1-8話 激戦
◆
集結地点が近づいている表示が、フィーアのメインモニターに映った。
ケルシャーはうつらうつらしながらそれを確認し、目をこすり、わずかなスペースで体を曲げ伸ばしした。ほんの数時間の亜空間航法だが、あまりに狭いので、疲れる感は否めない。
いつもやっている通りに、機体の状態をチェック。機能的に問題はなさそうだ。第四スタスターは少しぐずついているが、エネルギー供給と感度の調節で、普通に飛べるように誤魔化した。
モニターにはカウントダウンが始まっており、あと三十秒だ。
エネルギー残量と鉱物燃料の残りをチェック。あと一回の戦闘には耐えられそうだが、それをやると補給なしにはアジトである小型宇宙母艦に戻れなくなるだろう。
まぁ、とケルシャーは自分を納得させた。ここから飛び出したら反乱軍が集まっているんだ、補給くらい、あるだろう。
カウントダウンは十を切る。
今度ばかりは戦闘地帯に飛び込まないことを祈るよ。
カウントがゼロへ。
青空の映像が一気に黒に変わる。光点は小さく、まばら。普通の宇宙だ。
フィーアの周囲に次々と反乱軍の艦船が出現する。
と、別方向からも亜空間航法を抜け出し、反乱軍の艦隊がやってきた。相当、打ちのめされていて、損傷が激しいのがわかった。帝国軍と一戦交えて、そしておそらく、逃げ出してきたんだろう。
どうやらケルシャーと同様の不安を抱いていたものも多いらしく、すぐに通信の密度が跳ね上がり、様々な船舶が、補給を要求している。見たところ、機動母艦が五隻、宇宙母艦が四隻ある。時間さえあれば、補給活動も終わりそうだ。
そう、時間さえあれば。
ケルシャーが悲観に囚われたのを罰するように、その表示と警報は前触れもなく輝き、鳴り響いた。
亜空間航法で何かがここへ飛び出そうとしている。
通信が一時的に減少。まるで固唾を飲んで見守る、という具合だな、とケルシャーは思いつつ、彼自身、無言でその何かが現れる地点を凝視した。
現れたのは宇宙戦艦だった。
反乱軍が運用するような旧型じゃない。最新鋭の宇宙戦艦。続いて飛び出してくるのは、やはり最新型の機動母艦だった。ほとんど間をおかずに、さらに宇宙戦艦と機動母艦、戦闘艦などが続々とやってくる。機動母艦から機動戦闘艇が大量に吐き出される。
反乱軍の将兵は、唖然とした。
『帝国軍だ!』
警報が敵襲を告げるものに変わるが、それをケルシャーは即座に切った。うるさいだけだ。
即座にメイン推進器を戦闘出力に切り替え、燃焼門も最大効率モード。
ペダルと操縦桿で、フィーアを敵の火線から逃れさせる。数発の粒子ビームがフィールドに衝突。持ちこたえる。
背後には帝国軍機が二機。いやらしく追跡してくるのを引き離そうとするが、難しい。
反乱軍の戦闘艦の前へ踊りだし、戦闘艦が粒子ビーム砲で機動戦闘艇を狙うが、連中は余裕でそれを回避した。
あまりに無駄のない動き。
「反乱軍の全艦船!」ケルシャーは片手で素早く、しかし乱暴に通信装置をオンにしていた。「相手は自動照準装置を先読みするぞ!」
操縦席に複数の通信の怒鳴り声が混ざる。ええい、聞こえないし、うるさいだけだ。
「手動で狙え! 以上だ!」
通信を切って、ペダルを複雑に踏んで、背後の帝国軍機のさらに背後へ、ねじれるような機動で滑り込む。もう一機は、機動の慣性に耐えきれず、引き離せた。
トリガーをスイッチ。前方で爆発、一機撃墜。
その時には新たに帝国軍機が二機、また食いついてくる。
帝国軍の艦隊は次々とやってくる。すでに宇宙戦艦は六隻、機動母艦も六隻だ。それに加えて巡航艦、戦闘艦、駆逐艦と勢ぞろいし、まさに小艦隊がここに投入されている。
機体を横へスライドさせ、粒子ビームを回避。その勢いで機体を錐揉みさせ、背後の敵を照準した一瞬で、その一機を撃墜。
姿勢制御を取り戻そうとした瞬間、がくり、と不自然に機体が震えた。
ケルシャーの視線は刹那だけ、モニターを見た。第四スタスタの反応がおかしい。
他のスラスターに頼る形で、姿勢を取り戻すが、警報が響く。ロックオン警報。
だが、爆発したのは帝国軍機の方だった。
『一つ貸しだぜ、傭兵さん』
ケルシャーの横に反乱軍機が並び、かすかに機体を揺らし、戦闘に戻っていく。
悔しいとか思う間もなく、ケルシャーの手はパネルを素早く操作し、第四スラスタをどうにか使い物になるように努力する。くそ、補給と整備が必要だ。
戦場の中でのんびりしている間はない。手はパネルをいじっていても、両足はペダルを踏み続けるし、もう一方の手は操縦桿を激しく動かし続ける。
『へい、そこの旧式の人、聞こえている?』
どうにかもう一機、帝国軍機を落とした時、通信に女の声が響いた。
どこにいる?
