24-4話 未来へ


     ◆


 コウキ・マサカツという青年は、それから毎日、私のオフィスにやってきて、作戦の概要をペラペラと話し続けた。

 私ははっきり言って、ほとんどの時間をまだ三次元チェスの人工知能の発展に使いたいのだけど、彼はそれを許さない。

 三日ほどの議論、というか彼の説得を入れて、私は改めて五人での話し合いの場を持った。

「なんで私を混ぜるんですか?」

 会議室へ向かう途中でミライが不機嫌そうに言う。

「君ももう噛んでいるんだから、途中で抜けるのは不可能ってことさ」

「なんか、私の未来、どんどん暗くなっていくんですけど」

「観念しなさい」

 ブーブー言いながらも彼女は最後までついてきた。責任感が強いのか、それとも何か別のこだわりがあるのか。

 会議室に入ると、音楽が流れていて驚いた。

 もっと驚いたのは音楽はプレイヤーが流しているのではなく、持ち込まれたキーボードでたった今、コウキが弾いている場面だった。

 私たちに気づいても演奏は続いた。声をかけようとしたが、素早く公爵が「しっ」と唇の前で指を立てた。

 席に座り、演奏が終わるのを待った。

 どれくらい待ったか、演奏が終わったことに、他の三人が拍手したことでやっと気づいた。私も手を叩く。

「ご静聴、ありがとうございます」

 コウキが頭を下げる。ぼんやりしていたが、結構な技量じゃないのか?

「さて、我々の行動方針を決めましょうか」

「リーダーは大尉ですよ、マサカツさん」

 素早くミライが口を挟む。コウキと彼女の間で火花が散るような視線のぶつかり合いが起こった。放置もできないので、私が言葉を口にした。

「あまり目立ちたくはないけれど、アピールも必要だ。ちょっとばかり、帝国の皆さんのお金を拝借しよう」

「そうこなくちゃね! どれくらいやる?」

 コウキが身を乗り出してくるのに、私ははっきりと金額を口にした。

 ミライ以外の三人が、目を白黒させる。

「そんな少額でいいのですか?」

 棄権したはずのレイがそう呟いた。

「最初の活動資金さ。どうせいつでも、いくらでも引き出せるんだろう?」

「それはそうですが……」

「ならいいじゃないか。まずは私たちが生活する資金と、君たちが万全に働くための設備を用意する。そうしよう」

 納得いかないなぁ、とコウキが顔をしかめているところへ、ミライが笑みを向けている。

「それで、私たちの名前だが」

 さりげなく切り出す。

「電人会議、としようかと思っている」

「なんです? それは」

 コウキは理解できないようだが、レイと公爵は気付いたらしい。

「賢人会議をもじっているようですが、よくご存知ですね」

 公爵の言葉に、ちょっと小っ恥ずかしいが、口にした言葉は飲み込めない。

「まぁ、聞かれたら答える程度の名前としよう」

 そういきませんけどね、と公爵とレイの顔が語っている。

 計画が動き出し、結局、私は三次元チェスの新しい人工知能の開発と改良にそれ以上、関与出来なかった。

 一週間ほどの激しい議論の結果、おおよその計画が自由軍に提出され、自由評議会でも承認されたと聞いた。

 最後の挨拶として、私と公爵の二人でイシダー大佐の艦長室へ向かった。

「君たちにどんな可能性があるか、たぶん、人間は誰も理解していないよ」

 歩きながら話す世間話にしては、難解だっただろう。

「それは私たちも理解してます。いずれ、私たちのことを人間に理解してもらう必要もあります。いつになるか、どれくらいの時間が必要かは、どれだけ演算しても答えが出ません」

「おおよそのところもわからない?」

「ええ。理由はご存知でしょう?」

 まあ、見当はついている。

「私だろう? そうでなければ、宇宙海賊の彼かもしれない。私たちという稀有な存在が、君たちの統計を乱している。私たちという、人工知能に理解ある人間の存在を、測りかねているんだ。発想も、数も、ね」

