SS第16話 転がる石
第16-1話 相談室は今日も
「コロンナ中尉〜」
相談室に入ってくるなり、その若い男性の二等兵が弱々しい声を出した。
女々しいと言ってもいい。
「はいはい、まずは、椅子に座って。落ち着いてね」
私、カリン・コロンナはそれから三十分ほど、その若者の話を聞き、どうにか落とし所を見つけようとした。
彼は反乱軍の中で付き合っている女性がいて、しかしつい一ヶ月前に配置換えが起こり、離れ離れになったという。
通信でやりとりしているが、会いたくて仕方がない、任務もおろそかになる、と言い出した。
「彼女があなたと同じ気持ちだと思えない?」
「思えますよ。でも、彼女のメール、前と変わらないんです。彼女の方が強いのかなぁ」
あなたが弱いだけですよ、彼女を信じなさい。
そう言おうかと思ったけど、それは言えない。
「それとなく彼女にメールしてみればいいわよ。会えないのはあなただけじゃなくて、彼女も会えないんだし、正直にメールすれば、彼女も本音を話すかもしれない」
「そうでしょうか……」
「連絡して、二人で休暇をとってどこかへ旅行へ行けばいいわ」
それから十分ほど、ほとんど駄々をこねている二等兵をやんわりとあしらって、彼は未練がましい様子のまま退室していった。
入れ違いに今度は女性が入ってくる。
階級は、軍曹。何度か顔を合わせている。戦闘部隊ではなく、生活に関する仕事をしていたはずだ。
「カリン! うちの旦那なんだけど!」
彼女は、彼女の主人が酒をやめられないことを、私に相談してきた。
この言葉には、医務室へ行ってくれ、と言うしかないけれど、やっぱり言えない。
「落ち着いて。酒瓶を隠してみるのはやった?」
「酒がないとものすごい剣幕で、殺されちゃうわ」
それはまた、ものすごいな。
本気で医務室を勧めたかった。
「それであなたは、ご主人にお酒を渡す?」
「仕方ないじゃない」
「捨てちゃう、ってなると、それはそれで危なそうね」
うんうん、などと彼女は頷いている。
「何か別のもので気を紛らわせるのは、どうかしら。食べ物でお腹がいっぱいになれば、お酒も飲まない、ってことは?」
「食べ物を食べる前にお酒を飲むの」
「経済状況をでっち上げて、お酒が負担になっている、って言ってみれば?」
それからああだこうだと議論して、答えは出ないまま、三十分で彼女は部屋を出て行った。
私がやっとホッとしてカップに保温ポットからジャスミンティーを注いだところで、また来客の気配。忙しいったらない。
ドアが控えめにノックされる、若い女性が顔を覗かせる。彼女は同僚だった。少し安堵している私を私が感じる。
「お疲れ様、コロンナ中尉」
「何か差し入れ? エスタ中尉」
エスタは手にトレイを持っていて、部屋に入ってくると私の前に座った。
トレイの上にはカットされたチーズケーキがあった。
「おすそ分けよ。食べましょう」
「ありがとう。美味しそう!」
私は予備のカップにジャスミンティーを注いで、彼女に渡した。
「相談室の仕事って、なかなか大変ねぇ」
おっとりした感じでエスタ中尉が言う。
私たちは反乱軍の総務課に所属していて、さらに細かい部署は、相談課相談室、となる。
今の艦は、宇宙母艦フリスタで、相談室のメンバーは六人いる。
総務課はそもそも課員には尉官以上の階級が与えられるので、私も年齢の割に中尉になっていた。
これは特に相談室のメンバーにはありがたい。どう考えても、相談相手が上等兵くらいだと、尉官や佐官の相談者は、逆に不安になりそうだ。
階級なんて形だけのものだけど、はっきりさせておいてもいいはず。
それに、そもそも総務課に配属されるのは、エリートとも言える。自分で言うのもなんだけど。
「ほとんど愚痴を聞くための仕事ね」
私はそう言いつつ、チーズケーキを一口食べた。見た目通り、美味しい。
