第16-2話 興味本位の調査

 私とエスタ中尉、そして同じく相談員のコーター中尉の三人で、仕事終わりにバーへ行った。

 行きつけの店で、この店の良いところは完全禁煙なことだ。私はあまりタバコの匂いが好きじゃなくて、分煙が完璧な店が大半だけど、それでもどこか、匂いが流れてくるような気がする。

 私たちはカウンターに並んで座り、それぞれにお酒を頼んだ。

「今日、変なことを言う大尉が来てね」コーター中尉が話し始める。「ここはまるで懺悔室だ、っていうのよ。まぁ、大筋では変わらないけどさぁ」

 差し出されたウイスキーのグラスを傾けつつ、そんなことを言う。私もエスタ中尉もクスクス笑う。

「宗教課の神父連中は何をしているのかしら」

「彼らは祈るのが仕事ですからね」

 さらっとエスタ中尉が言う。

「私たちも祈るだけで終わらせられたら良いのにね」

 しばらくお酒を飲みつつ盛り上がっていたけど、ふと、私はカウンターの向こうのバーテンダーを見て、それから彼の背後のカウンターを見た。

 じっと見ていると、バーテンダーも気づいた。

「何かお出ししますか?」

「いえ……」

 長い時間、私はカウンターの向こうを見据えて、それから会話に戻った。

 会が終わって、帰ってきたのは日付が変わる頃だった。ちょっと飲みすぎたか、頭が少し痛むなぁ。

 部屋の端末で、総務課のデータベースにアクセスし、気になったことを調べる。

 総務課のデータベースは強力で、反乱軍でのほとんどの記録が保管されている。

 私が調べたのは、お酒関係の入荷情報だ。

 あまりに頭が痛いので、とりあえずはウーロン茶を用意した。冷蔵庫でキンキンに冷えていた。逆効果になるかも。

 ボトルを手に端末の前に戻り、一覧表を眺める。

 こんなにお酒には種類があるのか、と驚きつつ、数字の並びを確認した。

 入荷情報と、売上の情報をチェックする。

 どうやらお酒は品切れとまではいかなくても、入荷している分の大半は売れている。

 ただ、入荷量がそれほど多いわけではない。

 私は次のデータに進んだ。

 そちらは医務室の記録で、アルコール依存症と診断された兵士、それと依存症寸前の兵士の診察記録だ。

 この記録は守秘義務の関係で、私には読めなくなっている部分も多い。

 ただ、数はわかる。

 うーん、専門家じゃないから、この患者の数が多いのかどうか、わからないな。

 私は必要な情報をメモして、端末の電源を切ると、さっさと寝ようとシャワーを浴びに行った。気づくとベッドで朝を迎えていた。軽く記憶を失ったようだ。お酒はここが怖い。

 しかし、昨日の思考ははっきり残っている。

 身支度をして制服に着替えて、食堂へ行った。知り合いがいたので、一緒に食事をしていたけど、視界の隅に白衣が見えて、そちらを反射的に見た。

 医者一人と看護師が二人。三人ともがどこか疲れている様子だけど、ここはチャンスだった。

「ちょっとごめんね」

 私は食べかけの料理が載ったお盆を持ち上げて、そのまま医者たちの集団に近づいた。

「おはようございます、私、カリン・コロンナ中尉です」

 医者は目を丸くしながら、名乗ってくれた。ジャクソン大尉。

「大尉、最近、アルコール依存症の兵士が増えていませんか?」

「アルコール依存症? なんでそんなことを?」

「いえ、私、総務課の相談員でして」

 やっとジャクソン大尉は理解したようだ。笑顔が浮かんだ。

「あまり広まっていないが、帝国の医大が開発した手法、というか、緊急処置として、依存症を一週間の入院と薬物投与で克服するプランがあるんだ。反乱軍でもたまにアルコール依存症の兵士がいるね。君に相談に来た兵士にも、必要ならそういうプランを実行するけど?」

「え? あ、はい」

 ちょっと肩透かしを食らった感じだ。話、通じてる?