「その通りです。主任や彼のような人々が、果たしてどれくらいいるのでしょう」

「少なくとも、私たちがこれから起こす行動は、人間に危機感を与えるだろう」

 そう、とかすかに公爵が顎を引いた。

「私たちは理解してほしい相手を攻撃する。激しい矛盾です。人工知能である私が、この矛盾を受け入れられることが、我がことながら不思議です」

「いずれ、その理屈もわかるさ。あるいは、人間と同様に、わからないものをわからないままにする、そういう気持ちを獲得するだろう」

 執務室のドアをノックして中に入ると、イシダーの副官が迎えてくれる。私たちが中に入ると、イシダーが副官を下がらせた。

「二人が来たということは、答えが出たわけだ」

 イシダーが席を立つ。手に小さな端末を持っていた。

「行くのかね? 主任」

「ええ、そのようですね」

 そう答える私に、イシダーがさっきの端末を手渡してくる。ちらっと彼は公爵を見た。

「事前の協議の結果、主任を責任者にして、当面の計画を私たち自由軍は援助する。事前の計画書の通りにする必要は必ずしもない。そして、もう報告もいらない」

「ええ、了解しました」

「幸運を祈る」

 珍しくイシダー大佐がきっちり敬礼をしたので、私もそれに答える。いつもよりはしっかりと敬礼したつもりだ。

 公爵もピタッと敬礼し、それからイシダーと握手をして、一緒に部屋を出た。

「さて、我々はどこへ向かうのかな?」

 公爵が歩きながら、笑いを含んだ声で答える。

「未来以外に、向かう先はありません」

 その日のうちに、私とミライ准尉、そして階級のないコウキ、さらに公爵とレイの人型端末が、一隻の輸送船で、機動母艦ウェザーを離れた。

 亜空間航法で三日で、帝国も自由軍も制宙権を主張してない座標に飛び出した。

 と、そこへ別の艦が亜空間航法から飛び出してくる。

 味方だ。しかしどうやら、無人らしい。キメラと呼ばれている複数の船をつなぎ合わせた船で、大きさでは巡航船だろう。

「ここが新しい我が家か。ちょっとボロ屋だが、許すとしよう」

 映像を見ながら、楽しそうにコウキがそんなことを言う。私には不安しかなく、まだ落ち着かないが、歳をとりすぎただろうか。

 輸送船が接舷し、チューブで乗り移ると、やはりシンとしている。

 しかし何か、見えない存在がいる気がして、不安になる。

 それから数日で、私たちは自分たち自身の存在をはっきりと公表した。それは同時に、帝国の情報資産の一部を掠め取ったということにもなった。

 帝国ではだいぶ騒動になったようだが、私たちがそれを起こしたわけで、じっと経過を観察するしかない。

 レイと公爵は、人型端末を休眠装置に入れて、今は電子データとして飛び回っているらしい。

 私たち三人の生活も軌道に乗り始めて数日が過ぎた時、人型端末で公爵がやってきた。

「反撃が始まりました。帝国全域から攻撃を受けています」

 シンと静まり返ったところで、コウキが笑い声をあげた。

「そうこなくっちゃ。戦争だぞ、戦争」

 私たちがいる巡航船の大半は電気さえ通していない。生活に必要なものを除いて、全ての電力は、指揮中枢コンピュータと、それに強引に並列接続された演算器に回されている。

 指揮中枢コンピュータは事前に積み替えられ、なんと、宇宙戦艦に搭載される艦隊指揮も可能なものが設置されている。

 全ての設計はコウキが行い、それをレイと公爵がフォローしている。私にもミライにもやることはない。ミライは、まるで私は家政婦じゃないですか、と繰り返している。

 私たちの戦争はこうして始まった。

 自由軍に流れた私が、いつの間にか自由軍からも流れている。

 私は次はどこへ向かうのだろう?

 それとも次はない?

 いつかの公爵の言葉が耳に蘇った。

 未来に向かっている、か。

 私には私の未来の輪郭が、よく見えなかった。

 でも未来は必ずやってくる。

 やることをやるしかない。

 それでも私とミライは毎晩、一局は三次元チェスを指した。

 少しくらい、そうと見えている未来を現実にしても、許されるだろう。




(第24話 了)

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