第15-2話 匿名の人々

 一時間番組のうちの十分は事前に録音された番組が流れる。その間にトイレに行けるのだ。

 俺も念のために用を足しに行った。

 トイレには先客がいて、それは反乱軍の広報局に所属する将校だった。

 しかし反乱軍の制服なんて着ていない。本当のテレビ局かラジオ局にいそうな風体だ。

 どこかで出会っても、反乱軍とは思えないだろう。

「なんだ、ネイサンか」

 隣で用をたす俺に、彼が話しかけてくる。

「今、放送中じゃないの?」

「フロート番組ですよ、少佐」

「ああ、そうか。お疲れさん」

 彼は終わったのに、俺のすぐ横に留まった。こういう時は警戒するべきだ。

「あのさ、ネイサン、映像の仕事をやる気はないか?」

「映像ですか?」

 俺はトークは好きだが、自分の顔や姿には自信がない。

「お前を使うと結構、ウケるかもしれない、という意見がある。ウケる、というのは、笑いを取れるんじゃなくて、帝国国民に訴えかけられる、ってことな」

「いえ、私は、映像はちょっと……」

「うん、そう言うと俺は思っていた。それが普通だよ」

 彼は便器の前を離れ、洗面台で手を洗った。でも話は続く。

「ただ、もしもの時は助けてくれ。同じ反乱軍として、な」

 そんな言葉を残して、彼は去っていった。

 手を洗っている時、俺は自分の顔をよくよく見た。

 どこにでもいそうな、平凡な顔だ。年は相応に取っている。シワも増えてきた。無精髭は剃らなくちゃな。

 鏡の前を離れ、通路をスタジオに向かって歩く。

 右脚の違和感を、殊更に意識して、俺は歩きながら自分の右脚を見た。

 前線部隊で戦っている時、俺は機動戦闘艇乗りだった。

 一回の戦いで帝国軍の機動戦闘艇を四機落として、十字星勲章と呼ばれる勲章を貰ったこともある。

 しかし最後は惨めなものだ。

 防御フィールドが破綻したところへ敵機のビーム砲を受けて、機体は中破。爆散しなくて良かったなんて思う間もなく、近くの味方の船の格納庫へ緊急着陸したが、そこで機体がついに破綻し、俺はめちゃくちゃにシェイクされ、意識を失った。

 次に目覚めた時は、医務室で、俺の右脚は膝から下を失っていた。

 機械式の義足か、有機素材の義足を選べたけど、そんなものは何の助けにもならない。

 今、俺の脚には有機素材の義足がついているが、融合しているわけではなく、取り外し可能な仕組みだ。融合させる義肢もあるが、俺にはそれは適用されなかった。

 とんでもなく高価で、つまり上級将校か英雄にしか使われない技術だ。

 十字星勲章程度では、とても無理ってことだ。

 でだ。

 つまり、さっきの少佐が言いたかったことは、はっきりしている。

 俺が義足を外してカメラの前に立てば、帝国国民の心情を少しは揺さぶれる。

 身も蓋もないが、俺はとてもそんなことがしたいとは思えない。自分を見世物にしたがる奴は、珍しいだろう?

 ああ、でも、そうか。

 ラジオでは、俺は俺を見世物にしている。

 スタジオに入るとディレクターがこちらを見た。

「あと三分ね。ブースに入って。どうした?」

「いえ、なんでもないですよ。入ります」

 ブースに入ると、もうリッカはそこにいた。

「やだ、ネイサン、顔が真っ青だけど」

「そうかい。嫌なことを思い出したかもな」

「元気出してよ、放送はまだ二十五分もあるんだから。録音ならともかく、生放送よ」

「大丈夫、大丈夫」

 俺は応じながら、腰のポーチから注射器を取り出し、薬剤をセットするとそれを首筋に打った。リッカも作家もディレクターも顔を背けている。

「大丈夫だよ。俺は」

 少しの沈黙の後、、ディレクターが「あと三十秒」と告げた。作家がメールを渡してくる。さっきのメールの印刷されていた紙の裏に、刷ってある。

 作家がカウントダウンして、二秒前、カフを上げる。一秒、ゼロ。

 今だ。

「さーて、スタジオに戻ってきたぜ!」

 俺はマイクの位置を少し直す。

「次のメールはこれだ。機動戦闘艇部隊に所属とあるが、艦名は書いてないな。ラジオネームはホットショット。

 お二人さん、こんばんは。こっちは夜なんで。

 うちの機動戦闘艇はオンボロで、上層部にはさっさと新しい機体に変えていくように、ぜひ主張したい。

 なんせ、うちの部隊の機動戦闘艇は、交換する部品にも困っているんです。

 だったら帝国軍から適当に機体をかっぱらえば、新しい部品も潤沢で、困らないでしょ?

 どう思います?

 だってさ。まぁ、一理あるな」

 俺は自然と自分がいた機動戦闘艇部隊のことを思い出して、話していた。

「ただ、機体っていうのは、新しいとか古いじゃないんだよな。極論すれば、飛ぶか飛ばないか、っていうか」

「何よ、ネイサン、哲学的ね。続けて」

「飛べば良くて、飛ばなかったら、それはもう戦闘機動艇じゃない。それで、飛ぶってことは、パイロットが乗っていて、あとはパイロットの腕次第ってことよ。わかるかい?」

 リッカの顔は真剣だった。

「わかる気がするわ。どんな機体でも、パイロット次第で最新型にも負けないのね」

「そういうことになるね。性能で負けるとか、数で負けるとか、そういうのは言い訳さ。全く同じ機体はどこにもないし、全く同じ力量の部隊同士がぶつかることもないだろ? こちらが有利ならそれを生かすし、こちらが不利なら、こちらが挽回するように努力する。これは戦いの絶対さ」

 すごいわね、とリッカが呟く。

「あなたの言うこと、よくわかったわ。で、上層部はどうすればいいの? 機体を新しくする? パイロットを育成する?」

「こういう運営の話は、俺の領分じゃないぜ、リッカ。そういうことも俺は言いたいわけ。それぞれに任された場所で、任された仕事を、与えられた道具で、きっちりこなす。それこそが仕事人ってもんよ!」

「かっこいいわね! ネイサン!」

 俺は適当に笑って、次にリッカが読み始めたメールに相槌を打ち始めた。

 薬が効いているのがわかる。もうちょっとすると手が震えてくるだろう。

 かっこいい、か。

 別に俺はかっこ良くなりたくなんてなかった。

 英雄にもなりたくなかったし、勇者にもなりたくなかった。

 ただ機動戦闘艇を飛ばしたかった。帝国軍ではそれができなかったから、反乱軍に加わった。

 勲章を貰った時は、ここから全てが始まる、と思ったもんだ。

 それから数ヶ月で、例の事故。命があっただけでも幸運だ、と医者も、俺を助けた救急隊の隊員も言っていた。

 その幸運の結果が、ラジオパーソナリティーか。

 機動戦闘艇とは縁もゆかりもない、スタジオで、女とおしゃべりか。

 こんなはずじゃなかった。

 リッカが読んでいるメールの内容は遅れて頭に入った。戦闘で、巡航艦一隻が大破して、そこに救助隊として乗り込んだ兵士のメールだ。

「亡くなった方にはお悔やみをお伝えします。この借りは、あなたたちがきっちり返せばいいわ! ね? ネイサン」

「そうだ。それに、あんたに助けられた奴もいるんだろ? それだけでも帝国に打撃を与えているんだ!」

 俺はそう言いながら、薬の副作用で震えてきた手を眺めていた。



(続く)

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