22-2話 不幸の兆し
◆
登校して教室に入ると、クラスメイトの中でも仲のいい一人がこちらに手を振ってくれる。
「おはよう、アゲハ」
私が声をかけると、アゲハ・ヨツバが笑みを見せてくる。強気な笑みだ。私の好きな笑い方。
「昨日の夕方は楽しかったね。シンシアはちゃんと帰れたかな?」
「大丈夫でしょ、あれでちゃっかりしているし」
シンシア・スーファとアゲハと私は三人とも同い年で、中学校までは一緒だった。
シンシアは高校に進学せず、準軍学校へ進学した。といってもまだ入学から数ヶ月で、基礎的な訓練しかないらしい。
準軍学校は基本的には全寮制だけど、何も準軍学校の敷地に拘束されているわけではない。
この数ヶ月だけでシンシアは敷地を抜け出す方法を見出したらしい。まぁ、抜かりのない女子である。
少しの雑談の後、アゲハが声を潜めた。
「ミコトのこと、何かわかった?」
「全然ダメ」私も声を小さくする。「お母さんが知っているかもしれないけど、あれは絶対に口を割らないね」
「うちもそんな感じ」
私たちがほとんど同時にため息を吐いて、予鈴が鳴ったのでそれぞれの机に移動した。
荷物から教科書やノートを取り出し、引き出しを開けた。
開ける前から何かを感じたのだけど、これは言葉にできない。
それもあってか、一瞬で危険を感じて、緊張した。
急に時間の流れが遅くなった気がして、そこにあるものがやけに鮮明に見えた。
でもほんの一瞬だっただろう。
ちょうど先生が入ってきて私は慌てて引っ張り出しかけたそれを机の中に戻し、立ち上がった。他のクラスメイトと一礼して、着席。
授業が始まって、堪えきれずに引き出しの中身をそっと確認した。
それは、自由軍との戦争を即刻、やめるべし、という主張の書かれたチラシだった。
私の机にだけ、これがあるわけじゃないんだろうけど、しかしいやにクラスはいつも通りだ。
これは見なかったことにして捨てるしかない。さすがに私でも、このチラシを持ち歩く気にはなれなかった。カバンの中にあるのを見つかったら、どうなるかわからない。
心の底では帝国に対するかすかな疑問を持っていても、私だって命知らずではないから。
授業が終わって、そっとチラシを小さく折り畳んで、トイレに行って流してしまった。
これで一応は、大丈夫。
と、トイレの個室に私がいるのを知ってか知らずか、後から入ってきた女子がチラシのことを話し始めた。
内容は要約すると、変な宣伝はして欲しくないし、帝国軍の目が怖いし、やるなら勝手にやってくれ、という具合だ。
私がじっとしていると、二人は出て行ってしまった。
まぁ、そんなもんでしょうよ。誰だって関わりたくはない。
だって、人生がかかっているようなものだし。
考え事をしながら手を洗って、教室に戻った。
あとはいつも通りだ。お昼ご飯をアゲハと一緒に食べ、雑談し、午後の授業も終え、やっと解放される。
「ねえ、オリハ」
外に出て歩きながら、アゲハが尋ねてくる。
「何?」
「オリハの机にも、例のチラシ、あった?」
「なんのこと?」
ここで下手なことを言うと、ずるずる引っ張られるな、と判断して、私は即座に知らないふりをした。
「え? 知らないの?」
「え? え?」
私の嘘にアゲハが気づかないわけがない。むしろ気づいて欲しいんだけど、どうだろう。
しばらく黙ったアゲハが小さく笑う。
「良いよ良いよ、なんでもない、よくわかった」
「なら良いよ」
どうやら通じたらしい。
二人で街の一角にあるゲームセンターへ向かう。と、そこで私服姿の少女が待っている。パンクファッションだ。片手でコーヒーショップのカップを持っている。
私たちに気づくと、カップの中身を飲み干し、ぽいっと路上に捨てる。変に悪ぶるところがちょっと恥ずかしいけど、悪い人ではない。
「お疲れ様、シンシア」
「良いよなぁ、普通の高校生は」シンシアが唇を傾げる。「私なんて今日だけで三時間は走り込みだぞ」
「それが軍人になるってことよ」
知った様なことを言うアゲハに背を叩かれつつ、シンシアがゲームセンターに入る。私も続く。
店の奥にある、ダンスの動きで点数を競う筐体に向かった。
「さて、やってやろうか」
三人で上着を脱ぎ捨てる。
まずは私とシンシアが筐体に乗り、私は足元のパネルの感度を確認。試しに体を動かす。調子は良さそうね。
このゲームセンターでのみ使えるマネーカードから自動で一ゲーム分が支払われ、ダンスミュージックが流れ始める。
激しいビートに合わせて、私たちはステップを踏み始める。上体の動きもセンサーが感知しているので、手は抜けない。
少しの隙もなく、激しいダンスを踊りまくる。
これがここ一ヶ月の私たちの日課だった。毎日のようにこの店に通い詰め、踊り続ける。
一時間ほどすると、他の高校の生徒や大学生がやってくる。私たちを見て拍手したり、口笛を吹いたりする。たまに対戦を申し込む人もいて、私たちは疲れていない誰かがそれの相手をするのが通例だ。
たった一ヶ月で、私たちはこのやや古びている筐体を完全にマスターし、客の誰よりも上手く踊れるようになった。
その時、私は挑戦者と踊っていて、たまたま振り返って、それが見えた。
アゲハが何かのチラシをシンシアに手渡している。シンシアが何か言い返しているけど、ゲームの音が大きくて聞こえない。それに、ここで挑戦者に負けるのも癪だった。
結局、私が勝って、挑戦者を見送った。見送ったけど、続けて踊る気になれず、降りた。
「さすがに強いね」
シンシアがいつも通りの顔でこちらに笑みを見せる。
「さっき、二人で何の話をしていたの?」
恐る恐る、しかしそうとは悟られないように、自然を装って訊く。
「ゲーム大会のチラシだよ。これ」
シンシアがポケットから折り畳んだチラシを取り出した。すぐにアゲハがカバンから折れていないチラシをこちらに向けてくる。
「これ。渡すのが遅れちゃった」
「ああ、ごめん、急かしたみたいになって」
チラシを受け取り、それを読むふりをしつつ、結局、この日は私はそれ以上は踊らなかった。
家に帰ればいつも通り、お母さんが怒って待っている。夕食の気のない会話。
部屋に戻って、宿題をこなす前に、私は端末を手に取った。
(ちょっと良い? 気になることがあって)
返事はすぐに帰ってくる。
(何? どうかしたの?)
(学校で変なチラシが机の中にあって。それがちょっと良くない方向に流れているっていうか)
返事には少しの間があった。
(教えて。力になれなかったら、ごめんだけど)
(ううん、大丈夫、信じている)
私はそれから例のチラシのこと、アゲハのこと、ゲームセンターの一瞬の場面、それらから導き出されている推論、それを全部、話した。
(ちょっと考えておくから、静かにしていてね。目立たないように)
ちょっと心強い言葉に、私は少し楽になった気がする。
(ありがとう。息を潜めておくわ)
(あなた、すぐに行動に移しちゃうから、不安だわ)
(大丈夫、大丈夫。ことがことだしね)
少しの間の後、こんな文章が送られてきた。
(本当に不安だわ、イノシシ娘だから)
……そこまで言うか?
(続く)
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