LS第1話第3部 英雄と自由の新時代

1-30話 転々

     ◆


 警報が鳴り響く中、ポーンは落ち着いて部屋の中へ引き返し、まだ困惑している少尉に歩み寄った

「閉じ込められたんだが、心当たりは?」

 無駄な会話だが、脈絡は大事だ。

 少尉はまだ理解が及ばないまま、答えた。

「閉じ込められる理由がないですが、手違いでしょうか、大尉」

「知らんよ。何か、外を確認する方法はないかな」

 もし少尉にまともな思考力があれば、目の前の大尉がなぜそんな質問をするか、疑問に思ったはずだった。だがサイレンが鳴り響き、閉じ込められたと聞かされて、少尉は動転していた。

「確か、こちらに……」

 少尉が端末を操作し、情報局のセキュリティの状態の一覧を表示させた。

「侵入者が」

 唐突に少尉が黙ったのは、首筋を一撃され、気を失ったからだった。端末を操作してくれれば、もう用済みである。殺さなかったのは謝礼に近い。

 端末を勝手に弄り、ポーンはどうやら自分は泳がされていたわけではなく、いい線までは行っていたようだ、と理解した。警報が鳴っているのは、ポーンが情報を閲覧していた履歴をチェックしていた人工知能のせいだ。

 もちろん、人工知能を黙らせることはできない。

 仕事はおおよそ済んだし、離脱するべきだが、とポーンは考えつつ、この部屋に警備ドロイドが向かっている信号を、じっと見た。

 警備ドロイドはまず階級章をチェックするはずだ。次に顔で相手が本人かを確認する。

 なら顔のデータをすり替えるか。

 私物の携帯端末を取り出し、自動で手続きさせつつ、ポーンは素早く階級章が縫い付けられている制服を脱ぐと、意識のない少尉の制服を奪い取り、彼に雑に自分の制服を着せた。時間があればきっちり着せたが、そんな間はなかった。

