1-26話 七転八起
◆
亜空間航法の終わりが見えてきた、とペンスは操縦席をリクライニングさせたまま、画面を眺めてぼんやり考えた。
反乱軍のために駆けずり回って、睡眠時間が途切れ途切れで、どうもすっきりしない。
亜空間航法の最中は自動航行だし、ワンという人工知能がいれば大抵の場合には対応できる。だが、不測の事態もあるだろうと、ペンスは分割睡眠を実行していた。
ケルシャーとは交代で眠ったが、ケルシャーの方は今のペンスよりだいぶ元気に見える。投影パネルを操作して、まだ機動戦闘艇のカタログを見ている。
『ペンス、通信です。反乱軍第四軍団司令部からです』
「ん? また仕事か。繋いでくれ」
モニターに大きな画面が浮かび上がり、そこに老人の顔が現れた。
『順調に任務をこなしてくれてありがとう、ペンスさん』
ペンスの知らない顔だった。制服を着ていないから階級もわからない。理知的な目をしていて、穏やかそうな男だ。まるで軍人には見えない。
「あなたは、どなたかな?」
『私はボビー・ハニュウ大尉。今は第四軍団司令部に所属ということになっている新参者だ』
その年齢で新参者というのも妙な言い方だぞ、と言いたかったが、ペンスがそういう前に、隣の席でケルシャーが身を乗り出している。
「あんた、ボビー・ハニュウって名前なのか?」
『失礼、そういうあなたは、どなたかな?』
「俺はケルシャー・キックスという傭兵だ。機動戦闘艇乗り。第四軍団に雇われている。いや、あるいは過去形かもしれないが」
手元の端末をボビーが操作しているのが伺えた。何かを確認し、微笑む。
『キックスさん、確かにあなたと雇用関係にあったことを確認しました。あなたは戦闘中行方不明とされていますが、身分証はありますか』
あるさ、と彼がドッグタグを取り出し、それを船の端末に読ませた。またボビーがどこかを見て、深く頷く。
『確認完了です、ご無事で何よりです。それで、私が何か?』
「ちょっと待ってくれ、思い出す。そう、あれは……」
急にケルシャーが帝国歴の日付を言った。もう五十年、いや、六十年よりも前だ。
しかしそれを聞いて、ボビーが驚きを隠しきれず、口と目を丸くした。
「それがあなたの誕生日だろう? アマチュアタイトル独占の、公爵」
『参りましたね、これは』ボビーが赤面しているのがありありと見て取れた。『もう過去の栄光として忘れたかったのですが、最近、私を知っている人と頻繁に会います』
「俺はオタクなんだ」
驚きから回復したボビーがペンスに話しかけた。
『そちらは第六結集地点に向かっているところですね? そこで補給を受けたら、次の座標へ向かってください』
ボビーの口にした座標を、ペンスは素早く端末に入力した。ワンもこの通信を丸ごと記憶しているから、起こりえないケアレスミスを防ぐという程度の意味だった。
しかし、この座標は?
