝国軍の紋章と、おそらく所属している艦隊のパーソナルマークの描かれた大型輸送船がチラッと見えた。
輸送船の名前を聞いたけれど、すぐに忘れてしまった。前を歩く、やはり学生上がりの新兵にくっつていけばなんとかなるだろう。
どうにか乗船し、四人部屋に押し込まれ、そこで三人と知り合ったけど、全員が即座に離れ離れになることを予測していた。
これは事前の情報、信憑性がないながらも、同じ惑星の出身者を同じ艦には乗せない、という噂があったからだ。
その三人とは比較的、仲良くなったけど、艦内放送で艦の外に出て整列するように言われた時、それまでだった。
いつの間にか大型輸送船さえ格納できる、超大型母艦に着艦していた。亜空間航法をいつ使ったのかさえ、気づいていなかった。輸送船には一日ほどしか乗っていないのに、僕はもう故郷からはるかに引き離されてしまった。
広すぎる格納庫に僕たちは整列した。
これから軍人になるなんて気構えは、少しもできていなかった。
(続く)
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