 ポーン自身は少尉の制服を引っ掛け、ちょうど携帯端末が電子音を発し、さらに全く同時に部屋のドアが開いた。

 素早く携帯端末を取り上げ、警備ドロイドに向かって走った。

「侵入者だ! 銃を持っている!」

 そう叫びつつ、彼は警備ドロイドに突っ込む。カメラが小刻みに動く。

 ドロイドが道を開けた。願いが通じだようだ。ポーンをどこぞの少尉と勘違いしているのだ。

 通路に走り出て、そのままポーンは走った。人間の警備隊も後詰でいるが、彼らには適当なことをわめき散らし、叫びまくる。

 ぎょっとした彼らの間を走り抜け、警備部隊がドロイドとポーンを見比べているうちに、そのポーンはどこかへ消えた。

 館内放送が流れたのは、まさに警備部隊の面々が顔を見合わせ、「なんだ?」と疑っている時だった。

『侵入者が逃走しています。警戒レベルはイエローからオレンジへ。繰り返します、警戒レベルはオレンジです』

 それは上から二番目の警戒態勢だった。


     ◆


 第二集結地点の攻防は、いつもの反乱軍のパターンになりつつあった。

 戦闘をしながら逃げを打つ、というのがお約束である。

 戦場に最後まで残った戦闘艦一隻と機動母艦一隻が、お互いをフォローしつつ、亜空間航法を始動し、戦場を脱出する。

 それをケルシャーは機動母艦の格納庫の中の、新しい機体の操縦室で確認し、やっと肩の力を抜いた。

『お疲れ様、マイ・エイト』

 ヘルメットを脱いで、イヤホンからの声に顔をしかめる。

「マイ・リーダー、私の戦果をご存知ですか?」

 人工知能に皮肉を向けてみるとが、堂々とした声が返ってくる。

『私の撃墜数をご存知? 十九よ』

 やれやれ。それは七機の機動戦闘艇でだろう。

「俺は一人で八機だ」

『でもあなたは、一つの機体しかどう頑張っても操れないじゃない』

 基準がおかしいんだよ、と答えて、ケルシャーは機体を降りた。すでに整備チームがやってきている。

「お疲れ様です、えっと……」

 二十歳そこそこの整備士四人が彼の階級章を探している。逆にケルシャーは彼らを睨み返していた。

「俺に階級はない。それよりお前たちみたいなひよっこを、すぐには信用できないな」

 リーダー格らしい青年が胸を張った。

「次に飛ぶ時には驚きますよ」

「撃墜されて驚くってことか?」

「見違えるほど良くしておきます。それにこの格納庫で一番早くに」

 自信家だな。自信のない奴よりは信用できるか。

「亜空間航法を抜けたら慣熟飛行を少しやりたい。それまでに万全にしてくれ」

「そんな暇、ないと思いますが」

「一応だよ、形だけでも強化を取ってから。機体の改造計画のデータを引き継いでいるか?」

「はい、しっかりと専任者からも人工知能からも指示を受けています」

「よし、やれ。任せた」

 ヘルメットをぶら下げて機体を離れたところで、若い女性が近づいてきた。

 化粧が派手で、戦闘の後にも関わらず、少しも乱れていない。

「あなた、例の傭兵じゃないの?」

 声を聞いて、ピンときた。

「マリー、かい? そんなに美人だとは思わなかった」

「お世辞は結構。例のオンボロはなくしちゃったわけ?」

「残念ながらね。だからこそ、帝国軍の連中に落とし前をつけさせなくちゃいかん」

 二人で並んで歩きつつ、マリーは興味津々の表情だった。

「何機やったの?」

「八機」

「あー、惜しい、私は六機よ」

 六機でも大したものだ、と言いたかったが、言わないのはケルシャーの意地っ張りな点である。マリーは気にした様子もなく、話し続ける。

「あなた、すぐに小隊を任されるわよ。私はこれでも、小隊長なの。カナン小隊のカナン・リーダー」

「俺は傭兵だからな、やれと言われたことをやるよ」

 二人は更衣室の前で別れ、ケルシャーはシャワーを浴びているうちに、先客のパイロット達に質問攻めにされた。やっと、目立ちすぎたな、と反省した彼である。

 私服に着替えて通路に出ると、若い兵士が待っていて、「ダイダラ氏から通信が入っています」と告げられ、そのまま通信室へ向かった。

 そこにいる佐官の男がギロッとケルシャーを見るが、どうやらそれが彼の普通らしい。その顔のまま握手を求められ、ケルシャーは応じた。

 通信が繋がり、モニターにダイダラが映った。彼は今は別の艦だ。

『無事で何よりだ、二人とも。今後の予定を話しておこう』

「そもそもどこへ向かっている?」ケルシャーが即座に尋ねた。「帝国軍に捕捉されているんじゃないか?」

『俺たちの計画では、第四軍団を一度、八箇所へ集め、次に二箇所へ集め、最後に一箇所に集める、という算段だった。帝国軍に一網打尽にされたくなかったし、それぞれの地点に指示された全艦船が集まる前に攻撃を受けたくもなかった。苦肉の策だよ』

 ダイダラが画面の向こうで何かを操作すると、モニターの隅に星海図が浮かび上がった。

『これから最終集結地点に向かう。補給も万全に受けられるだろう』

「だから、帝国軍はどうなるんだ? 追ってくるだろう」

『これは司令官は明言しないが』ダイダラが困ったような顔になる。『帝国軍とぶつかることになる』

「それはまた、豪勢なパーティーだな」

 ケルシャーは自分ばかり喋っていることに気づき、隣の佐官を見る。彼は黙ったまま、険のある表情でケルシャーを見返した。

『とにかく、亜空間航法の間に十分に休んでおけ、ケルシャー。俺は艦長と話がある』

 なんだ、艦長だったのか。

「また会えるのを楽しみにしているよ、ダイダラ。では、失礼」

 あっさりと通信室を出ると、さっきの若い兵士がやはり待っていた。

「お部屋へご案内します」

 まるでホテルか何かだな、と思いつつ、ケルシャーは部屋に案内された。四人部屋で、入った時にはもう三つのベッドが埋まり、それぞれにカーテンが敷かれている上に、三人分のいびきの合奏が展開されていた。

「ありがとう」ケルシャーは兵士の肩を叩いた。「最高のねぐらだ」

 結局、ケルシャーはそれから食堂に案内させ、適当に食べるだけ食べると、格納庫へ向かった。自分の機体が見えるガラス張りの休憩室に陣取り、じっと整備作業を見守った。

 整備が終わったら、あの機体の中で寝ればいい。




(続く)

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