第16-4話 ワルい男

 それから半月は激動で、私も相談室にいない時間は総務課の一員として働いた。

「あなたがきっかけだって本当なの?」

 事態が落ち着いてから私とエスタ中尉、コーター中尉でバーに行った時、コーター中尉が控えめに尋ねてきた。

「きっかけというか、なんというか……」

 私は曖昧に答えるしかない。

 帝国硬貨を集めている兵士が、この二ヶ月でだいぶ摘発された。

 ただし、彼らは罰されることはない。

 反乱軍の上層部は、希望者には再亡命を認める決定を下し、摘発された兵士たちはそれぞれの反乱軍への貢献や、その時の持ち物などを、すべて帝国硬貨に置き換え、それを手に帝国に送り返された。

 その段階の一つとして、帝国と交渉を持とうとした外務課は、帝国に泥を塗られる結果になり、それでも再亡命の希望者は再亡命させ、後はそれぞれの力量に任せる、ということに決まった。

 こうしてまずは宇宙母艦フリスタから二十名ほどが離脱した。

 この動きとそのための調査は、同様のことが反乱軍の全体で行われることになった。

「とんでもないことになりましたわね、それにしても」

 エスタ中尉が感慨深げに言う。

「帝国に戻っても、死刑になるはずだけど、死ぬのが怖くないのかしら」

「死なない算段があるんでしょ」

 そっけなくコーター中尉が言う。そしてすぐに続ける。

「どこにいても反発したがる奴はいるしね、協調性がないってわけか。やれやれ」

「それで、コロンナは、どうして事態に気づけたのかしら?」

 そういうエスタ中尉の顔には、嫌な笑みがある。コーターを伺うと、やはり似たような顔。

 どうやら変な噂があるらしい。それは私に相談に来る兵士たちからも聞いている。

「どうして気づけたの?」

 コーター中尉が追求してくる。

「ちょっとした情報源があってね」

「イケメンのお医者さんでしょう」

 まったく、噂好きにも困る。

「ジャクソン大尉の噂、コロンナは知っているの?」

「噂は好きじゃない」

「じゃあ、何も知らないの?」

 なんだか妙な展開に私はやっと気づいた。二人の顔を見ると、今は心配そうな顔だ。

「どういう噂?」

 二人が顔を見合わせ、それからこそこそと喋った。

「彼はもう六人くらいと結婚していて、なんだかんだで別れちゃうらしいの。しかもその結婚する相手が様々で、結婚を重ねるたびに方々にパイプができるのね。彼、何歳か知っている?」

