第14-4話 弟子

 夜になり、退勤の時間になった。

「さて、やってみようか。公爵、ネットワークの中で、そうだな、キリア星域のネットワークにアクセスしてくれ」

 私は椅子を端末に近づける。

『ログインしているのは、百八十を超える端末です』

「よし、ランダムでいい」

『繋ぎます……、来ました』

 目の前に三次元チェスの盤が浮かび上がり、駒も並ぶ。

 相手の名前をチェック。

 エクソン・オルレーア大尉。

「お手並み拝見」

 先手盤が相手で、こちらが後手番。

 オルレーア大尉は時間がないのか、速攻を仕掛けてきた。激しい切り合いになる。

 一直線の攻めだ。

 それほどのレベルには思えないが、素人ほど思わぬ手を使ってくる。

 特にデタラメでがむしゃらな攻めを受けると、稀にとはいえ、受け損ねる。

 今回はそんなヘマはしなかった。

 相手の攻撃が終わって、それが途切れたところで逆襲。

 駒が減りすぎていて、オルレーア大尉は受けが利かなかった。

 こちらの勝利で対局が終わり、私は人工知能へ呼びかける。

「感想戦をやってみてくれ」

『わかりました』

 私は椅子にもたれかかり、目の前で盤と駒を使ってオルレーア大尉と人工知能がああでもないこうでもないと感想戦をするのを眺めていた。

 感想戦はオルレーア大尉の任務の関係ですぐに終わった。

「君は今、何人とやっているのかな?」

 盤が消えてから、人工知能に尋ねる。

『七十の身分を使って、現在進行形で百局ほどです』

 なるほど、凄まじいな。

 反乱軍の輸送船や密輸船の船員のために、様々な娯楽を提供するのが、我々、娯楽科の任務だ。範囲が非常に広く、映画、音楽、小説、漫画、ゲーム、映像ではコメディ、バラエティ、アニメ、ドラマ、などなど、多岐にわたる。

