SS第22話 日常に落ちる影

22-1話 帝国の汚れ


     ◆


 私は、どこにでもいる普通の高校生だ。

 名前はオリハ・メラルダ。お母さんと二人暮らし。

 学校が終わってから友達とひたすら遊び尽くして、帰ってくるとそのお母さんがカンカンで待ち構えていた。

「もっと早く帰ってきなさい!」

「はーい」

 ヘコヘコ頭を下げつつ、自分の部屋で荷物をベッドに放り投げ、服を着替えた。

 リビングに戻ると、お母さんがもう席に着いて待っていた。せっかちなんだから。

「いただきます」

「いただきます」

 食事が始まるとお母さんは次々と質問してくる。

「学校はどう?」

「お昼ご飯はちゃんと食べている?」

「提出物の提出は遅れてない?」

 私は、面白いよ、とか、食べてる、とか、ちゃんとやってる、と少しずつ気の無い返事になってしまう。

「あのさ、お母さん」

 私は気になることを尋ねてみた。

「ミコトの家はどうなったの?」

 サッとかお母さんの顔から血の気が引いた。落ち着かない様子になり、ちらっと窓の外を見た。もうカーテンも引いてあるのに。

「その話はやめなさい……」

「そりゃ、触れたくないのはわかるけど……」

 私が言うと、そうよ、そうよ、とお母さんは答えて、食事に集中する素振りだ。もう絶対にこの話題は口にしないでくれ、というサインで、私は仕方なく今日もこの話題を切り上げた。

 ミコトというのは、幼馴染の一人なんだけど、半月くらい前に突然、いなくなってしまった。もちろんミコト一人ではなく、彼女の両親も消えた。

 ちょっと状況を整理しよう。

 反乱軍と呼ばれていた人たちが、大演説と呼ばれている声明を発表して、そこであの人たちは自由軍と呼ばれ始めた。というか、そう自称した。

 それから半年で、帝国軍はこの自由軍をテロリストとして、征伐すると宣言し、実際に宇宙艦隊を動員している。

 それからまだ一年にもならないけど、散発的に戦いは起きていて、どうやら敵も味方も死んでいるらしい。

 らしい、というのは、帝国の公式発表は断片的で、報道メディアからの情報も、帝国がきっちりと情報統制しているからだ。

 それでも帝国民の中には、自由軍との和解、相互理解を主張する一派がいる。

 そんな人たちを、穏健派、とか、非戦派、などと呼んでいて、どうやらミコトの両親はそんな立場に身を置いていたらしい。

 で、噂の域を出ない話が二つ、ある。

 一つは、ミコトの家族は揃って自由軍に身を投じた、というもの。

 もう一つは、ミコトの家族は帝国軍によって拉致された、というもの。

 どちらにせよ彼女の家族はみんないなくなってしまったわけで、前者ならまだどこかで生きているだろうけど、後者だったら、もうどうなったかは、はっきりしない。

 でも、そんなことがあるだろうか?

 帝国が自分たちに都合の悪い自国の国民を処理していては、この国から自由は消えてしまう。

 帝国は皇帝陛下の元、万民が協力し、万民の幸福を目指す、というのが私も何度も学校で聞いた理屈だ。

 私が生まれた時にはまだ反乱軍はなかったらしい(ただし、反乱軍がいつ成立したかは不明。お母さんから、なかったと聞いただけ)けど、帝国軍は存在した。

 それが不思議に思ったのは、いつだっただろう。

 奇妙なことの第一は、帝国軍は何と戦うためにあるんだろう?

 ここで体良く反乱軍、今の自由軍のことを出してくるのは、あまりに都合が良すぎると思う。

 もし自由軍が壊滅すれば、帝国軍はお役御免で、解散だろうか?