「知らない」

「三十二よ。最初に結婚したのは十八でね……」

 こうして私はジャクソン大尉の謎な人生の一端を知ったのだった。

 六人のうち、戦死が一人、病死が一人、他の四人は離婚だった。

 離婚した理由は、女性関係でいろいろあったとのこと。

 まぁ、あれだけのイケメンで、あんな人格では、女性も近寄ってくるでしょうけど。

 私としては逆に、警戒したけど。

 警戒したけど、ちょっと心惹かれてもいた。

 それからエスタ中尉とコーター中尉が様々な噂話を展開し、私は、もうジャクソン大尉には何も感じないようになっていた。

「二人には感謝するしかないわね」私はグラスを揺らしつつ答えた。「私の久しぶりのトキメキが、すべて消し飛んだわ」

「トキメいていたんじゃないの、あなた。あの男はダメよ。危険」

 まったく、その通りだ。

 やけ気味にかなり飲んで、二人に抱えられてバーを出た。

 翌朝も、例のごとくシワシワの制服を着て、寝台に転がっている自分を発見した。頭痛が酷すぎる、薬を飲まなくちゃ、やってられない。

 それに、仕事へ行かなくちゃ、と思ったけど、そうか、今日は休みだった。そう、だからお酒が飲める、と昨夜は思ったんだった。

 のんびり身支度をして、ちゃんとした私服で食堂へ向かった。

「やあ、カリン」

 運の悪いことに、ジャクソン大尉と鉢合わせしてしまった。

「こんにちは、大尉。これから仕事ですか?」

「いや、夜勤が終わったところだよ」

 二人で世間話をしつつ、食事をした。

 昨日の夜の話はよくわかっている。でもこうして話していると、ジャクソン大尉はいい人だし、やっぱり何より、顔がいい。

 こういう人が恋人なら、人生もまた違うだろう。

 しかし彼は恋愛はともかく、結婚生活はド下手ときている。

 脈アリだけど、無意味な脈アリだなぁ。

 食事が終わること、部屋に誘われた。私は思いついたことがあり、彼に従った。

 部屋に入り、「ちょっと飲もう」と彼が酒瓶を持ってきた。

「大尉に聞きたいのですが、いいですか?」

「なんでもどうぞ」

 彼はすでにグラスに口をつけて、ウイスキーをすすっていた。

「どうして何回も離婚することになったのですか?」

「え? よく知っているね。噂になっているのか」

 私が答えないでいると、彼は軽い調子で言った。

「仕事のせいもあるけど、結婚するとどうにも窮屈というか、逆に落ち着かない」

 やっぱりこの人はダメだな。

 こういう男は、やめておくに限る。

「よくわかりました、大尉」

「君とはいい友人でいたいんだけど?」

「もしお話があれば、相談室へどうぞ」

 つれないね、と大尉は苦笑いした。

「では、失礼します。お邪魔しました」

「またね、中尉」

 私は部屋を出た。いや、出ようとしたけど、やめた。

 部屋に戻ると、ジャクソン大尉は目を丸くしてこちらを見た。

「何か忘れ物?」

「この前のお酒、ありますか?」

「もう飲んじゃったよ」

「なら、この部屋で一番いいお酒をください。それで、お友達として認めます」

 ソファから立ち上がり、戸棚を漁り始めるその背中から声が飛んでくる。

「お酒を渡したら、プライベートでも会ってくれる?」

「一本で一回です」

「暴利だよ」

 ぼやきながらも彼は一本のボトルを取り出し、丁寧にも袋に入れてくれた。

「じゃ、これで一回だ」

「食事までですよ」

「高校生じゃないんだ」

 私は無視して袋を受け取り、軽く敬礼し、

「失礼します」

 と、突き放すように言って、今度こそ部屋を出た。

 自分の部屋に戻り、ボトルを確認した。ラベルがだいぶ古びている。ワインらしい。

 ソファに座って、適当なグラスを用意して、瓶の栓を抜いた。

 注ぐと鮮やかな赤の液体がグラスに満ちる。

 そっと口をつけたが、ぶどうジュースみたいだ。

 もしかしてジュースを渡された?

 本当に、嫌な奴だな。

 瓶の半分くらいを飲んで、仕方なく、冷蔵庫に放り込んでおいた。

 と、なんとなく心がふわふわするな、と遅れて実感できた。

 ジュースではなく、本当のアルコールだったらしい。

 いやいや、これは、変な薬か?

 救急箱から緊急時に酩酊状態を解消する頓服を取り出し、注射装置で腕にそれを打った。ソファに身を投げ出し、回復するのを待った。

 ちゃんと治ったので、薬ではないはずだ。

 ならあのワインは、実はかなり貴重だったのでは? 酩酊したとはいえ、不快ではなかったし。どうだろう……。

 高級品なら、もう半分も飲んじゃった……。

 私は改めて、ジャクソン大尉のことを考えた。

 いや、ダメだな、あの男は。

 お酒につられるなんて、あっちゃいけない。

 私は目を閉じて、かすかな、しかし遠のいていくアルコールの気配を感じて、うつらうつらし始めた。

 夢の中で、綺麗な琥珀色の液体が、目の前で揺れる。

 近くに誰かの気配があった。

 頼りになる、男性の気配。

 ああ、あなたは誰なの?

 答えもなければ、姿も見えない。

 ただ、かすかに上等なウイスキーの匂いが、漂った。




(第16話 了)

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