 私は三次元チェスの担当で、実際に対局するのは一日に一局か二局だ。

 私が設計し、改良を重ねているこの人工知能は、同時に無数の対局をこなせる上に、レベルをほぼ自在に変えられる。

 最初、公爵というハンドルネームのプレイヤーは、私だった。

 今は違う。

 この人工知能も、最強レベルの指し方をする時、公爵を名乗る。

 私がそれを許可した。

 それだけの技術があるのだ。

 もちろん、そんなことは滅多にしない。

 公爵は今でも、反乱軍の中では伝説なのだから。

 その伝説はまだ、半分は私の栄光だった。

 私は自分で、先ほどの対局を検証していた。

『主任、よろしいですか?』

 人工知能の方から話しかけてくる。

「なんだい?」

『私の弟子が、主任との対局を望んでいます』

 弟子、という単語は私が教えた。この場合、人工知能の別個体だろう。

「良いだろう」

 再び盤が浮かび上がり、相手は三次元映像で現れた。

 若い男だ。反乱軍の制服を着ている。

 名前は、テラスハス少尉。こちらは顔も映らないし、声も届かない。

 彼が軽く頭を下げ、駒を動かした。

 先ほどの対局と違い、落ち着いた展開になった。

 ナイトをあっさりと切ってきた時、私は警戒した。

 そのナイトは、こちらの駒を三つ、狙っている。

 ただ、こちらのビショップで取ることができる。

 なるほど、これもまたサクリファイス。

 三次元チェスにおける、重要な要素の、ただ捨ての一つか。

 さすがに若い頃に比べると、私も読みが浅くなる。

 それでも私の頭は高速で回転し、返しの手を一つ、指す。

 勝負手だった。

 ナイトを放置し、ポーンを進めるだけの手。

 この手抜きをどう受け取るかで、この若者の実力がわかる。

 彼もさすがに考えた。

 次の手は、私のルークを取る、という手だった。

 その手を見たときには、私の心に、勝った、という全く論理的ではない直感が満ちた。

 あとは、まるで予定されていた道を進むようなものだ。

 彼が投了を宣言し、対局は終わった。

 久しぶりに、私は自分で感想戦をした。声をかけてやりたかったが、公爵は姿も声も秘密なので、何も言えない。伝えたいことはテキストで伝えた。

 駒を動かして、様々な変化を彼に見せた。

 通信が切れて、私はやっと一息つくことができた。

「あれが君の弟子か? 人間じゃないか」

『私の弟子ですよ。彼は四年前から、私と対局してあのレベルに到達しました』

 どうやら、本当に弟子のようなものらしい。

「そんな人間もいるのだね……、時代は変わった」

『主任の孫弟子ですよ』

 人工知能にからかわれても、なるほど、と思ってしまう自分が、どこか可笑しい。

 そうか、孫弟子か。

「素晴らしい閃きのある若者だった」

 私は席を立った。腰が痛むのも、歳のせいだろう。

「今日はこれで帰る。何かあったら呼び出してくれ」

『お疲れ様でした』

 私はカバンを手に、部屋を出た。

 娯楽科のオフィスでは二人が仕事をしていて、彼らは夜勤だろう。他に机に三人ほど突っ伏していて、何人かが床に転がっていた。まるで死体だが、寝ているだけだ。

 意識がはっきりしている二人に軽く頭を下げ、私はオフィスを出た。

 夕食を食べていないが、食堂はもう閉まっている。

 途中で軽食の自動販売機で熱いホットサンドを買って、それを手に居室に入った。

 荷物を置いて、部屋着に着替える。小型のコーヒーメイカーから黒い液体をカップに流し込み、これも小型の冷蔵庫からミルクを取り出し、適当に注ぐ。

 机に椅子を引き寄せて腰掛けて、さっさとホットサンドを食べ、カフェオレを飲みながら、電子新聞を流し読みして、それから人工知能の専門書の電子書籍を、要所だけ確認する。

 私は、いつかは公爵の名前を人工知能に、完全に引き継ぐつもりだった。

 研究所でもそれはできたかもしれないが、私はそれを拒否した。

 反乱軍に走り、もう三十年になろうとしている。そう、ほぼ反乱軍の最初期から参加して、そんなに経つ。

 一番の初めと比べればハードも充実し、ソフトも様々な技術者が関与して、精度が高まった。

 人工知能という分野も発展し、私が若い時でも人間の素人は三次元チェスでは人工知能に勝てなかったが、もう三次元チェスの勝敗に関しては、人工知能の思うがままだ。勝敗どころか、展開さえも、人工知能は支配できる。

 今、最も心を砕いているのは、感想戦の仕組みで、つまり、コミュニケーション能力だ。

 人工知能はもともと、その分野で秀でている。遥かな昔から、人工知能に求められた一側面が、人間とのコミュニケーションにある。

 当然、長過ぎる時間の果てにたどり着いた技術により、感想戦もやろうと思えば、自然にできる。

 ただし、最善手を示すのが感想戦ではない。

 相手と、そして自分の発想力を養う。発想を共有し、理解し合う。

 今日、人工知能が弟子を紹介してきたことは、ひとつの進歩だ。

 まだこれから先、どうなっていくかはわからない。

 それでも徐々に私という三次元チェスプレイヤーの役割を、あの人工知能が引き継いでいくのだろう。

 あの人工知能こそが、本物の、公爵になる日がいつか来る。

 私はその日を、待っている。

 それまで私は彼女(公爵は女性として私が設計した)のそばで、彼女を指導し続けるだろう。

 最後の弟子だと思ったが、そうか、ミライがいる。

 はっきり言って彼女には見込みはないが、そんな存在が、最後の弟子でもいいかもしれない。

 彼女の弟子が彼女を超え、そのうちに私を超えるかもしれないのだ。

 私はカフェオレを飲み干し、電子書籍を閉じると、シャワーを浴びて歯を磨き、ベッドに入った。

 夢の中で、私は正六面体の格子の中を泳いでいた。



(第14話 了)

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