第15-3話 彼らの事情

「それじゃあ、今日の「銀河の夜明け」はここまでだ! みんな、次の放送まで、元気でな!」

「また会いましょう!」

 俺たちはカフを下げる。エンディングテーマが流れ、それもゆっくりとフェードアウト。

 ディレクターが手で終わりを示してから、「終わりましたー」と宣言する。

 俺はやっと肩の力を抜いて、椅子に体を預けた。

「お疲れ様でしたー」作家が机の上の原稿を片付け始める。紙は再利用に回すのだ。「次の放送は七十二時間後です。またここになります」

 ディレクターも何か、手続きをしている。

「たまにはちょっと食事にでも行きましょうよ」

 珍しくリッカがそんなことを言い出した。

 俺は薬が切れてきて、手の震えは止まったものの、今度は眠気がひどい。

 早く帰りたかったが、リッカの誘いに乗ることにした。たまには良いだろう。二人で作家とディレクターを説き伏せ、スタジオを出た。

 惑星リッドベルにあるこの放送基地は、リッドベルが未開拓惑星であるがために堂々と建設され、一棟しかないが、その中に全てがある。

 放送基地に勤務する反乱軍兵士は、その家族も含めて三百人ほど。

 建物の中には公園もあれば遊園地もあり、ショッピングモールも、もちろん、料理屋や酒場もある。

 俺たち四人は一軒の居酒屋に入った。立ち飲み屋なのが、俺には少しきついが、しかしリッカが俺の脚のことを気にしていないとわかると、その点はちょっと気が楽だ。

 酒を注文する三人の横で俺はソフトドリンクにした。三人とも、俺の薬を知っているので、酒を勧めたりはしない。

 串焼きも注文され、これはカウンターの向こうで、どんどん焼かれていく。

 熱々の串焼きを食べる俺の前で、作家が管を巻き始めた。

「知ってます? 「アイドルからのメッセージ」っていう番組、メールをほとんど自分達で作っているんですよ! あれは冒涜ですよ! 放送をなんだと思っているんでしょうね!」

「まあまあ」ディレクターがなだめる。「それだけ聴取者がいないってことだよ」

「だったら終了させればいいじゃないですか! 誰も聞いていないんでしょ!」

 誰もじゃないけどね、とディレクターは苦笑いで、作家はさらに酒をガブガブと飲む。

 リッカは串焼きになっている内臓か何かを延々と噛んでいて、黙っている。

 噛み切れない、と思っているんだろう。そうとしか見えない、そんな表情だった。

「他にもありますよ! 「ファミリーコメディー」ってわかりますよね。あのテレビ番組の俳優は、大根です! 大根役者! 大根がかわいそうなほどの大根です!」

「まあまあ、落ち着いて、な?」

 その時、新しい客が奥へ行こうとして、作家と肩がぶつかった。

 明らかに作家の意識が朦朧としているせいで、彼の手からグラスが離れ、床に落ちて割れた。

 ちょっとした悲鳴が起こり、しかし作家はどこ吹く風で、新しい酒を注文した。

「よそへ行きましょうか」

 リッカが俺の耳元で囁く。そしてディレクターに適当に言い訳して、俺を連れ出した。

「どういうつもりだ? あの二人は、ちょっと不安じゃないか?」

「良いでしょ。あの二人はちょっと空気が悪すぎるから」

 そんなことを言いつつ、リッカも不安なのか、路地を形成する酒場の、今出てきたばかりの店の向かいの店に入った。

 こちらは椅子がある。落ち着いた雰囲気だ。ジャズが流れている。

「この曲は何の曲?」

 席に座りながら、リッカが尋ねてくる。俺は記憶を確認した。

「エルヴィン・ジョーンズ」

「ご明察」

「なんだ、知っていたのか?」

 微かに顎を引いて、リッカは酒を注文した。俺はやっぱりソフトドリンクだ。そういえば、立ち飲み屋の料金を払っていない。まぁ、いいか。三日後にはまた顔を合わせる。そこで払えばいい。

「私の家には、アナログレコードが何枚かあって、そのうちにこの曲もあったわ」

「アナログレコード!」

 俺は思わず声をあげていた。それが可笑しかったらしい、リッカが苦笑いする。

「もちろん、オリジナルじゃないわよ。それだったら博物館のガラスケースの向こうだわ。私の家にあるのは誰かのカバーしたアナログレコードで、お父さんが繰り返し聴いていたわね」

 全く聞いたことのない話だった。

「ジャズは良い、って何度も言っていたけど、私にはわからないわ。あなたならわかるかもしれないけど」

 彼女はカウンターの向こうの店員が差し出したグラスを受け取り、口をつけた。俺の方にもグラスが来る。

「もっとも、今頃、帝国軍に捕まっているでしょうけど」

「なんだって?」

「だから、帝国軍に捕まって、どこかで強制労働だろう、ってこと」

 あまりにシンプルな理屈で、それ以上の説明は確かに必要なかった。

 リッカが反乱軍に加わる時、両親に対する手配りをしなかったのだ。失踪を装ったり、あるいは関係を断つとか、いろいろとあるが、そういうことをしないと、反乱軍に参加したものの家族は、公的に、帝国警察に逮捕される。

 無関係だと言っても、身内から反乱軍への参加者を出せば、処刑されるか、されなければ、どこかの惑星で強制労働は避けられない。

 これは反乱軍によるプロパガンダ、作り話だということを平然と口にする帝国国民もいるが、しかし、俺はそれが作り話ではないと知っている。

 反乱軍として一回だけ、強制労働惑星の解放に立ち会ったことがある。

 もちろん、完全な解放は難しい。奇襲し、救える限りの囚人を輸送船に乗せ、逃げただけだ。

 ただその時に救出した囚人の様子は、強制労働の過酷さを、俺にまざまざと見せつけた。

「最悪な両親だったから、あれでいいのよ」

 店員に何か料理を注文するリッカを、俺はじっと見た。

 彼女は両親を捨てても、なんとも思っていないのか?

 それは正しいことなのか?

 間違っているんじゃないか?

 店の外で何か大きな音が起こり、俺とリッカはそちらを見た。店にいた客もちらっとドアを開けて外を眺めた。

 音は何か激しくもの同士がぶつかる音に変わったかと思うと、悲鳴や歓声も混ざり始めた。

「行ってみましょう」

 リッカに誘われて、二人で外を伺うと、作家とディレクターが誰かと取っ組み合いをしている。いや、作家が誰かに掴みかかっていて、それをディレクターが止めようとしているが、止め切れていない。

 あっという間に乱闘騒ぎになり、俺とリッカはそれを少し離れて眺めていた。

「誰だって、不満はあるわ。そうでしょ?」

 耳元でリッカが囁く。俺は彼女を見返したが、彼女の顔は無表情だった。

「そして、過去に戻ることはできない」

 彼女が言っているのは、自分の両親のことだろうか。

 それとも、彼女は暗に俺のことを言っているのか?

 俺が、自分の今の仕事に不満があると?

 俺が、あの事故、あの戦闘を、やり直したいと思っている?

 しばらく俺とリッカは乱闘を眺め、結局、警察が来たところで、店に戻り、ちょっとだけ話をして、自然と別れた。




(続く)

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