1-31話 進む事態

     ◆


『帝国軍の情報はないのか?』

 自由評議会は、カーツラフでも、議長でもなく、別の評議員の半数が開催を要請し、またも開かれていた。

 評議員たちはそれぞれに情報を集めたようだが、誰にも最大の関心事である帝国軍の規模や位置、作戦の意図は、わかっていない。

 帝国軍の完璧とも言える情報の管理に、綻びはない。

「部下からの報告では」カーツラフが発言した。「敵の暗号を一時的に解析しましたが、すでに形式や暗号化手順が組み替えられ、再度の解析には時間が必要です」

『第四軍団の防御態勢は万全か?』

「ですから、帝国軍がどこにいて、何を狙っているかはわからないのです。はっきりしているのは帝国軍ははっきりと我々を攻撃する意図を持ち、その攻撃により、第四軍団が打撃を受けた、というすでに終わったことのみです。また、我々も存在を可能な限り情報の上で消していますから、帝国軍がこちらを正確に認識できてない、という可能性があることを、お伝えします」

 評議員の一人が顔をしかめる。

『第四軍団が再度、攻撃を受けたと聞いたが』

「すでに戦闘は終わり、軽微な被害だけで、離脱しています」

 ホッとした空気が仮想空間に広がった。

『連合艦隊について、議論したいと思うが、どうか』

 評議員の一人が発言し、全員が彼を見た。これはカーツラフが根回ししたわけではない、とカーツラフ自身と議長は知っている。その評議員の働きで、この会議が開かれてもいるのだろう、とカーツラフは思った。

 実はカーツラフ自身は、連合艦隊の構想には賛成だが、彼自身は今はない戦力を期待できる状況ではない。彼が指揮する第四軍団が、当面の帝国軍の標的であると予想され、その限られた戦力で、帝国軍と拮抗しなくてはいけない。彼と彼の麾下の艦隊が、今の反乱軍の最前線なのだ。

『艦隊の規模は追って議論するとして、こういう考え方はどうだろうか。我々の安全が脅かされた時のために、別働隊を構築する。全軍団から艦船を集め、特別な艦隊とする』

『指揮権はどうなるのですか?』別の評議員の発言。『それに帝国軍が多面作戦を実行したら、どう対処するのかも難しい。例えば、三ヶ所を同時に攻められれば、その連合艦隊は三分割される、そう捉えてよろしいか?』