「あなたは結婚していないのよね?」
そう言われたのでさっと左手を見せた。指輪はない。エスタ中尉は? と思うと、彼女の左手には指輪がある。
「うちもいよいよ離れ離れになるの」
どうやら彼女も私に相談があるらしい。
身内だし、少しは楽かな。
「司令部に願い出てみた? 確か、夫婦を別々にするのを避ける運動をしている佐官がいたわ。ちょっと待って」
部屋にある端末を引っ張り出し、素早く情報をチェックした。
「ああ、あったあった」エスタ中尉に端末を差し出す。「この記事よ。反乱軍月報の、二ヶ月前の奴」
その記事は、反乱軍の中で結ばれた夫婦を、配置換えなどで引き裂くのは正しいとは思えない、という主張をしている二人の中佐、二人の少佐が顔写真付きで紹介されている。
「知らなかったわ。ありがとう、コロンナ中尉。ちょっと私の方でもこの方達に当たってみます。相談してよかった、本当に」
「うまくいくといいわね」
そう言ってから、突然に閃いたことがった。
「エスタ中尉、もしかして、仕事を辞めるつもりだった」
「あら、やだ」
口元に手を当てて、彼女は目を丸くした。
図星だったらしい。
「今の仕事もやりがいがありますけど、ちょっとねぇ……」少し目を伏せる。「主人は、戦闘艦の砲撃手になって、ちょっと、不安で……」
「あまり気休めも言えないわね……」
反乱軍は艦船の性能でも、装備の充実でも、帝国軍には遠く及ばない。
今までの反乱軍の歴史の中で、帝国軍を正面から打ち破った戦闘はない。
戦いになって、有利になることはあっても、その有利は離脱のための時間を作るので精一杯だと、反乱軍の全員が理解している。
「この戦いは、いつまで続くのかしら」
思わず私がそういうと、エスタ中尉が控えめに笑った。
「たぶん、上層部のどなたかが、うまくやりますよ」
「そうだといいけれど。とにかく、ご主人の無事を願います」
「ありがとう」
それから二人でお茶を飲んで、エスタ中尉の方に相談しに来た兵士が来たという連絡を受け、彼女は部屋を出て行った。
端末を手にして、私は今日、受けた相談の内容を軽くメモした。
相談員の仕事は、ただの話し相手ではなく、組織運営に支障が出るような情報は、記録し、必要を感じれば上司に報告する。
お酒については記録する必要があった。
反乱軍の中でも、嗜好品の類は特には規制されていない。当然、麻薬の類は禁止であるけど、滅多に出回らない。
嗜好品の二大要素は、タバコとお酒。
タバコは宇宙船の酸素循環システムの負担になる点と、無駄な医療費の発生が問題になっている。
ただ、反乱軍の艦船では、ほとんど禁煙で、そもそも反乱軍の商業部と呼ばれる物流を管理する部署がタバコの値段をかなり高く設定しているため、喫煙者は減りつつあった。
お酒はまだ、統制が行き届いていない。
もちろん、タバコ同様、高価なものとして扱われるが、どうやら闇でお酒が流通している、という噂もある。
なんにせよ、一つの家庭が壊れるほど、アルコールに依存している兵士がいることは、見逃せない。
私の書いた記録をもとに、調査部が動くかもしれないな。
相談員の仕事は、ちょっとしたスパイのようなもので、私はあまりその側面を考えないようにして仕事に臨んでいた。
だって、みんな話を聞いて欲しくて、私を信用して打ち明け話をしているのに、それを私が言いふらしているようじゃないか。
それって、裏切りじゃない?
端末に記録を書き終わり、お茶をもう一杯、飲んだ。
ドアがノックされる。
「どうぞ」
若い兵士が顔を出した。
「良いですか? 中尉」
「ええ、そちらの席へどうぞ」
彼はおどおどと席に着いた。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます