1-27話 双肩
◆
自由評議会で採決が行われた。
反乱勢力として、帝国軍と正式に対決姿勢を発表する、ということの可否を問う、歴史的な採択になる。
はずだった。
投票システムにある結果は、賛成が十、反対が二。
バカな、とカーツラフは心中で思ったが、表情にも出さず、さりげなく他の評議員を確認した。こうなっては誰が反対かはそれほど重要ではない。
休憩の間の三時間では、時間が足りなすぎた。カーツラフ自身か、ドグムント、議長、誰かかあるいは全員が力及ばなかった。
次の策を考えるしかなかった。
「残念ですが、次の議題に移りたい」
カーツラフは平然と告げた。
「第四軍団に、対帝国軍の防衛任務を命じてください」
『職権の乱用だぞ、それは』
評議員の一人が、言葉の内容とは裏腹に、自信なさげに言った。もう一人の対立している評議員は誰だ? 油断なくカーツラフは探ったが、わからなかった。
黙っている暇はない。
「では、どこの部隊が帝国軍からの防波堤になるのか、はっきりさせていただきたい」
『君は自分の手柄の為に、部下を利用しているのではないか?』
先ほどの評議員とは別の男だ。なるほど、この男か。これで狙いは絞れた、と淡々と理解しつつ、カーツラフは先へ進む。
「私も現場で指揮を取ります。危険は兵士と同じです」
『前の第四軍団の司令官の件もある』
「あるからこそ、私は同じ轍を踏まない、とここではっきりさせます」
相手の評議員は黙り込んだ。
議長が発言する。
『他に反対意見はないか? これは私の個人的な考えだが、連合艦隊を結成するべきではないか、と考えている。意見を求めよう』
この言葉は静かな激震とで呼べる影響を評議員に与えた。
それはカーツラフも例外ではない。議長とはこの会議の前に話をしたが、連合艦隊のことは少しも話題に上がらなかった。
反乱軍には様々な軍規があるが、その中心にして絶対の原則がいくつか存在する。
その原則は「自由のための指針」と呼ばれる。
まさに「自由のための指針」の中の一つに、壊滅の危機など、最大の危急においては軍団の隔たりを超え、全戦力を集結して危機に対抗する、というものがあるのは、評議員だけではなく末端の兵士も知っている。
その文言が今、連合艦隊を結成し帝国軍に対抗する、と解釈されているわけだ。
連合艦隊が結成されたことは反乱軍の結成当初までさかのぼっても、二度しかない。それも連合艦隊と言っても、全部で五十隻ほどの集団で、帝国軍を一時的に押し留めたくらいだ。
今、議長が提案している連合艦隊の規模は、そんな前例とはまるで違うとわかっている。
少なくとも一個軍団規模だろうと、カーツラフも思った。帝国軍は第四軍団を一時的にとはいえ機能不全に陥らせ、また一個軍団相当の戦力を投入している。
今もその巨大な勢力が反乱軍を探しているのは間違いないのが、現実である。
『連合艦隊とは、議長、それは……』
評議員の一人が、まるで息が詰まっているような声で言った。
『どなたが、編成を、担当するのですか?』
その発言が象徴しているものをカーツラフは理解し、議長の狙いが瞬間的にわかった。
連合艦隊の結成を提案することで、それに比べれば受け入れやすい、第四軍団による作戦行動の承認を引き出す狙いなのだ。
そうであって欲しい、という思いも込めて、じっとカーツラフは議長を見たが、議長はカーツラフを見ない。芝居だろうか? それとも違うのか?
『現在の我々の勢力は第一軍団から第六軍団まであります』
評議員の一人が静かな口調ながら、どこか震えているようにも聞こえる声で話す。
『議長の提案されている連合艦隊とは、どのような規模ですか?』
『全軍団から二割の戦力を合わせるのが妥当だろう』
『それでは一個軍団を超えてしまいます!』
悲壮な叫びが動揺をさらに拡大させた。評議員たちが口論のように、意見をぶつけ始めた。
『議長、第一軍団は温存しなければいけません。ここで帝国軍と戦い消耗しては、我々の命脈は風前の灯です』
『第一軍団を特別扱いするな! 連合艦隊なんだ、反乱勢力の総力を結集するべきだ!』
『そうだ! ここで緩慢に押しつぶされる前に、跳ね除ける必要があるだろう!』
『負担は全員が等しく負うのが、我々の理念だ! 帝国の圧政に立ち向かうために集まったんだぞ、今更に命を惜しむことがあるか!』
さっと議長が身振りで黙らせようとするが、評議員たちは熱にかられて、意見をぶつけている。カーツラフは瞑目し、待った。
『静かにしなさい』
議長のその一言で、水を打ったように場が静まり返った。
カーツラフも議長を見た。
『君たちは立場を弁えているのか? 君たちは我々、反乱勢力の行く末を決める、選ばれた人間だ。決断に際して、個人の価値観、倫理観、判断力に頼らざるをえないのは指揮官から一兵卒まで誰もが同じだが、君たちは少なくとも、自分ひとりの命や名誉を守るために活動する立場ではない。数え切れないほどの同志の命が君たちの双肩にかかり、君たちの決断次第で同志は死地に立つことになる。よく考えることだ』
評議員たちはまるで叱られた子供のようだな、とカーツラフは観察し、では自分はどうか、と考えた。
自分もまた、自分の意見だけを通そうとしている、エゴイストかもしれない。
ではエゴは全く必要のない、唾棄すべきものか?