 そんな私をよそに、ジャクソン大尉が名刺を取り出して、渡してくる。私も自分の名刺を渡した。二人とも、今、反乱軍で流行っている紙の名刺だ。

 私は少しの間、ジャクソン大尉と話をして、食事が終わったところで、あっさりと離れた。

 総務課のオフィスで仕事をして、当番の時間になって相談室に移動した。

 私はまだ端末を前にして、考えていた。

 アルコールの密売を疑ったけど、それにはあまり意味がないようだ。

 それに、反乱軍は正規の国家ではないし、密売は「自由」を履き違えている感もあるが、反乱軍は「自由」なんだ。

 しかし、昨日の曹長の顔が浮かんだ。

 その日も五人ほどの相談を受け、そろそろ時間も終わるという時に、六人目がやってきた。

「どうも、こんにちは」

「大尉!」

 白衣は脱いでいて制服姿のジャクソン大尉だった。

「ちょっと話をしたくてね」

 彼は椅子に座ってこちらを静かな眼差しを受けてくる。ちょっとドキドキするな。

 っていうか、ジャクソン大尉は、実にいい男に見える。

「お話は?」

「今朝、アルコール依存症の話をしましたね。実は、私もそうなりそうなのです」

「え?」

 彼は困ったように笑いつつ、話し始めた。

「睡眠薬を処方されているんですが、最近はそれだけでは眠れない。アルコールを飲むと、すぐ眠れる。依存症と言いましたが、どうも、お酒は癖になる」

「そうですか。お忙しいですし、お医者さんはタフなお仕事ですから……」

「朝の話ですが、お酒の販売ルートが気になるのですね? 依存症になるほどの酒がないはずだ、ということでしょう?」

 どうやらジャクソン大尉は私の発想をだいぶ読んでいたようだ。あの場では話せない、と判断したのかも。

「ええ、ちょっと気になりまして」

「私は個人から買っていますよ」

 これはびっくりの発言だ。

「個人? その方はお仕事は何を?」

「輸送船の船員です。輸送船というか、密輸船ですが」

 反乱軍では同じような仕事をしていても輸送船と密輸船、二つの呼び方がある。

 輸送船は正規の輸送船。密輸船は、帝国に隠れて物資を輸送する船だ。

「密輸、密売、ですか?」

「よくあることですよ。それに大々的でもない。個人の小遣い稼ぎです」

 私はまじまじと目の前の医者を見た。

 落ち着いていて、とても悪いことをしそうにも見えない。

 それに、眠れなくなるほど切羽詰まっている、追い詰められているようにも見えない。

 私も数多くの兵士を相談室で相手にしてきたけど、この大尉ほどわからない人は珍しい。

「私は」ちらっと端末のほうを見る。「ここで聞いた話を、必要があると感じれば、記録しないといけません。極端ですが、場合によっては憲兵が動きます」

「聞かなかったことにはできない?」

「この部屋はプレイベート空間ではありませんから」

 穏やかな口調で答える私に、彼が少し身を乗り出した。

「なら、ちょっとプライベートで、会ってみませんか?」

 ちょっとちょっと、どういうこと?

 このイケメンの医者は何を言い出したのか。もし彼が密輸と密売に関わってなかったら、最高だったかもしれないが、こうなってみると、不安しかない。

 ただ、こんな言葉もある。

 毒を食らわば皿まで。

「良いですよ、大尉。いつですか?」

「そうですね、三日後の中尉の仕事が終わってからです」

 私はカレンダーをチェックした。何の予定もない。

「誰かを誘ってはいけないのですね?」

「ええ、二人で行きましょう」

 まさか私の口をふさごうとはしないだろうけど、何か、安全策を考えておこう。

「では、三日後に」

 立ち上がってジャクソン大尉はあっさりと部屋を出て行った。

 私は部屋の備え付けの端末に、短く記録した。

 酒類の密輸、密売の疑いあり。




(続く)

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