 私が調べたところでは、様々な理由があるようだったけれど、どうも帝国軍という存在がいることで、恩恵を受ける人が大勢いる。

 兵士の食料や衣服、日用品、戦うための武器、兵器、宇宙船の類、あとはそれらを運んだりする経費、保管したりする経費が、バカにならない。軍を維持するだけで、一つの産業になるのだ。

 そして何より、国民の一部を兵士として、堂々と仕事を与えられる。

 私のお父さんも兵士だけど、つまりは私も国に養われているようなものか。

 話が脱線しているね。

 とにかく、帝国とは実は帝国軍で、帝国軍とは力、ということになる。

 この国では力を持っている人が偉くて、それは軍人であり、最終的には皇帝陛下となる。

 で、皇帝陛下を脅かすのなら、帝国民の一部を良いように処理しても構わない、という理屈が、いよいよ見え隠れしている。

 お母さんもそうだ。私がミコトの話をすると、お母さんは露骨に怯える。演技なんじゃないかと思えるほど。

 きっとお母さんなりに考えがあるんだろうけど、私から見れば、お母さんは帝国に恐怖している。

 ミコトとその家族は、帝国が処理したと、お母さんも見ているんだ。

 そしてその話をペラペラ口にすると、その帝国に今度は自分たちが処断される、と考えているようにも見える。

 馬鹿馬鹿しいと言えないのが、馬鹿馬鹿しい。

 私もそこまで夢を見ていない。帝国にだって、暗い部分、汚れた部分があるんでしょう。

 ただ、誰も正しいことを主張しなくなって、誰かの言いなりになっていたら、もうただの人形じゃないの?

 そんなことを思いつつ、私は食事を終えて、当番でやっている食器の片付けを済ませた。

 お母さんがリビングで誰かと映像で通信していると思ったらお父さんだった。邪魔しちゃ悪いので、私は自分の部屋に行こうとした。

「待ちなさい、オリハ、お父さんよ」

 うん、とテーブルに向かい、お母さんの横に腰掛けた。

「元気? お父さん」

 それから少し会話をしたけど、あまり気持ちが入らなかった。

 どうせお父さんはどこかの惑星の地上にある基地にいるし、自由軍との戦いからは遠く離れている。命の危険なんて、ありえない。どうせ休暇になれば帰ってくるし。

 それよりも私は、帝国の真意について、お父さんがどう考えているのか、それを聞きたくて、でも聞けなくて、私はそんな自分のことしか考えていなかった。

「ほら、オリハ、そろそろ部屋に行きなさい」

「はーい」

 自分で呼んでおいて、すぐに遠ざけようとする。

 私は自分の部屋に戻り、学校の宿題と、復習、予習を始めた。

 耳ではラジオを聴いている。びっくりすることに、この惑星では、自由軍の海賊放送が聴ける。この話は友達にもしていない。私だけの秘密だ。

 聴き始めた時は、明らかに貧乏そうな内容で、そのことを友達との笑い話にしてやろうと思っていたけど、その貧乏さというか、地味さのようなものが、何世紀も前の放送関係の伝説を思い起こさせて、今は頻繁に聴いている。

 なんていうか、マイナーな情報ばかりで、マニアックなのだ。オタク、というか、ギーク、というか、そういう自分を発見したのも、どこか嬉しかった。

 勉強が終わり、端末を操作して、幼馴染と連絡を取ってみる。連絡を取るも何も、同じ高校に通っているし、明日になれば会えるわけだけど。

(宿題できた? こっちは終わったよ)

 テキストを送ると、少しして返事が来る。

(こっちも終わった。それよりも今日の喫茶店でお金がなくなっちゃって、親が大激怒よ)

 思わずくすくす笑いながら、私は返事をする。

(こっちは大丈夫なのよ。今学期の初めに、教科書代を水増し請求して、裏金を作ったから)

(ずる賢いなぁ)

 そんな風に一時間ほどやりとりをして、彼女は別れのメッセージを送ってきた。

(それじゃあ、そろそろお風呂に行くから、また明日ね。いつでも構わずにメッセージを送ってきて。待ってるわ)

(はいはーい。またね)

 ちょうど部屋の外にお母さんの気配がする。

「オリハ! お風呂、入ってちょうだい!」

「はーい」

 端末をスリープにして、私は席を立った。




(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る