そうはカーツラフは思わなかった。
誰かのエゴイズムが集団を動かし、無数の悲劇を生むことはままある。だが、エゴイストが牽引しなければ一歩も動けないのも、また集団の一側面である。
『では、まずはこの議題を確認しよう。カーツラフ提督の指揮下にある第四軍団に、帝国軍との対峙を承認するか? 投票してくれ』
カーツラフは手元のスイッチで賛成を押した。棄権がない仕組みなのだ。これこそエゴイズムの極みだな、と、このシステムを繰り返し利用していく中で何度も感じた感慨を、この時もまた改めて感じた。
投票結果が出る。
賛成十二。反対〇。
『カーツラフ提督の第四軍団に戦闘を許可する』
評議員たちはこういう時の常で、拍手をしたが、どこか心ここに在らずな様子のものが多い。
今も、連合艦隊のこと、そして議長の発言が頭を去らないのだ。
カーツラにはそんな暇はなかった。直ちに第四軍団を戦闘可能な態勢にする必要がある。もしここでまごついて、帝国軍の進軍を許したりすれば、カーツラフはあっさりと追い落とされてしまう。
『連合艦隊の件を議論する必要がある』議長が静かな声で語りつつ、全員をゆっくりと見回した。『だが、君たちは事態をまだ正確には把握していないと私は理解した。二日ほど、間をおくこととしよう。規定により、評議員の半数の要請があれば、いつでも自由評議会が開催される、という可能性があることをはっきりさせる。では、解散だ』
次々と仮想空間から評議員の像が消え、議長も消えた。
ゴーグルを外し、カーツラフは車椅子で外に出た。通信室なので、第四軍団の現在の情報も集約されている。カーツラフは車椅子を通信担当官の一人に近づけ、声をかけた。
「軍団の集合はどうなっている?」
「か、閣下」担当官は驚きに飲まれたようだったが、すぐに気を取り直した。「こちらに」
端末の上に立体映像で星海図が浮かび上がった。
赤い点が五つの塊になっている。カーツラフが無言なので、説明して欲しいと勘違いした担当官がどこかおどおどと解説を始めた。
「現在、第四軍団は八つの集合地点から、二点にさらに集結する予定です。この艦も間もなく、集結地点に向かいます」
「二点? 最初は一点と聞いていたが?」
「失礼しました、司令部での議論で、一時間前に仮決定されました。閣下が自由評議会に参加されておられたので、閣下の承認があり次第、正式決定されます」
なるほど、とカーツラフは納得した。司令部というのは、ボビー、ダイダラ、ではなく公爵の発想もありそうだった。
「ありがとう。邪魔をして悪かった」
恐縮する担当官に微笑んでから、カーツラフは一人で通信室を出て、艦橋の隣の指揮準備室へ向かおうとした。指揮準備室でボビー、ダイダラ、公爵が議論しているはずだった。
ただ、通路の先から中将へ駆け寄ってくる男がいる、ドグムントだった。
「閣下、公爵が帝国軍の通信情報の解析に、一時的に成功しました」
差し出された紙をカーツラフは受け取る。
「情報を盗めたということか?」
「情報は三時間前のものです。確保した諜報員からの情報を元に、分析に三時間かかったと聞いています。今は暗号が変更され、即座に解析はできないそうです。ただ、暗号の基本構造はわかったとも、公爵は表現しています」
「良いだろう、指揮準備室へ行こう」
ドグムントに車椅子を押してもらいながら、カーツラフは繰り返し、星海図が印刷された紙を確認した。
先ほど通信室で見た星海図と記憶の中で照らし合わせると、帝国軍の一部が、二つの集結地点の片方に、だいぶ近い位置に向かっているように見える。
カーツラフは反乱軍に加わって、実際の戦闘から離れて短くない時間が過ぎている。
それでも今の想像が、思い込みや勘違いとも思えなかった。
この辺りはボビーよりもダイダラが頼りになりそうだ、と思ったが、ダイダラはこの船にはいない。通信でやりとりするしかない。
もっと人材が揃えば、違うだろうな、と考えたが、すぐにそれは忘れることにした。いきなり人材が出現することも、成長することもない。
カーツラフはもう一度、紙に印刷されている星海図を確認した。
戦闘はおそらく、避けられない。
(続く)
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