『私と組まない? そうしないとジリ貧よ』
「どこにいる?」
『今、そちらへ行くわ』
途端、前方から突っ込んでくる機動戦闘艇がいる。二年ほど前の型の機動戦闘艇だが、ケルシャーが知っているカタログの画像にはなかった装備がいくつも付け加えられている。
ペダルを踏み込み、ケルシャーも突っ込んだ。
二機の機動戦闘艇が交錯し、直後、相手の背後の帝国軍の機動戦闘艇を撃破する。
だが、相手にも読まれていて、粒子ビームを正面から受け、ケルシャーの機体のフィールド出力がわずかに削られる。
『この戦法もダメね』
旋回していく女の機体に、ケルシャーの機体が追いすがる。
「どこかで補給を受けたいんだが、良い店を知らないか?」
『どの店舗も大忙しらしいわよ』
事実、反乱軍の機動母艦、宇宙母艦は徹底的な砲撃を受けていたし、敵味方の数え切れない機動戦闘艇がまとわりついている。
「腹が減って死にそうなんだ」
『我慢しなさい、男でしょ?』
「男だって腹は減るさ」
二機が離れ、その真ん中を切り裂くように戦闘艦の艦載大口径粒子ビームが駆け抜けた。
特に打ち合わせもせず、ケルシャーと女が戦闘艦に躍りかかる。
エネルギー魚雷を充填させる。口径は最大。燃焼門が大量のエネルギーを吐き出していくが、エネルギータンクの残量に、さすがにケルシャーも不安になった。
しかしどうしようもない。
大小の対空防御射撃をかいくぐり、女の機動戦闘艇が帝国軍の戦闘艦に接近。
少し遅れて、ケルシャー、ダイブ。
フィールドに衝撃が走り、火花、ノイズが起きる。フィールド出力、四割に低下。
女の機動戦闘艇がエネルギー魚雷を発射、艦橋に命中するが、大出力防御フィールが持ちこたえる。
そこへケルシャーがもう一発、エネルギー魚雷をぶつける。
機動戦闘艇の常套戦術は、決まれば効果的だ。
フィールドに弱められたエネルギー魚雷が、艦橋で炸裂し、抉られる。
もちろん、艦橋を破壊して戦闘艦が落ちるわけではない。これも陽動だ。
すでに女の機動戦闘艇が、動きが鈍くなった戦闘艦を徹底的に粒子ビームで抉りながら、そのメイン推進器の方へ飛んでいる。
そちらは任せて、ケルシャーは防御フィールド発生装置のある辺りを徹底的に攻撃する。ここだけは別系統の防御フィールドに守られているが、エネルギー魚雷をぶつけ、粒子ビームを集中させることで、破壊できた。
これで戦闘艦は丸裸であり、間髪入れず、女の戦闘艇がメイン推進器にエネルギー魚雷を叩き込み、エネルギー魚雷は燃焼門まで到達する。
燃焼門が非常停止しても、送信中のエネルギーは止められず、暴走する。
強烈な閃光と共に戦闘艦の艦尾が吹き飛び、それきり戦闘艦は浮遊を始めた。
「まったく、面倒だな、これは」
ケルシャーの機体はもう帝国軍の機動戦闘艇に包囲されつつある。そこに例の女の機体が飛び込んできて、それでできた穴から、包囲を脱出。
『焼け石に水、とはまさにこのことね』
「同じことを考えていたよ。お嬢さん、お名前は?」
『マリーよ』
マリーね。ブラッディー・マリー。そのワードがふとケルシャーの脳裏に浮かんだ。特に意味はない、集中の反動の無意識に近い、現実逃避だった。
閃光が起こり、そちらを見ると反乱軍の戦闘艦が爆発で二つに折れて、漂い始めている。
「おっと、こいつはまずい」
『援軍を期待するのは、見当はずれかしらね』
すでに二人とも、帝国軍機にマークされているが、自然と協力する気になっていた。
「反乱軍が何を考えているかは、わからないな。放っておくこともないだろうが」
二人は再び集中し、戦闘の中に飛び込んでいった。
(続く)
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