『任務についてはすぐに通達します。休息を取りますか?』
「いや、今聞いた座標へ向かうとなると、全速で飛んでも何日もかかる。十分に休めるさ。補給をすぐに受けられるようにしてくれ。時間を無駄にしたくないんでね。それと」
ペンスは端末を操作する。
その情報をボビーに送り返す。ボビーはそれをちらっと確認した。
「その機体を手配して、整備部門の中でも仕事の早い奴を集めておいてやってくれ。乗るのはこいつだ」
顎をしゃくった先のケルシャーが目を丸くする。
「これがお前の新しい機体だよ」
パネルを操作し、副操縦士席の前のモニターにカタログデータが浮かぶ。
「こんなすごい機体はいらないよ」ふるふるとケルシャーが首を振る。「とてもじゃないが、金がない」
「この船に一緒に乗った縁だ。俺が半分は立て替えてやるから、のんびり、分割で返してくれ」
『豪勢なこと。どうなっても知りませんよ』
ワンの冗談に、ペンスは鼻を鳴らして応じた。
『ええと、そうだな』通信の向こうでボビーが思案顔で言った。『戦闘中に負傷したことにしましょうか、そうすれば雇用契約の中にある保険の点で、治療費をそちらへ支払えます』
良いね、乗ってきたぞ、と勝手にペンスはワクワクした。
「悪巧みは好きだね、俺は。ケルシャー、あとでこの爺さんと打ち合わせしておけ。で、爺さん、機体は用意できるのか、できないのか?」
『新品は手元にないんですが、損傷した機体の部品を繋ぎ合わせれば、一機にはなると今、整備部隊から報告がきました』
「オッケーじゃないか」
ペンスは亜空間航法の残り時間を見た。あと四時間。
「じゃ、補給と機動戦闘艇の件、頼む」
『承りました。旅のご無事を祈ってます。では』
通信が切れた。
「ありがとう、ペンス」
ケルシャーが今までにない笑みを浮かべていた。心底から嬉しいんだろう。こいつはきっと、飛んでいる時が一番幸せなんだな、とペンスは思いつつ、釘を刺す気になった。
「立て替えた分を踏み倒すなよ」
「あんたこそ、ちゃんと回収できるまで生きていろよな」
まったく、口の減らない奴だよ。
◆
帝国軍情報局の制服を手に入れるのは簡単だ。腐敗というほどではないが、どこぞの局員がその手の業者に高値で売ることが多い。
寸法がちょうど合ったので、直す必要もなかった。
階級章は、最新のシステムでは階級がわかるのと同時に、そこに個人情報に通じるコードが組み込まれ、建物の出入り口や建物内のゲートで自動感知されると調べが付いている。
それは鉄壁の防御と言えるが、逆に彼らはそれ以外を疎かにしている、と相手を評価してポーンは思わず笑みを浮かべていた。
身分証である階級章と、情報局の個人に関する電子情報、この二つをどうにかクリアすれば、あとは小手先でどうにかなるだろう。
帝都に着いて偵察と準備に二日をかけた。同時に帝都に潜入している仲間は、こちらを補助するために動いている。片方が電子情報への工作を休みなくしているはずで、まだ若いが、ポーンの評価は高い。
決行する日になり、朝、制服に身を包んだポーンは、仲間から受け取ったばかりの階級章を確認した。
階級は大尉、名前はゴールド・アッサム。所属は通信戦略研究室。
よし、あとはやるだけだ。
帝都に着く前から借りていた集合住宅を出て、自動運転のタクシーで目的地へ。
民間企業の超高層ビルに紛れるように建っている、帝国軍情報局中央センタービルの前でタクシーを降りた。帝都では複雑に道路網が整備され、大半のビルが地上ではなく、途中の階に玄関を設ける。情報局のビルも同様で、十五階にエントランスがある。
ほぼ計算通りに通勤バスが到着し、わらわらと他の局員が降りてきた。そこに紛れて、ポーンも彼らと同じ制服姿で入り口へ向かう。
さすがに緊張しながら、ゲートを潜る。
事前に調べたところでは、このゲートで異常が感知されても、いきなりサイレンが鳴ったり、赤いランプが灯ったりはしない。ただ監視係の人間と人工知能がその侵入者をマークし、泳がせる。確保するタイミングは彼らの自由なのだ。
そして確保した人間をどうするかも。
ポーンはゲートを通り過ぎた。もちろん、何も起こらない。
あるいは起こっていることを、後で知るかだった。
堂々とポーンは歩を進めて、目的地へ、ゆっくりとした歩調で向かった。
落ち着け。慌てるな。自然にしよう。
まるで素人のようなことを考えているな、と思いつつ、ポーンは通路に立っている警備員の前を何気なく通り過ぎた。
見送られた。
何も起こらなかった。
いや、まだわからない。
前方にまた警備員が立っていた。
(続く)
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