『防衛の基礎的な要素は、やはり各軍団になる、それは絶対だ。連合艦隊は機動力重視で、危うい戦線を支える、としたい』

『そんなに都合よくいくものか。これは新たな火種になるぞ。内部分裂を起こしかねん』

『今回の第四軍団の経験を吟味すれば、もしもの瞬間に戦線を支える艦隊は必要です。今まではそれぞれの軍団の中で機動艦隊を編成していたが、それでは足りないと思う』

『公正な運用に疑問がある』

 カーツラフは黙り、議長も黙っている。

 こんな話をしている間にも、戦闘が始まる可能性があるのだ。それをのんびりと議論とは、まるで現実を見ていない。

 カーツラフが発言しようとした時、彼のゴーグルの中に表示が出た。文書が送られている。彼はその場でそれを開封した。

 送信相手はボビーだった。

 内容を見て、カーツラフはしばし考えた。利用できるだろうか、それとも無意味だろうか。

 思考の中から答えはすぐに出た。仮想空間の中で素早くメッセージを組み立て、送り返した。

 自由評議会は、まだ議論を続けている。


     ◆


「公爵の計算力は、凄まじいな」

 ボビーは宇宙戦艦エグゼクタの指揮準備室の椅子に座り、目の前に浮かぶ巨大な星海図を見ていた。

 そこには帝国軍の情報通信を解析した結果のデータがある。

 その様子を見れば、帝国軍が、反乱軍第四軍団の担当領域をおおよそ制圧し、今はその第四軍団の残存勢力を追っているとわかる。

 帝国軍は総数では第四軍団を上回っているが、今は小艦隊に分かれているのもわかった。

『これは六時間前の情報です、主任。今もここにいるかはわかりません』

「まあ、いなかったらいなかったでいい。今も分析しているんだろう?」

『はい、ただ、つい一時間前から、全く解析が進んでいません。どうやら帝国軍は暗号どころか、通信方式を別の形に切り替えました』

 ふぅむとボビーは少し天井を見上げた。

「こちらの解析がバレたのかな」

『そうとは思えません。実は、その通信方式を切り替える寸前に、断片的ですが、帝星で何かがあった、ということをうかがわせる通信がありました』

「帝星?」

 ボビーには全くわからなかった。帝星なんてはるか彼方だ。

 それにすでに作戦は動き始めている。

「まあ、良い。やってみよう。帝国軍が泡を食うのが見れると良いんだが」

 じっとボビーは星海図の光点の群れを眺めた。


     ◆


 意外に時間を食ってしまった、と思いつつ、ポーンは警備員の服装で情報局の建物の中を早足に進んでいた。

 警備員を倒すのは骨だったが、警備ドロイドとやりあうよりはだいぶマシだろう。

 通路を進み、やっと目的地にたどり着いた。検索した館内図にあった、非常時に地上へ降りるスロープへの入り口。

 安全装置を引き抜くと、扉が開いた。物理的な仕組みで助かる。警備室にはこのスロープが開放された通報が届くだろうが、知ったことか。

 よし、トンズラだ。

 飛び込もうとした時、ポーンをかすめて粒子ビームが壁を焦がす。

 振り返る間もなく、穴に身を踊らせる。ぐるぐると滑り降り、どれだけ降ったか、わからなくなる。方向感覚も今にも失われそうだった。

 傾斜が緩やかになり、何か柔らかいものに突っ込んだ。

「くそ、安っぽい緩衝材だな」

 口に入った粒の緩衝材を吐き出しつつ、真っ暗なそこで壁を探っていると、急に明かりがついた。目が明かりに慣れるまでが、何よりも不安だったが、それは杞憂だった。

 狭い部屋で、壁の一部がスライドして、その向こうに地上が見えた。

『スロープから離れてください、スロープから離れてください』

 控えめな音声が流れ始める。どうやら後続の脱出者に気をつけろ、ということらしいと解釈し、緩衝材の海をかき分け、ポーンは外へ向かう。

 と、背後で激しい音がして、今度こそ振り返ると、警備員が緩衝材にダイブしていた。

 まさか遊びでやっているわけもない。

 彼が持ったエネルギー銃がポーンを狙う。

 ポーンは一気に加速し、外へ飛び出した。ちらっと振り返ると、続々と警備員がスロープから現れ、飛び出してくる。

 見送りはもういらないぜ!

 そう叫びたかったが、そんな余裕もなく、彼は粒子ビームに追い立てられ、車道に飛び出す。

 緊急時の自動停止システムで急ブレーキをかけた車は、その後ろの車にも急ブレーキを強制し、その連鎖が、タイヤが地面を擦る音と、続くクラクション、怒声までも呼び、物凄い騒音になる

 もちろんそれに構っているポーンではない。

 飛び出して止めた車の運転手を引き摺り下ろし、自分が乗り込む。

 その時にはビーム粒子で車はボロボロだ。

 電気モーターが壊れていないことを願いつつ、自動停止していたそれを再起動。

 動いた。ラッキーだ。

 アクセルを踏みつけ、運転手と警備員のほとんどを置き去りに走り出す。

 一人の警備員がボンネットにしがみついているが、丁寧に振り落としてやる。もう一人、後部にも捕まっていたが、やはりご退場してもらった。

 だがこれで、騒動はいよいよ拡大したな、とポーンは車を操りつつ、次の展開を想像していた。

 どうやらスマートな仕事とは行かなかったが、俺は生きているし、脱出しつつある。

 記憶の中にあるミクス・トトキ時代のセーフハウスの位置を思い描く。そこに、超長距離通信用の大出力発信装置を搭載した、帝星の軌道上にある通信衛星へアクセスできる端末を用意していたはずだ。あれが必要になるだろう。

 まだ動くといいが。

 交差点を信号無視で走り抜け、またも大騒動を起こしつつ、ポーンは先を急いだ。




(続く)

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